中国、執拗なまでに「一帯一路」を売り込んでいる理由は何? | 勝又壽良の経済時評

中国、執拗なまでに「一帯一路」を売り込んでいる理由は何?

 

 

米国を一帯一路に引き込む

ショウ・ビジネスまで利用

中国政府主催の「一帯一路」国際フォーラムは、5月14~15日で終わった。それでもまだ、中国官製メディアは、相変わらず「一帯一路」プロジェクト関連記事を流している。前記のフォーラムが終了直後は、日本がAIIB(アジアインフラ投資銀行)へ加盟すべき、と言った記事を掲載していた。今回は、米国向けに「一帯一路」プロジェクトへ参加を呼びかけている。AIIB=一帯一路に日米が参加せず、やきもきしている様子が見て取れる。

 

AIIBも一帯一路も、中国が仕掛けた米国覇権崩しという深慮遠謀に基づくものにほかならない。この中国の野望に気づかない向きは、簡単に「日米も参加すればいいのに」という答えをする。だが、長年にわたり中国の描く「中華の夢」を分析する立場から言えば、そんな単純なものではない。中国が100年計画で世界覇権を狙って、着々と手を打っていることに気づかなければ危険だ。中国が、すでに南シナ海で領土拡張を始めている現実を重視すべきなのだ。

 

米国を一帯一路に引き込む

『人民網』(5月23日付)は、「中米は『一帯一路』建設で協力すべき」と題する記事を掲載した。

 

この記事では、米国だけに中国企業との協力関係を呼びかけている。この裏には、先の「一帯一路」国際コンファレンスに出席した米代表団が、中国の傲慢な姿勢に怒って会議には出ない、講演はしない異例事態が発生していたのだ。これを取り繕う意味で、とってつけたような話を盛っているに過ぎない。

 

米国と中国の産業構造は、天と地もの差がある。先進国同士の場合、水平分業が成立して互いにメリットを享受できる。だが、米中間では、産業構造の質が違いすぎて水平分業は成立しないという欠陥を抱える。それどころか、中国は賃金コストの上昇によって、競争力を失い始めている。中国進出の米企業も本国への帰還を始めているほどだ。この記事で主張するように、米中企業間での補完関係がうまくいっていれば、米企業が中国を引き揚げることも起こるはずがない。ここで主張している事態は成立しがたい。

 

(1)「中国国際経済交流センターのチーフエコノミスト、副執行局長の陳文玲氏は5月22日、中米両国は『一帯一路』(the belt and road)建設で利益の合流点が多くあり、協力を図るべきだと次のように表明した。『グローバル・バリューチェーンは国境を越えるものであり、われわれの競争優位産業を全世界に広げることができる』。陳氏は同日、『米国の先端製造業産業チェーンも同様に全世界に行き渡り、ボーイングなどの企業は中国にも工場を設けている。中国の工業には39の大カテゴリー、191の中カテゴリー、525の小カテゴリーがあり、世界で最も製造業システムの整った国の1つとなっている。米国が製造業立て直しの方針を打ち出している現在、両国の製造業は相互補完、さらには交換が完全に可能だ』と指摘した」。

 

ここでの指摘を言い換えると、「一帯一路」計画では中国企業がそのメリットを受けるから、米国企業も中国に止まってそのメリットを「山分け」しようと言っているにひとしいのだ。元来、「一帯一路」計画では沿線各国が経済発展して、ともに経済成長の果実に預かろうというもの。ところが、この記事では中国企業が大きなメリットを受けると示唆している。実際、「一帯一路」沿線各国の経済発展レベルは、発展途上国である。ここから発生する需要は、米国のような最先端企業が充足させられるレベルではない。よって、米中企業の協業メリットは期待できない。

 

