米国、「トランプ氏」外交は現実路線「日本重視」の裏に何が? | 勝又壽良の経済時評

米国、「トランプ氏」外交は現実路線「日本重視」の裏に何が?

 
 

国防長官が説得する

日本の協力が不可欠

 

トランプ米大統領は、豪州首相との電話会談で怒りを爆発させ、途中で打ち切るなど破天荒な振る舞いをする。その当人が、安倍首相との会談では親密ぶりを世界にアピールした。日米首脳会談前には、習中国国家主席の電話会談を行い、「一つの中国論」を確認している。大統領選挙中や、大統領当選後に見せた攻撃的はツイッターから、現実の外交路線に戻ってきた感じだ。

 

国防長官が説得する

トランプ氏が、中国との電話会談で「一つの中国論」を認めたのは、ティラーソン国務長官らの説得があった。

 

『ロイター』(2月10日付)は、次のように報じた。

 

この記事を読むと、米国が中国との間で「一つの中国論」を再確認したのは、アジア地域での地政学的な問題解決の障害を排除することに置かれている。米国が、「一つの中国論」に同意することで、米中間での連絡網が繋がるという意味だ。南シナ海や貿易問題とは切り離されていることに留意すべきであろう。実質的に、オバマ政権時代と同じ米中関係を維持するという話である。

 

(1)「トランプ米大統領が前週、中国政府の求めに応じ、米国の『一つの中国』政策を維持すると表明した背景には、ティラーソン国務長官の尽力があった。米当局者が明らかにした。トランプ大統領は9日に中国の習近平国家主席と電話会談し、中台がともに一つの中国に属するという『一つの中国』政策の維持で合意した。米当局者によると、大統領による突然の立場修正に先立ち、ホワイトハウスではティラーソン国務長官やフリン大統領補佐官らが会合を行った。ある当局者はこの会合について、米中関係や地域の安定のために『一つの中国』政策の維持を表明することが正しい選択だと大統領を説得するための協調的努力だと述べた」。

 

事情を知らない者には、トランプ氏が習氏と電話会談を行い、「一つの中国論」で合意したと聞けば驚く。トランプ氏は、あれだけ中国批判をしてきたが「君子豹変」となったからだ。この裏には、ティラーソン国務長官らが、トランプ氏を説得したもの。トランプ氏は大統領就任後約3週間経ち、「米国大統領」の役割を自覚するようになった面もあろう。オバマ前大統領が退任直前に言い残したように、「トランプ氏も変わる」ということなのだ。大統領という「ポストが人をつくる」のであろう。

 

(2)「ティラーソン長官は会合で、米中関係の柱となってきた政策を巡る疑念を解消しない限り、米中関係は停止したままになると警告した。ティラーソン長官による今回の尽力は、トランプ政権が直面する幾つかの地政学的問題で同氏が影響力を持つ可能性を示唆している。中国に精通した米国の専門家はトランプ氏の立場修正について、緊張が和らぎ、幅広い問題で協議に道が開かれるとしながら、南シナ海の問題や中国からの輸入品に対する関税など他の問題を巡る立場の軟化につながるわけではないと釘を刺す」。

 

このパラグラフで注目すべきは、「トランプ政権が直面する幾つかの地政学的問題」の存在である。その一つが、北朝鮮の核と長距離ミサイルの開発である。北朝鮮問題は、もはや説得して開発を中止させられる段階を越えてしまった。60発の核爆弾の製造が可能な段階であり、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発が成功すれば、米本土も核攻撃の対象にされる危険な段階になってきた。

 

米国では、「力による平和戦略」論が急浮上している。北朝鮮の危険因子が、現在よりもさらに膨らむ前に、奇襲攻撃による強制排除を敢行すべき段階へ立ち至った。そういう認識が急速に、米国内で強まっているのだ。

 

この場合、米国が「一つの中国論」を認めないとする立場を取れば、中国と北朝鮮問題で話し合う道が絶たれるリスクが発生する。この視点から、ティラーソン国務長官らがトランプ大統領を説得したと見られる。

 

これを窺わせたのが、2月11日(米時間)、北朝鮮がミサイル実験を行った後の、日米共同記者会見で見せたトランプ大統領の青ざめた顔である。安倍首相が強い抗議の姿勢を見せた後、トランプ大統領は「我々米国は、偉大な同盟国である日本と共にある。これは100%だ。そういうことをみなさんに伝えたい」(全文)とこれだけの発言に止めたのだ。あの饒舌なトランプ氏が、たったこれだけのフレーズを発しただけで終わった。これは、余計な発言をして米国の「力による平和戦略」を北朝鮮に感づかれまいという配慮であろう。トランプ氏は、これまで見せたことのない緊張感溢れる表情であった。まさに、「米国大統領の顔」である。

