中国、「北戴河会議」習氏敗北説を吟味する「長老が結束?」 | 勝又壽良の経済時評

中国、「北戴河会議」習氏敗北説を吟味する「長老が結束?」

 

 

エコノミック・ショート・ショート

 

例年8月、北京に近い避暑地・北戴河(河北省)で開かれる共産党長老を交えた「北戴河会議」の結果は、中国内外から注目されている。今年は具体的な内容について、ほとんど報道されず、「推測」の記事だけである。その中で、「勇気」ある記事が現れたのでこれを手がかりに、その後の中国政治の動きを絡めて検証したい。

 

毎日新聞社発行の『週刊エコノミスト』(9月13日号)は、毎日新聞客員編集委員の金子秀敏氏の「異変!北戴河会議、長老に敗北した習主席」と題する記事を掲載した。その結論部分に注目したい。

 

(1)「北戴河会議で習主席が権力闘争に敗れたことで、習主席との対立が表面化していた李首相の発言力が強まり、日中関係の修復など中国の内政、外交の大転換が始まった。習政権の求心力は低下し、中国政治の不確実性が増すことは避けられないだろう」。

 

この記事は、「習氏敗北」を宣言する記事であり多分、世界初のものだ。情報の「鉄のカーテン」を張っている中国のことだから、関係者以外に真偽のほどは分からない。そこで、北戴河会議終了後の動きによって検証するしか道がないのだ。これは、前記記事を否定するものでない。そもそも、私は否定できるほどの具体的な情報を持っていないのだ。

 

習氏敗北で日中関係が大転換するのか。

 

それは、G20で行われた日中首脳会談が、従来のそれと比べて、雰囲気などが劇的に改善されたのかである。周知の通り、相変わらずの習氏の「苦虫を噛む」姿が大写しになっている。会談の部屋に両国の国旗も飾られず、他国の首脳会談とは明らかに「格落ち」の様相を示した。日本側が会いたいというか「会ってやる」という露骨な態度を見せているのだ。

 

この情景から見ると、日中関係が大転換したとは言いがたい。ただ、日中の軍事衝突を避ける手続きや東シナ海でのガス田共同開発について協議するという合意には達した。これをもって、「日中外交の大転換」と見るかどうかだ。これまでの懸案が、少し前向きになった程度であろう。この裏には、人民解放軍の根強い「反日姿勢」が控えている。前記二つの案件はともに、「人民解放軍マター」である。

 

中でも2010年、東シナ海のガス田共同開発が協定書を交わす寸前で延期されたのは、人民解放軍と国有石油会社の利権確保が絡んだものである。当時、「反胡錦涛派」が、結集して協定書交換を阻止した。詳細は、拙著『火を噴く尖閣』(2012年)で明らかにしてある。彼らは、利権の山分けを狙っていたのだ。その後、人民解放軍内部の腐敗が摘発されたものの、「泥水」が「清流」になるはずもない。根っこでは、ガス田の利権山分けを狙っているはずだ。早急な合意に達する意思があるとすれば、習氏が「仏頂面」する必要もなかったであろう。ただ、あの「能面」は、中国国内向けのポーズとの説も聞くが、さてどうなのか。

 

李首相の発言権が強まるとの見方はどうか。

 

李首相は、経済政策で失敗している。金融緩和策を主張してきたが、昨年11月から「流動性のワナ」に落ち込んでいる。マネーサプライのM1(現金+普通預金)を増やしても、M2(M1+定期性預金)の増加にならず、両者の乖離幅は拡大する一方である。企業は新規設備投資の資金を借り入れるという意欲を失っている。これが、M2の増加とならないのだ。結局、M1は増えても投機資金(主として住宅ローン)に向かっている。住宅在庫は捌けるが、不動産開発企業は新規の住宅関連開発をするわけでない。高値で住宅在庫が売れて、「やれやれ」というのが実態だ。

 

李首相は、金融を緩和すれば経済成長率が高まるという、単純な「成長派」である。これに対して習主席は、「デレバレッジ」(債務削減)を優先すれば、2~3年後に、再び高めの成長率が期待できるという見方だ。これら両者の経済観は、不動産バブルの崩壊と生産年齢人口比率の低下という、二つの構造問題から目をそむけた「能天気」な議論である。真面目に世界のバブル経済崩壊の歴史を読めば、そんな安易な回復期待など吹き飛ぶはずだ。怖くて現実を見ないのか。無知で知ろうとしないのか。答えは二つに一つであろう。

