浪花のコーチング税理士☆食べ歩き編
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

ちょっといい話の回覧板

 

【「誰かのために」を力に 】

致知出版社「人間力メルマガ」より


世界の強豪ひしめく総合格戦技界で長く活躍し、引退後は企業向け研修「ファイトネス」の普及や絵画の制作など、多方面で人々の幸福実現のために力を尽くしている大山峻護さん。

大山さんにその波乱万丈の格闘家人生、勝利を導く心のあり方を余すところなく語っていただいています。

───────────────

(大山)
もう一つ大きな転機になったのは2012年、韓国の総合格闘技団体ROAD FCのトーナメントに出場した時のことでした。

当時、私は結婚したばかりでしたが、お金がなくて結婚指輪を買えていなかったんですね。ですから、妻に結婚指輪を贈るためには、賞金が出るこのトーナメントで優勝する以外にないと。

ところが、一回戦からデニス・カーンという強豪とぶつかり、開始まもなく顎を撃ち抜かれてダウンし、上から殴られる展開になりました。

このまま終わってしまうのか……と思った瞬間、妻の顔が目の前にバーンと出てきて全身にぶわっと力が漲り、気がついたら自分が上になって相手をボコボコに殴り、KOしていたんです。

そして二戦目以降もその勢いで勝ち続け、チャンピオンになることができました。

やはり心に強烈に思い描いたことは形になっていきますし、誰かのためにと思った時、人は本当に強くなれるというのが私の実感ですね。

 


■朝早く送られてくる、友人のにしやんからのちょっといい話を回覧板にしてしまいました。次の人に回覧してあげてくださいね。

 

ホームページ はこちら

 

Facebook のファンページ もよろしくお願いします。

ちょっといい話の回覧板

 

【つねに、プラス面を見る人】

メルマガ「人の心に灯をともす」より

小林正観さんの心に響く言葉より…


《どんな出来事にも、プラスに見えるところと マイナスに見えるところが同居している。

プラス面を評価するようになり、ものや人の見方が変わると、多くの人が笑顔で近づいてくるようになり、「奇跡」がたくさん起こる。》


かつて台風で青森県のリンゴの9割が落ち、741億円もの壊滅的な被害を生じたことがあります。

ところが、その中に1人の変わった人がいました。

多くの人が落ちた大量のリンゴを見て悲しんでいるのに、その人は1割の “落ちなかったリンゴ” をなんとかしようと考えました。

そして、「落ちないリンゴ」の名で販売し、1個1000円にもかかわらず、受験生などに飛ぶように売れました。


どんな出来事にも、つねにプラス面とマイナス面があります。

私たちは現象が持つ肯定的な面に目を向けてもいいのです。

「人生にトラブルが多い」と言う人もいますが、それは人や出来事のマイナス面ばかりを見ていて批判的になっているからかもしれません。


一方で、物事を好意的に、プラスに見始めると、それほどいやなことに囲まれているわけではないことに気づきます。

物事をプラスに見るようにしていけば、その人が発散する“気”もとげとげしくなくなりますから、多くの人が近づいてきます。

頼まれることも多くなり、笑顔で話しかけられることも多くなり、人生は楽しくなります。

その結果、「奇跡」も起こるようになっていきます。

《すべてを受け入れる考え方》

『心を軽くする言葉』イースト・プレス




世の中には、マイナス面ばかりに目が向いている人がいる。

特に、ネット上の批判や中傷がほとんどそうだ。

相手を否定し、汚い言葉で罵声をあびせ、人の心を傷つける。


肯定的な人は・・・

「ものごとの良い面を見つけるのが上手な人」

「人を批判しない人」

「“おかげさま”と“感謝”多き人」

「ニコニコ笑顔の人」

「ゆるしと受け入れる心多き人」


何でも否定したり、批判したり、ケンカ腰で生きる人は、どこか暗い。

しかし、どんな場面でも肯定から入る人は、明るくて笑いがある。

そして、人から好かれる人気者だ。


ものごとを「好意的」に見ること。

そこに「希望の光」を見ること。


つねに、ものごとの「プラス面」を見る人で。

 