 

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2月13日付)は、「トランプ大統領の外交、現実路線に近づく」と題して、次のように報じた。

 

不動産会社のオーナーが突然、米大統領に就任しただけに、大きな戸惑いがあるはずだ。これまでは、持ち前の強気一辺倒で人生を生き抜いてきたにしても、世界覇権国である米国大統領は、地球の運命を左右しかねない立場に立つ。それだけに、独断専行でなくスタッフの意見に十分な配慮をしなければならない。トランプ氏は今、そういう状況に置かれていることを認識し始めたのだろう。安倍首相は、この段階でトランプ氏と会談したわけで、一定の影響力を与えたと思われる。日米関係にプラスの効果が期待できるのだ。

 

(3)「ドナルド・トランプ米大統領は外交について選挙戦で打ち出していた一部の型破りな約束を撤回し、数十年来の政策決定や慣習に沿った従来型の方向に向かっているようだ。アジア、中東、ロシア、欧州の同盟国との最近のやりとりでは、歴代の共和・民主党政権が構築してきた総意に敬意を払う姿勢を強めている。今週予定されているカナダとイスラエルの首脳による訪米もトランプ外交の行方を占うことになりそうだ」。

 

トランプ大統領は、歴代の共和・民主党政権が構築してきた総意に敬意を払う姿勢を強めている、と指摘している。これが、民主政治の良さであり、独裁政治と根本的に異なる点だ。政治経歴ゼロのトランプ氏が、過去の関係をひっくり返すことは不可能である。

 

(4)「北朝鮮のミサイル発射を受けて11日夜に安倍晋三首相との共同記者会見に臨んだトランプ氏は、『米国は偉大な同盟国である日本と100%共にある』と言明した。トランプ氏の変化の裏側では、外交政策チームが形をなしつつある。ジム・マティス氏とレックス・ティラーソン氏は上院から承認され、それぞれ国防総省と国務省のトップの座にしっかり腰をおろしている。戦略国際問題研究所(CSIS)の中東部門を統括するジョン・アルターマン氏は、トランプ氏が『以前よりアドバイスを聞くようになって』おり、オーソドックスなやり方に知恵を見いだしていると述べた。トランプ氏は就任初期の段階で大統領としての現実に目覚めた格好だ。選挙中の発言や大胆な大統領令行使が地政学上の現実や憲法との整合性に衝突したのだ」。

 

米国の国防長官と国務長官が、議会承認を受けて正式に就任した。この両人事が動き出したことは、トランプ大統領の行動に大きな影響を与えるであろう。両省の膨大なスタッフが機能するのだから、トランプ氏が独断専行できる範囲は大幅に狭められるに違いない。それだけ「トランプ・リスク」は薄められるであろう。

 

(5)「就任から3週間が経過したが、トランプ氏は中国を為替操作国に認定していない。先週、トランプ氏は対アジア政策の現状をおおむね受け入れる方向にも動いた。ワシントンでの安倍氏との会談後、アジアでの同盟関係や軍事協定を支持すると述べたのだ。北朝鮮のミサイル発射が伝えられる前でさえ、トランプ氏は日本について厳しい発言を控え、トランプ流をあらためて同盟国である日本の友人として振る舞った」。

 

トランプ氏は、日米首脳会談の共同記者会見で、「日本に感謝する」と発言している。これは、安全保障上の意味であろう。米国は、アジアの安全を維持する上で、日本の存在が不可欠であることを認識した結果と思われる。米国単独では、地政学的にもアジア地域の安全保障を維持できない。また、日本一国で軍事的に中国へ対抗するには、膨大な軍事費を必要ゆえに内政を圧迫する。そういう意味で、アジア地域の安全を保つには、日米同盟は不可欠な存在になっている。

 

日本の協力が不可欠

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2月13日付)は、社説で「アジア外交で勝利するトランプ氏」と論じた。

 

この社説のタイトルは、トランプ氏がアジア外交で勝利を手にする、としている。これは、日本との良好な外交関係が維持できる見通しがついたことを根拠にしたものだ。安倍・トランプ首脳会談は、互いに信頼関係を築けたから安心だとしている。WSJがここまで踏み込んだ社説を掲げることは、首脳会談の雰囲気が非常に良かったことを高く評価した結果だ。