(2)「先日閉幕した『一帯一路』国際協力サミットフォーラムは多くの成果を挙げ、米国も代表団を派遣した。陳氏は、『米国はかつて世界の貿易の円滑化と自由化を推し進めるとともに、一連の国際秩序の構築に参加して、世界経済の長年にわたる成長を実現した。今や中国は経済大国から経済強国へと踏み出そうとしており、歴史的責任を一層担い、発展途上国を始め全世界に公共財を一層提供する必要がある。例えばわれわれの『一帯一路』が中国の案、中国のイニシアティブ、中国の公共財だ』と述べた。

 

「一帯一路」プロジェクトは、「中国のイニシアティブ、中国の公共財」であると言い切っている。この点に大いに注目したい。第二次世界大戦後の世界は、米国が自由市場と資金を提供して、民主主義という価値観で世界を動かしてきた。だが、今後は中国も米国の果たしている役割の一端を担い、「発展途上国を始め全世界に公共財を一層提供する必要がある」としている。

 

この記事では、「公共財」という言葉を無自覚に使っている。中国の経済制度や価値観が、世界の普遍的価値観と同じであるかどうか。中国は自らそれを問わなければならない。個人の自由もなければ人権意識も存在しない。むろん、市場経済ルールも無視されている。こういう中国の経済制度が世界で共通の「公共財」とは言いがたいのだ。

 

中国のルールが「公共財」になるには、「社会主義市場経済」をやめて、国際ルールである「市場経済システム」一本に脱皮することが求められる。その場合、国有企業の存在が邪魔になる。これを民営化すれば、中国政府の支持基盤たる「太子党」は消滅する。そこまでの覚悟を固めて「公共財」を目指すならば、拒否する理由はない。大いに、やっていただきたい。世界経済の発展に資するからだ。ただ、そうした改革をせずに、「公共財」への昇格は不可能である。人民元はSDRに昇格した。その前提である、人民元の自由変動相場制と資本自由化の約束は反故にされたまま。この手を二度とは使えないのだ。

 

(3)「陳氏はさらに、『一帯一路建設の推進過程において、中米には利益の合流点が多くある。例えば中国はロボットなどハイテク製品分野で大きな市場を持つが、技術的には依然中・低水準にあり、高い技術力を持つ米国は中国と協力できる。また、高速鉄道など中国のリードする分野でも、中米は協力して産業チェーンを再構築し、強みによる相互補完の産業システムを形成できる』と指摘した。『中米間には、このような利益の合流点がまだ多くあると思う。考え方を変えることが鍵となる。考え方が活路を決める』『双方が正しい考え方と素晴らしいビジョンを持ち、確かな行動を取りさえすれば、中米関係は良い方向へ発展し、多くの問題も自ずと解決する』と述べた」

 

日本が、ロボットなどハイテク製品分野で米国を凌駕している。中国が、提携を申し入れるならば、相手国を間違えている。それは、日本のはずだ。日本は、安保面で中国を警戒している。中国は、日本領の尖閣諸島領海や領空を侵犯する常習犯である。とても、日本へは申し込める雰囲気にないはずだ。

 

中国で製造するメリットは近年、大幅に低下している。賃金コストの上昇が原因である。ここ5年以内に、世界の工場はASEANへ移る見込みだ。そうなると、米国企業が中国企業と組む(合弁)必要性がなくなる。この厳しい現実をどこまで理解しているだろうか。逆に、「一帯一路」の沿線国が、世界の工場に変貌する。中国にとっては、想像もしていなかったことが起こるのだ。これまで客観的に、事態の推移を観察していなかった結果であろう。

 

中国は、最先端産業で利益を上げるよりも、すでに身近な分野でちゃっかりと儲けている。

 

ショウ・ビジネスまで利用

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(5月16日付)は、「『一帯一路』ブランドで稼ぐ中国企業」と題して、次のように報じた。

 

この記事を読むと、先の『人民網』が先端産業で米中が協力しようという高級な話でなく、個人消費に直結する分野で「一帯一路」ブランドは大いに盛り上がっている。勘ぐれば、中国政府はこの「一帯一路」をブーム化して、国内消費を盛り上げる手段に利用している公算が大きい。すでに、家電も自動車も需要の飽和状態を迎えている。後は、この「一帯一路」をブーム化させ、「小物」で勝負というのだろうか。「大言壮語」する中国だが、実態は火の車なのだ。

