中国、「初公開」国防費を上回る治安維持費が示す「警察国家」 | 勝又壽良の経済時評

中国、「初公開」国防費を上回る治安維持費が示す「警察国家」

 

 

デジタル・レーニン主義?

AIとビッグデータの悪用

 

 

中国は、習近平氏の「永久政権」が可能になる憲法改正を行なう。国家主席の任期制(2期10年限度)が撤廃されるからだ。習近平氏以外に、中国を統治できる人材がいないというから驚く。人材は育てるもの。鄧小平が、発案した集団指導体制は約40年で崩壊した。再び、毛沢東時代の終身国家主席時代に戻る。中国は、政治改革と無縁で保守路線へ回帰する。

 

習氏があえて「永久政権」を意図した裏には、国民の不満をAI(人工知能)とビッグデータによる監視システムで抑圧できる。そういう自信があるからだ。いわゆる、「デジタル・レーニン主義」と呼ばれる国民抑圧手法を編み出した。これと同時に、市場機構を活用した資源配分機能を、このデジタル・レーニン主義によって代替させ、コンピューターを使った需給調整により過不足ない均衡した経済を夢想している。この点で、習氏が大変な夢追い人と言えるのだ。

 

今日のブログは、中国が国民の不満を抑えるため、どれだけの国家予算(治安維持費)

を投入しているかを明らかにしたい。これは、AIを駆使して国民を監視することだ。このシステムを通して、デジタル・レーニン主義の本格的な構築を目指す危険性を知っていただきたい。

 

デジタル・レーニン主義?

先ず、デジタル・レーニン主義とは何か。それについて説明したい。

 

『中央日報』(2017年12月27日付)は、コラム「中国の隣で生きていくこと」を掲載した。筆者は、同紙の イ・フンボン論説委員である。

 

デジタル・レーニン主義は、このブログで複数回取り上げてきた。習氏が、2050年ごろに米国の覇権に挑戦すると宣言したのは、デジタル・レーニン主義が前提になっている。中国は、市場経済の資本主義よりも計画経済の優位性を強く信じている。習氏が国家主席に就任以来、それまでの市場経済指向を取り止め、計画経済重視という「先祖返り」した理由は、AIとビッグデータで新たな道を開く決意を固めた結果だ。

 

この視点で見れば、治安維持費が国防費を上回るのは当然であろう。14億国民の一挙手一投足を監視するには膨大なコストがかかる。それを覚悟して、習氏の永久政権構築の礎にするのだ。また、これをベースに計画経済を実現して、ユートピアを実現するというのである。資本主義経済のような景気循環をなくし、安定した経済成長を達成したい。こうなると、中国式の「デジタル・レーニン主義」は、世界のモデルになり得る、と期待しているのだろう。昨年10月の19回共産党大会以降、中国が民主主義政治に対抗できると言い始めた裏に、デジタル・レーニン主義が存在していることは間違いない。

 

2018年、全人代代表と政協委員が大幅に入れ替わった。その中で、民営ネット企業の経営者が3倍超に増えた。例えば、電気自動車(EV)に必要なリチウムなどを手掛ける民営企業の経営者も選定している。中国政府が、先端技術を持つ民営企業の取り込みを図る姿勢を明確にしたもの。これは、デジタル・レーニン主義実現に欠かせない存在と見ているからだ。

 

(1)「『ビッグデータ』と人工知能(AI)がそれを可能にするというのが習主席の信念だ。いわゆる『デジタル・レーニン主義』だ。ビッグデータと人工知能が社会と経済を制御することにより、マルクスとレーニンが夢見ることもできなかった効率的社会主義を実現できると考えている。その終着点は西欧民主国家よりも優れた、成長と平等が共存する強力な中国であり、それがまさに習主席の『中国の夢』だ」

 

中国は、国内のビッグデータの国外持ち出しを禁止している。データの宝の山は、先進国に利用させない強い姿勢である。TPP(環太平洋経済連携協定)では、データの囲い込みを禁止して、加盟国は自由に利用できる仕組みである。この一事を以てしても、中国の閉鎖体質が如実に表れている。

 

中国は、開かれた市場経済でなく、保護主義的な経済システムを構築している。デジタル・レーニン主義が、それを象徴する。外では、自由貿易の擁護者という全く違う顔を見せて、他国に見栄を張っているのだ。最近、この点が米国から鋭く批判されている。

 

