中国、「米新大統領」関税45%アップで対米輸出25%減へ | 勝又壽良の経済時評

中国、「米新大統領」関税45%アップで対米輸出25%減へ

 

猪突盲信の大統領登場

米中の貿易戦争が勃発

 

世界中の名だたるメディアが、米国のトランプ大統領誕生を最も忌み嫌ってきた。米共和党の幹部すら、一線を引いて応援しなかった人物が、「大衆主義」をリードして次期大統領に決まった。これといった政策顧問もいない無手勝流で、世界の覇権国の椅子に座るという椿事が起こったのだ。グローバリズムで職を失い、翻弄されてきた人々が変化を求めてトランプ氏に一票を投じた。その積み重ねが予想外の結果を生んだとしか言いようがない。

 

米国から雇用を奪ったとされる代表格の中国へは、大統領就任直後の「初仕事」で関税を最大限45%も引き上げると宣言してきた。公約通り実行すれば、米中の貿易戦争は間違いない。米国も600万人の雇用を失うだろうという計算もある。トランプ氏にはこういう込み入った計算はできずに、大言壮語しているに違いない。だが、公約している以上、中国へは関税引き上げをやるのだろう。米国も返り討ちにあうが、トランプ氏はここで初めて自由貿易の有難味を学ぶ機会を得るのだ。

 

米国内は大統領選挙中に、安全保障専門家や経済学者がそれぞれ、「トランプ大統領反対」の声明を出してきたほどである。現実に、「トランプ大統領」となって外交政策や経済政策で行き詰まりになることは明らかであろう。トランプ氏一人で政策を決められるわけでもなく、政策集団を率いなければならない。さらに共和党幹部から協力も得なければならない。前途は茨の道である。

 

米国の国内問題はともかくとして、米国には世界覇権国としての役割がある。「強い米国」は対外的にも重要な役割を負っている。とりわけ、同盟国に対する防衛の義務があるのだ。トランプ氏は、選挙運動中に日本と韓国に対して「安保タダ乗り論」をまくし立てていた。実態無視の暴言であるが、日韓に核武装を勧めるなど、世界の核拡散反対に真っ向から挑戦する「思いつき」を口にしてきた。この人物が米国大統領に選ばれたのだ。嘆息せざるを得ない。

 

猪突盲信の大統領登場

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(11月7日付)は、社説で「トランプ大統領というギャンブル」と題して、選挙前日に次のように論じた。

 

この社説は、選挙前日に掲載された社説である。トランプ氏の性格が大統領としての資質に欠ける点を指摘すると同時に、国家指導者としての知識や経験がゼロという「白紙状態」で世界の超大国のリーダーになるリスクを指摘している。まさに小説にも出てきそうな類の話が、現実化したことにギャンブル性を感じざるを得ない。

 

ただ、米国民主主義は「チェッ・アンド・バランス」である。ジャーナリズムが厳しい視線を送ると同時に、2018年の下院選挙で共和党は一掃されるリスクを抱える。さらに、2020年の大統領選挙でトランプ氏は追われる事態もあり得る。少し長い目で見れば、トランプ氏も共和党も、背筋の寒い思いがするに違いない。有頂天になっていると「鉄槌」が下されるのだ。

 

(1)「トランプ氏を大統領にすべきではない最大の理由は、民主党ヒラリー・クリントン候補が指摘しているように、その気性と政治的な人格に関係している。トランプ流の政治とはイデオロギーに基づくものではなく、ほぼ完全に個人的なものである。トランプ氏は批判に過剰反応し、個人的確執を大いに楽しむ人間だ。トランプ氏は不都合な真実に遭遇すると無視したり、ねじ曲げたりする。トランプ氏は良い点を指摘することがあっても、それを誇張するせいで、国民を説得することは難しくなる。しかし大統領には人を説得する能力が欠かせない」。

 

オバマ大統領は、トランプ氏を指して「彼の顔をテレビで見ると笑える」と痛烈な皮肉を言ったことがある。超大国の大統領というイメージはない。「思考」と無縁な表情で相手を批判する姿は、どうみても間違って大統領の椅子に座るという「喜劇俳優」でしかない。彼が、暴走して米国民主主義に挑戦すれば、「弾劾」という不名誉な結末が待っているであろう。

 