 

(4)「あらゆる業種の企業が道路、海上ルート、その他のインフラに向けた政府投資を祝福して自社製品を売り出している。『一帯一路』をテーマにしたハンドバッグやレンタカーのほか、標語を前後入れ替えた『一路一帯』コーヒーブランド、『一帯一路』のお茶の缶、スカーフ、そして陶器もある。中国企業『パーフェクト』の販売マネジャーフー・シューチェン氏の会社が売る歯ブラシセットは8本入り10人民元(約165円)。パッケージの台紙にはラクダの隊列のシルエットをあしらわれ、『一帯一路』構想の簡単な説明書きがある。それによると、同構想はあらゆる国の人々が『調和、平和、そして繁栄した生活を共有』できるようにするものだ」

 

「一帯一路」が、セールスプロモーションに使われている。本来ならば、中国以外の地域で行われるべきビジネスが、国内で盛り上がっている。この背景には、そうせざるを得ない事情があるはずだ。国内の売れ行きが不振のため、その打破目的で「一帯一路」が利用されていることを示している。

 

(5)「政府が後援する新製品やイベントでも一帯一路が使われている。中国移動通信(チャイナ・モバイル)のOBORモバイル・ローミングプラン、幾つかのテーマパーク、そして『一帯一路』をテーマにした書道・芸術展覧会も。さらに、砂の彫刻のコンペや各種のB&Rクラシック音楽イベントもある。中国指導部は『一帯一路』構想によって国内企業が新たな市場をみつけ、道路、港湾、鉄道、パイプラインを通じて中国の影響力が広がるよう期待している。受益国にとっては渇望される投資の源泉だ。国営メディアによれば、中国はこれまで『一帯一路』の参加諸国に500億ドル以上を投入した。非公式の支出予測では数兆ドルに達するという」

 

 中国政府が、国内で率先して「一帯一路」ブームをつくりだす。これをテコにして、中国企業の海外進出を後押しする事情が読み取れる。「一帯一路」沿線での中国の影響力を高めようという戦略だ。先に取り上げた『人民網』記事での、「公共財」がこの程度のことを意味しているとしたら、哀しいほどまでに認識が低いと言わざるを得ない。中国システムが「公共財」に採用されるには、それが世界共通の普遍的な価値観によって裏付けられなければならない。「中国式」は、普遍的な価値観を持たず、中国国内でしか通用しない「地域限定版」である。

 

(6)「北京の起業家ヤン・ヤンジュン氏は先月、『一帯一路』をテーマにした格闘技トーナメントを主催した。さまざまな武術を紹介し、ロシアやジョージア(旧グルジア)など一帯一路沿いの国から格闘家たちを招いた。大会は国営の中国中央テレビ(CCTV)で放映された。そもそも中国指導部から出されるメッセージは確実にメディアに大きく取り上げられる。各企業はそれに合わせて立ち回る。習主席が『中国の夢』構想を打ち出した時は、企業家たちは稼ぐチャンスとみて相次いで便乗し、『中国の夢』アルコールから『中国の夢』レジ袋に至るまで、あらゆるものを製造した」

 

「一帯一路」をテーマにした格闘技トーナメントが主催されたという。「一帯一路」沿線から格闘技選手が集められたもの。話がここまで広がってくると、習近平氏の「自己宣伝」色を感じざるを得ない。もともと、「一帯一路」構想を言い出したのは習氏である。このアイデアが、ショウ・ビジネスまで発展している。大衆の人気を盛り上げると同時に、「習人気」を押し上げる副次効果が期待できる。なかなか、要領の良いやり方だ。大衆迎合を装いながら自らの政治生命を引き延ばして行く。「核心」称号は、こうして得たのであろう。

 

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(2017年5月26日)

 

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