■朝早く送られてくる、友人のにしやんからのちょっといい話を回覧板にしてしまいました。次の人に回覧してあげてくださいね。

 

ホームページ はこちら

 

Facebook のファンページ もよろしくお願いします。

ちょっといい話の回覧板

【四十からは与える人生】

メルマガ「人の心に灯をともす」より

北川八郎氏の心に響く言葉より…


私は公民館主催の○○講座とかに呼ばれ、時にお年寄りに仏陀の話をすることもあり
ます。

この世を去る時に持って行けるものは、「人に与えた悲しみと喜びだけ」。


名誉とか富とか権力とか何も持って行けないのだと話します。

人々が皆、自分のためだけに生きて、この世の中が良くなっていくでしょうか。

六十や七十歳になったら、そういう濃い欲を捨てて、後に続く若い人たちが正しく生
きていける、正しい物の見方ができるように導いていくのが、我々年を取っていく人
間の道なのでしょう。


七十歳になったら澄んでしまうのがいいのです。

それをまだ生臭い世界で生きていけと言う。

世の中どんどん変わってしまいました。


今、私たち日本人はみんなが上から下まで《徳のレンガ》を積もうとしないで、自分
の得や、自分の利のためだけに生きようとしています。

己の利・欲を捨て去るというのは、実はとてもレベルの高い状態であるわけです。

少し譲り合うだけでもいいのです。

その心を自分の身に付けましょう。


そして六十歳、 七十歳になったら、小悟の世界に入って、後に続く若い人を正しい
世界へ導くこと、それが老人の役割でもあるのです。

小欲の利、大切さを若い人に教えてあげたいのです。

三十代までは人からもらう世界。

知恵をもらったり、教えてもらったり、力をもらったり、『もらう世界』ですよ。


でも四十代になったら、今度は『返す世界』です。

四十代に入ったら少しずつ若い人たちに返していかないといけません。

自分がいただいた恩や、得た情や、それから学んだ知識や、そしてやさしさやあらゆ
るものを今度は返すしかないのです。


四十代に入ってもまだもらっている人は人生がそこから伸びない。

いつも私利と欲の世界から逃れきれない、人に『返す』ことができない。

五十六十代は今まで受けたこの世のしがらみ、人生の荷物を少しずつ返してこの世か
ら去っていく準備をする年代なのです。

いつまでも権力を持ち続け、しがみついていては、世の中に歪みが生じてしまうので
す。

『繁栄の法則 戸が笑う』致知出版社



人は、亡くなって、あの世に持っていけるものが2つあるという。

一つは、人に与えた喜び。

もう一つは、人に与えた悲しみ。

どんなに大きな家も、高級な車も、毎日愛用している物も、社会的な肩書きや、地位
や名誉も、あの世には持っていけない。

しかし、人に与えた喜びや悲しみは、人々の心に残る。

そして、その人を思い出してくれる人が、この世に一人でもいる限り、その人は生き
続けているともいえる。

仏教では、あの世に行くときは、「浄玻璃(じょうはり)の鏡」の前に立つという。

相田みつをさんのこんな詩がある。


「浄玻璃の 鏡の前に立つまでは 秘めておきたし あのこともこのことも」

浄玻璃の鏡の前に立つと、生まれてから死ぬまでの間に、人に与えた喜びと、人に与
えた悲しみが、走馬灯のように一瞬にしてその鏡の中で再現されるという。

人に与えた悲しみが多ければ、身もだえするような苦しさとなり、深い悔悟の念にか
られ、針のむしろとなる。

その状態を地獄という。

また、人に与えた喜びが多ければ、無上の喜びがこんこんと湧いてきて、笑顔がこぼ
れ、うれしくて、楽しくて仕方なくなる。

それを天国という。

生きているうちに、一人でも多くの人に、喜びを与えることができる人で。

 


■朝早く送られてくる、友人のにしやんからのちょっといい話を回覧板にしてしまいました。次の人に回覧してあげてくださいね。

 

ホームページ はこちら

 

Facebook のファンページ もよろしくお願いします。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>