(2)「トランプ氏が勝利すれば、メディアはオバマ時代のまどろみから目覚めて、猛烈な勢いでトランプ政権に付きまとうだろう。官僚機構はトランプ氏が送り込む政治任用者に抵抗し、メディアと手を組んで国民の反発をしかけるだろう。特に保守派が現実的な問題として懸念しているのは、トランプ氏が候補者であったときと同じように大統領就任後も行き当たりばったりで、公約通りに政治を変えられないことである。トランプ氏は国民の半分以上に嫌われた状態で政権をスタートさせることになる。しかもトランプ氏のアドバイザーのほとんどは政府で働いた経験がない。失態が続いたり、就任早々に景気後退が訪れたりすれば、2018年の議会選挙で共和党は一掃される恐れがある。2020年に進歩派一色の政府が復帰する手助けをすることにもなりかねない」。

 

トランプ氏がホワイトハウスに連れてくる政策スタッフは、多くが「素人集団」である。従来の官僚機構とソリがあわずにギクシャクすれば、外部のメディアが逐一これを報道して監視するに違いない。こうなると、トランプ氏は手足をもがれたも同然、「裸の大将」になるであろう。経済学者も安保専門家も、トランプ反対の御旗を高く掲げている。トランプ政権に入るはずがない。こうなると、トランプ氏の思いつき政策は不可能になろう、要するに、「何もできない大統領」に堕する危険性が高い。妥協すれば、「トランプ公約」が消えて、自らの価値を下げる結果になろう。

 

(3)「トランプ氏が大統領になった場合、最も読めないのが外交政策と安全保障政策である。幸い、トランプ氏はオバマ時代に削られた米国の防衛を立て直したいと考えている。トランプ氏はイスラム過激派のテロの脅威に対し、オバマ氏よりも率直に発言し、強気な姿勢を取るだろう。しかし、皮肉なことに、トランプ氏はオバマ氏と同じく、米国を世界的リーダーの立場から降ろそうとしている。『ISIS(イスラム国)を徹底的に爆撃する』ことと『原油を奪う』こと以外に、トランプ氏が中東政策について考えがあるかどうかは分からない。国際情勢について新人のトランプ氏は珍しくアドバイザーに頼ることになりそうだ。トランプ氏が彼らの話に耳を傾ければ、の話だが」。

 

トランプ氏は国際情勢について、完全に無知とされている。まとまった本一冊すら読んだことがないという。もともと読書嫌いで、好きな女性を見ればつい手を出す人物である。その点では、典型的な「大衆」の一員である。選挙演説で大衆の心を掴んだのも理由がある。思索とは無縁なのだ。

 

国際情勢については、素人であるから専門家の意見を聞かざるを得ない。フィリピンのドゥテルテ大統領と同じような暴言の連発を許されない立場にある。世界覇権国のトップという認識に基づいた発言が求められるのだ。周辺のスタッフが、相当に支えなければ難しいだろう。

 

トランプ氏は、TPP(環太平洋経済連携協定)に反対している。自由貿易が米国の雇用を奪ったという誤解に基づく。米国は世界経済覇権国として、米ドルを世界の基軸通貨に使っている。この結果、外貨準備の必要性がないという特権に浴している。この現実を認識していないから、「自由貿易が米国の雇用を奪った」などと寝言を言うのだ。そうではなくて、米国が絶えず産業構造を変化させ、雇用の流動化を促進する努力を怠ったにすぎない。リーダー国はそういう義務を負っている。その義務を果たさずに、雇用不安を自由貿易の責任に被せている。余りにも無知で大衆迎合の度がすぎるのだ。

 

米国は、個人に銃の所有を許す国である。自分の身の安全は自分で守るという認識によるものだろう。この認識に立つならば、職場を失うリスクがあれば、自ら進んで技術を身につける努力があってしかるべきだ。トランプ氏は、その肝心な部分は言わずに、自由貿易に罪をなすりつける「大衆煽動者」である。いずれ、この馬脚を現すはずだ。

 

前大統領のブッシュ氏は、自由を守るという理由で、相次ぎ戦争に訴えた。この反省で、オバマ大統領は軍事力の発動を抑制しすぎた。この両大統領は、ともに間違えている。世界の軍事費の36%(2015年)は米国が支出している。米国が軍事的にけん制する姿勢を示すだけで、混乱する事態を事前に収められる効果があるのだ。ISIS問題は、軍事力でけん制する時期を間違えて、「大火」にさせた最悪ケースである。トランプ氏は軍事問題について、安保専門家の意見を十分に聞くことだが、専門家から忌避されているだけに困った事態だ。