習氏が最大の誤解をしている点は、計画経済でイノベーションが進むと考えていることである。資本主義経済に景気循環が起こるのは、「創造的破壊」というイノベーションが存在するからだ。計画経済になれば、そのイノベーションを推進する動機が起こりにくくなる。需給が均衡するような計画経済では、企業家精神が発揮される余地は限られるであろう。中国式デジタル・レーニン主義が、「西欧民主国家よりも優れ、成長と平等が共存する」とは言いがたい白昼夢だ。その裏で、国民はロボット化されており、自由な発想も発言も禁じられている。こんな社会に、イノベーションが起こるはずもあるまい。

 

(2)「インターネット統制はこうした大義に向かって進むのに必要な手段にすぎない。過去3年間(政府に批判的な)インターネットアカウント1000万件が強制閉鎖されたのは決して偶然でない。こうした思想統制が中国の内部ではなく外部に向かう時、中国の夢は我々にとって悪夢となる。すでに米国と対等な新型大国関係を要求する強い中国は、周辺国に対しては非対称的『朝貢関係』の復活を宣言している」

 

中国は、すでに領土の外延的な発展(帝国主義)に乗り出している。国内では自国民を抑圧し、海外にもそれを押しつけ始めている。こういう時代錯誤の行動が、正統化されると信じているのだ。中国は、帝国主義と共産主義が同居する世にも不思議な存在である。デジタル・レーニン主義の本質は、まさにここにあるのだろう。

 

さて、ここから本論に入る。

 

中国は、AIとビッグデータを組み合わせて、国民監視を強化している。この結果、治安維持費が国防費を上回っている。ただ、中国の国防費は公表されている以外に未公表部分(研究費)がある。ストックホルム国際平和研究所は、中国の実際の支出額は公表された数字を55%程度上回るとの推計を示している。以下に示す中国の国防費は国家予算に示されている金額を基準した数値である。

 

AIとビッグデータの悪用

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(3月7日付)は、「中国の国防費超える治安維持費、その意味とは」と題する記事を掲載した。

 

2010年から、治安維持費が国防費を上回る状態になっている。これまで、この種のデータは出なかったが、WSJ(『ウォール・ストリート・ジャーナル』)の取材によって明らかにされた貴重なものだ。ここで注目していただきたいのは、2010年がGDPで世界2位になった時である。皮肉にも、それ以降の治安維持費が国防費を上回っている。所得格差の増大による社会不安が、多発している結果であろう。経済規模は大きくなっても、国民生活の不満が増大した。あるいは、無理なGDP押し上げが、国民の不満を引き起こしているに違いない。今年の国防費は8.1%増である。治安維持費はこれを上回る増加率になる。

 

(3)「ここ数年、中国政府の国内治安維持と国防の予算は全体として経済成長を上回るペースで増えてきたが、国内治安維持費の方がはるかに速いペースで増加し、現在は国防予算を約20%上回っている。財務省によると、2017年には国内の治安維持費が政府支出の6.1%を占めた。1兆2400億人民元(約20兆8800億円)になる計算だが、これに対して中央政府の国防費は1兆0200億元だった。これらの数字は今週発表された年次の予算報告で明らかになった。治安対策・監視活動が最近いかに強化されているかを物語っている。こうした動きは全土的なものだが、新疆ウイグル自治区やチベット自治区など、少数民族の多い辺境地域で特に目立つ」

 

下記に、国防費と治安維持費の予算推移を示す。既述の通り、2010年から治安維持費が国防費を恒常的に上回っている。治安維持費の増加を反映して、社会騒乱ニュースは減っている。これまで全国の社会騒乱件数は、増加の一途であった。それが、ニュースとして登場しないのだ。報道を禁じられているのか、事件になる前に弾圧されているのか。真偽のほどは不明だが、治安維持費の増加は取締り強化を示唆している。

 

       国防費    治安費(単位:1兆元)

2008年  0.418  0.406

2009年  0.495  0.474

2010年  0.533  0.552

2011年  0.603  0.630

2012年  0.669  0.711

2013年  0.741  0.779

2014年  0.829  0.836

2015年  0.909  0.938

2016年  0.977  1.103

2017年  1.046  1.240

(資料出所)『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2018年3月7日付)

 

(4)「公式統計によると、全土の治安維持費は16年には17.6%、17年には12.4%、それぞれ増加した。国内の治安維持の予算には、警察・武装警察、裁判所、検察、刑務所の費用が含まれる。中国当局は最新の追跡ツールを駆使し、ソーシャルメディアに侵入して、政治的に間違った言論を取り締まっている。スマートフォンのアプリによる住民同士の密告を奨励している地域もある。財務省は13年に国内の治安維持予算を年次報告に盛り込むのを止めた。増額が大きく報じられた後のことだ。今年は、総予算に対する割合だけがグラフの中に表示されたが、文中には言及がなかった。同省が今年の報告書で再び予算の公表を決めた理由は不明」