 

(6)「驚くほど友好的な日米首脳会談が行われた。中国はアジアの覇者を狙う野望に対する反対勢力の急先鋒が安倍首相だととらえている。その認識は正しく、今回の日米首脳会談の意味を中国の指導部が理解しているのは間違いない。『われわれの間にはとても良好な絆がある。非常にうまが合う』。共同記者会見でトランプ氏はそう熱く語り、こう続けた。『車のところで彼(安倍首相)を出迎えた際、握手したが、彼を引き寄せ肩を抱いた。そうしたいと感じたからだ』。これが、日本はただ乗りの同盟国だと選挙期間中に批判していたトランプ氏の身の変わりようだ」。

 

安倍氏の性格とトランプ氏は、極めて似かよったところがあると、指摘されている。二人とも、極めて外向的であって、いわゆる「人を逸らさない」特技を保っているようだ。初対面の人に対しても、旧知の人のようにフレンドリーに振る舞える。これは、天性のものであろう。安倍氏は、「先輩政治家」としてトランプ氏を国際会議の場で、盛り立てる役割が期待される。トランプ氏が安倍氏を厚遇した狙いの一つはそこにある。13日のNHK番組に出演した安倍首相の話では、海外の会議では、必ず日米首脳会談を開くことで合意したという。日米の連携は、中国の海洋進出が急ピッチなだけに、これを防ぐ意味でも大きな役割を果たす。

 

(7)「『われわれは日本の安全保障に関与する』。トランプ氏はそう宣言した。尖閣諸島は日米安全保障条約の適用範囲内だとするジム・マティス国防長官の発言と同じ認識を表明した。たとえ関係が最良の状況下にあってもトランプ氏との間では泣き所になりかねない貿易面では、マイク・ペンス副大統領と麻生太郎副総理・財務相をトップとする経済協議の枠組みを設けることで合意した」。

 

日本は安全保障問題では、100点満点の成果を上げたと言える。経済問題は、これから麻生副総理とペンス副大統領の下で、総合的に話し合われる。米国のインフラ投資に日本が協力する。日本はこれまで、「インフラ輸出」を旗印にしてきた。是非とも実現させたいものだ。

 

問題は、日米FTA(自由貿易協定)である。日本にとっては農産物のさらなる関税率引き下げを求められかねない難物である。TPP(太平洋経済連携協定)は、トランプ氏によって「永久離脱」となっているが、ペンス氏はもともとTPP賛成論者であった。今後の経済対話のなかで復活できるように、トランプ氏の説得を続けて行くべきだろう。

 

トランプ氏は、二国間協定にこだわっているが、米国の貿易赤字はFTAで消えるはずがない。そのことについて、時間を掛けながら説得するしかない。トランプ氏の支持基盤は、保護貿易では救済できないことが明からになってきた。この救済策として、インフラ投資を提案するのが効果的であろう。TPPが本来、アジアの安保と経済の両面で優れた効果を出す。トランプ氏に対して、そのことを繰り返し説得することが必要だ。

 

(8)「新型中距離弾道ミサイル『ムスダン』を日本海へ向けて11日に発射した北朝鮮も、日米間の連携強化の重要性を示すことに一役買うことになった。北朝鮮がミサイルの発射実験を行ったのは、トランプ氏の就任後では初めてだ。今回の発射は、北朝鮮が開発を進めている大陸間弾道ミサイルではなかったものの、同国の核開発が多面的に前進しつつあることをあらためて知らしめた。トランプ氏は、『米国は素晴らしい同盟国である日本を100%支持する』と述べた。まったく同感だ」。

 

米国による北朝鮮の核開発阻止に、なぜ日本の協力が必要なのか。国連の常任理事国でもない日本が、「6ヶ国協議」の一員であっても影響力は薄い。米国は、「力による平和戦略」を練っていることは周知のことだ。日本が、米軍の奇襲作戦に日本基地の使用を認めることは作戦上不可欠である。トランプ氏が、「米国は素晴らしい同盟国である日本を100%支持する」と述べた理由はこれであろう。WSJの記事では、「まったく同感だ」とトランプ発言に賛意を表している。WSJは、米軍の奇襲攻撃作戦を知っているに違いない。

 

(2017年2月20日

 

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