 

結局、習氏も李氏も経済政策を巡って優劣を競える場に立てないほど、中国経済の実態を無視した議論をしている。現状では、ゾンビ企業を救済して「ボロ」(倒産に伴う失業者)を出さないように最大限の努力をしているところだ。この「ボロ」隠しは永遠に継続できるわけでない。タイムアップ寸前であろう。その時、中国政治はどう立ち向かうのかである。習氏の「続投」は消えるだろう。李氏の「主席」も考えられない。経済政策失敗の責任を問われるからだ。

 

経済の現状で判断すれば、習vs李は「政策の弱者同士」であり、甲乙つけがたいのである。となると、現状維持で習氏が相対的に有利な立場にあると思う。この前提で、現実の中国政治を観察すると「習リード」の現実が浮かび上がるのだ。

 

『大紀元』(9月14日付)は、「天津市トップ、元江派閥の李鴻忠氏が就任、習氏は一石三鳥?」と題して次のように伝えた。

 

(2)「中国共産党中央紀律検査委員会(中紀委)は9月10日、天津市共産党委員会(以下党委)代理書記で同市トップの黄興国氏が『重大な紀律違反がある』として調査していると発表した。当局は13日、失脚した黄氏の代わりに、湖北省党委書記の李鴻忠氏が天津市トップに就任させたとの人事を発表した。直轄市である天津市は距離的に北京に近く、歴代の天津市党委書記が中央政治局委員に兼任するほど、政治的かつ経済的に重要な地位を持つ。天津市党委員会書記の人事は、習近平政権の『19大』(中国共産党第19次全国代表大会)中央政治局人事計画に関わるため、大きな意味を持っている。なぜ、江沢民派閥に近いとみられる李鴻忠氏を天津市トップに起用したのか」。

 

天津市共産党委員会代理書記で同市トップの黄興国氏が、「重大な紀律違反がある」として失脚した。黄氏は、習派とされる。その黄氏の失脚は「汚職に区別なし」とする習氏の「中立性」を演出したものであろう。これまでは,自派からの失脚は出ていなかった。江沢民派や胡錦涛派がヤリ玉に挙げられてきた。今回の一件で、「公平に」汚職追放という旗印になった。そして、その後任は,あえて「江派」と言われる人物を登用した。

 

これは、習氏の威光が落ちたのでなく、「一石二鳥」どころか「一石三鳥」を狙ったという大胆解釈である。その根拠を聞いて見よう。

 

(3)「李氏の経歴は華々しい。広東省恵州市副市長、同市党委書記、広東省深圳市党委副書記、同市代理市長、市長、党委書記、湖北省副省長、同省省長、党委書記などを歴任した。李氏の昇進は江沢民元主席の抜てきによるものとみられる。江派閥の李氏は2012年4月、江の側近で元中央政治局常務委員の周永康氏とともに湖北省武漢市などへ視察した。しかし、14年7月周氏が汚職で失脚した後、李氏は公の場で習近平氏を支持する発言が相次いで、習陣営に寝返り、習氏への忠誠を示した」。

 

李氏の経歴から言えば、「江派」は明らかである。過去の出世には、江氏が手を差しのべてきたからだ。だが、江派の大番頭である周永康氏の失脚後は、いち早く「習近平氏」支持の発言によって、習陣営に寝返り、習氏への忠誠を示した。機を見るに敏なのだ。

 

(4)「14年12月22日、当局は元中央弁公室主任である令計画氏が汚職の容疑で調査を受けていると発表した。李氏は直ちに湖北省幹部を集め、党中央の決定を支持すると示した。また、同省党委会議で李氏は習氏が中国共産党中央の『指導の核心だ』『習近平氏に見習う』『習氏の指導核心を擁護していく』などと発言した。李氏の習氏を擁護する発言は一定の効果があった。15年7月24日、中紀委は河北省党委書記の周本順氏が汚職の容疑で調査を受けていると発表した。同日、中紀委は同公式ウェブサイトで湖北省党委書記の李氏への独占インタビューを掲載した。両省のトップの異なる待遇は李氏の将来を示唆された」。