 

米国の世界戦略は岐路に立っている。米国の同盟国は、これまで米国を頼りにして安全保障体制を敷いてきた。TPPはその一環である。トランプ氏は、全くの不勉強でTPP反対論を言っている。この人物が米国大統領とは、本当に嘆かわしい。

 

米中貿易戦争が勃発

タイ『バンコクポスト』紙(11月7日付)は、次のように報じている。

 

タイは、TPPに参加を希望していた国の一つである。原加盟国ではないが、TPPの将来性に大きな期待を繋いできた。だが、米国の大統領選では、二人の候補者がTPPを否定してきた。それがもたらすマイナス点を鋭く指摘している。この記事は、オバマ氏がTPPの重要性を指摘してきた点と同じだ。

 

(4)「ヒラリー・クリントン氏が大統領になった場合、米国の対アジア政策にさほど変化はないだろう。一方、ドナルド・トランプ氏が当選し、選挙公約をいくつか実行した場合は特に関係がこじれるだろう。米主導のTPPが近いうちに批准される見込みは薄い。米国の政治家の多くが国内の製造業や労働者を苦しめるのはアジアとの貿易だと主張していることが背景にある。反TPPを公言する両候補だが、大統領就任後は賢明な次の一手を練らなければならない。アジアで東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国と中国、日本、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドが参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉が進んでいるからだ。専門家のカエウカモル・ピタクヅムロンキット氏は、『TPPが失敗してRCEPが成功すれば、米国は国際貿易のルール作りで主導権を失うだろう。アジアで同盟国の信頼を失い、影響力とリーダーシップを損なう恐れがある』と話す」。

 

トランプ氏の鈍い頭を覚醒させるには、米国にとってRCEP(アールセップ)がTPPのライバルになることを知らしめなければならない。TPPは単なる経済協定ではない。同盟国としての安全保障的な色彩を帯びている。中国の軍事的な膨張政策を抑えるには、TPPが一つの防波堤をつくるのだ。オバマ氏が口を酸っぱくして言い続けたのは、「アジアの経済秩序を中国の想いのままにさせない」ことである。RCEPが、中国の主導でできれば、米国は圏外に放り出されると危惧している。

 

米国は、トランプ氏を政治的な混乱で大統領に選んだ。この「失敗」がもたらす米国の地盤沈下は無視できないものがあろう。特にアジアの同盟国は、「母船」がフラフラしているわけで、新たに頼る先を探さなければならない。中国はアジアでは「嫌われ者」に成り下がっている。日本のアジア各国に駐在する大使の外務省の合同会議で、「中国に親近感を持っている国」について調べたことがあるという。その時、たった一ヶ国に駐在する日本大使が手を挙げた。その国名は記されていないが多分、カンボジアであろう。「中国の経済援助がなければやっていけない」のが理由だという。

 

米国がフラフラしていれば、アジア各国の頼る先は日本しかない。日本が安全保障で抱えられるわけがないものの、米国の2020年の大統領選で本当の「国際知識のある大統領」の出現を待つほかない。これを期待できる経済的理由は、米国企業が「IoT」(モノの間をつなぐインターネット)の活用によって、米国へ復帰することである。この間に、中国経済は大波乱を起こして、地盤沈下する可能性が大きいのだ。

 

冒頭で指摘したように、トランプ氏はこれまで大統領就任直後、中国に対して「米国の雇用を奪った」ことを理由に、緊急対策を打つと広言してきた。

 

「中国は為替相場操作の『名人』であり、米国から仕事を盗んでいると主張。最大税率45%の輸入関税を懲罰的に実施する考えも示している。オーストラリアのコモンウェルス銀行は、こうした関税が導入されれば初年度で中国の対米輸出を25%減らすと試算している」(『ブルームバーグ』11月10日付)。

 

仮にこれが実行されれば、米中は貿易戦争になる。中国も報復するので、米国の雇用も減るという試算がある。米国の通商政策は、大統領権限で行える範囲が大きい。向こう見ずなトランプ氏が、やらないという保証はどこにもないのだ。これが引き金になって、中国経済が過剰債務を抱えているだけに、輸出減少がもたらす景気減速が、銀行の連鎖倒産を招くのだ。要警戒である。この重要問題は詳細に後のブログで議論する。

 

(2016年11月13日)

 

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