 

米メディアが17年6月に報じたところでは、中国全土ですでに1億7000万台の監視カメラが設置されている。当局は、2020年までに新たに4億5000万台を設ける計画である。このように、国民監視のシステムが全土に張り巡らされる。次の記事は、この監視カメラがいかにすごい能力を発揮しているかを明らかににしている。

 

「『重要指名手配の指定から身柄の確保までわずか7分だった』ー英BBC放送は12月10日、実験的に中国の犯罪者追跡システム『天網』を運用した結果を報じた。『天網』と名付けられたこの追跡システムは、顔識別分析機能を備えている。当局が2015年に構築を開始したもの。当局が同システムの導入について、犯罪者の追跡を目的にとしていると説明している。専門家は、当局の狙いは、監視の強化によって政権の脅威となりうる全ての市民を取り締まることだと指摘した」(『大紀元』2017年12月20日付)

 

前記記事によると、BBC記者が中国貴州省貴陽市で、「天網」のデータベース用に、自らの写真を地元警察に提供した。警察当局は同システムで同記者を「重要指名手配」に指定した7分後に、同記者が同市の長距離バスターミナル駅にいることを突き止めたという。この実例が示すように、中国の監視システムは水も漏らさない体制を築いている。

 

(5)「李克強首相は3月5日に全人代で政府活動報告に関する演説を行い、テロ、凶悪犯罪、ポルノ、ギャンブルなどの撲滅を目指す犯罪取り締まり策を強調。『こうした措置により、国と国民の安全を守る』と訴えた。警備の強化は特に新疆ウイグル自治区で顕著だ。政府は数万人の警察官を最新のテクノロジーで武装させている。カメラや検問所は域内の都市や村を網羅しており、街頭パトロールでは携帯用機器で身分証明書やスマホをチェックしている。当局は、同地ウイグル人のうち「不安」分子を特定するデータプラットフォームや、留置所網の建設に投資している。同自治区の警察は、既に世界最大となっている中国のDNAデータベースをさらに拡大するための血液採取もしている」

 

中国政府は、少数民族地域で反乱弾圧を徹底的に行なっている。もともと、共産党革命後に強引に中国領編入がもたらした後遺症である。最近の世界的な潮流である「民族独立」の流れから言えば、いずれは厳しい民族闘争が起こるに違いない。「民族の自主独立」を旗印にしてきた中国共産党が、皮肉にも他民族を占領して反抗されているものだ。

 

こうした反抗を抑えるべく、中国政府はビッグデータを使い、危険人物の事前拘束という著しい人権侵害が行なわれている。次の記事がそれを証明している。

 

「中国当局は、民族間の対立が続く新疆ウイグル自治区に大量のデータを駆使した監視プラットフォームを配備している。問題を起こす危険のある人物を特定し、先んじて拘束するためだ。国際人権組織ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が2月27日、明らかにした。HRWはこの「予測による治安維持」プラットフォームについて、当局が監視カメラの映像や、通話・旅行記録、宗教的志向などの個人情報を統合・分析し、危険人物を特定するためものだと説明する。中国政府は中央アジアに近い辺境地域である新疆ウイグル自治区を、最先端の技術を活用した監視と社会統制の実験場へと変えている。新疆では、高画像カメラや顔認証技術を配備した検問所が至る所に設置され、スマートフォンのスキャナーを手にした警察が自治区内をくまなく巡回する」(『ウォール・ストリート・ジャーナル』2月28日付)

 

AIとビッグデータの結合が、こうした人権侵害に使われているのだ。警察国家の最たるケースである。この方式は、いずれ中国全土で採用されるであろう。これが、「デジタル・レーニン主義」の行き着く先である。国民の趣味趣向を分析して、国民が好みそうな製品を作って販売する。「デジタル・レーニン主義」の経済面での利用とは、こういうことなのだ。一体、人間の自由な発想や渇望はどうなるのか。全て、政府のお仕着せで我慢するのだろうか。習氏は、ここまで国民を統制して永久政権を維持しようという構想だ。気の毒なのは、中国国民である。そして、習氏にも淋しい人生が待っている予感がする。

 

(2018年3月12日)

韓国破産  こうして反日国は、政治も経済も壊滅する 韓国破産 こうして反日国は、政治も経済も壊滅する

 

Amazon

 


勝又ブログをより深くご理解いただくため、近著一覧を紹介

させていただきます。よろしくお願い申し上げます。

勝又壽良の著書一覧