 

胡錦涛氏側近の令計画氏が、汚職の容疑で調査を受けていると発表の際、李氏は直ちに湖北省幹部を集め、党中央の決定を支持すると示した。ここでも敏捷に習氏支持を打ち出している。ぐずぐずしていると,その立場が疑られやすいだけに瞬発に、習氏支持を打ち出す。涙ぐましいまでに時の権力者ににじり寄って行くのだ。日本の戦国時代の大名が、豊臣側につくか徳川側につくかで命運が決まったように、現代の中国も戦国時代の再現である。

 

(5)「習氏はなぜ江派閥の李鴻忠氏を天津市トップに就任させたのか? 目的は3つある。

 一つ目は、権力の掌握だ。習近平氏が国家主席を就任前、江沢民派閥が政治権力を握っていた。習氏が就任後、人材不足に直面した。この3年間、習政権は100人以上の江派閥官員を失脚させたが、現有の中国共産党体制では、すべての江派閥官員を失脚させるのが難しい。したがって、習陣営に寝返った官員を起用せざるを得なかった。同時に、党内権力闘争を様子見している江派閥官員に対して、江派閥から脱退すれば、重要なポストに任命する可能性があるとのメッセージを出し、官員らに安心感を与える効果がある」。

 

習氏はなぜ江派閥の李鴻忠氏を天津市トップに就任させたのか。目的は3つあるという

第1は、江派の寝返り促進である。江派閥から脱退すれば、重要なポストに任命される可能性があるとのメッセージを出し、官員らに安心感を与える効果がある、というもの。恭順の意を示せば、「取り立ててやるぞ」。習氏の懐の大きさを示しているというのだ。

 

「2つ目は、江派閥の内部崩壊を狙っているため。李氏の天津市トップ就任で、江派閥で黄興国氏の背後にいる現中央政治局常務委員、張高麗氏らの汚職を摘発し、張氏らの失脚を図ることは、習氏が李氏に課した最大の任務だ。また李氏の忠誠心を試そうとしている。昨年、天津市で起きた大爆発事件で、市は環境問題など多くの難題に直面している。これらを適切に処理できるかどうかも、李氏に課した課題だ」。

 

第2は、江派閥の内部崩壊を狙っている、としている。現中央政治局常務委員、張高麗氏らの汚職を摘発するように、李氏の忠誠心を試しているというのだ。生臭い話しである。中国で出世街道を進むには、こういう「味方を売る」ことも課されているのだ。

 

「3つ目、天津市トップが在任中に失脚したことで、習氏は党内高官に対して、昇進したからと言って政治地位が安全だということではないとのシグナルを送っている。習氏は国家主席になってから、党内の多くの慣例を打ち破った。天津市党委書記が中央政治局委員を兼任する慣例もなくなり、天津市が直轄市でなくなる可能性もあるとみる。この可能性は黄興国氏が2年間もの長い間、同市党委書記代理のままで、正式の党委書記がいなかったことから見てとれる」。

 

第3は、昇進しても安心はできないというメッセージだという。党内の高官ポストを得て有頂天になっていると、思わぬところから刺客が送られるのだ。戦国時代さながらの「出世絵巻」が繰り広げられている。中国で「顕官」になるには身も心も擦り減らす覚悟が求められる。その見返りが「賄賂」であった。それも,大がかりに行えば、「お縄頂戴」である。いやはや、中国は住みにくい世界である。

 

習氏は、中国皇帝の位置にある。簡単にその座を奪われるシステムになっていない感じがする。天変地異(経済の超不況や軍事問題の失敗)でも起こさない限り当面、追放されないと思う。事実、歴代皇帝の座は強かった。習氏敗北説は話しとして面白いが、さて、、、、

 

(2016年9月25日)

 

お知らせ:拙著『サムスン崩壊』(宝島社発行 定価・税込み 1402円)がこのたび発売となりました。サムスンの新型スマホは発売早々、爆発事故を起こしその影響が懸念されています。サムスンは、日本の半導体技術を窃取し、円高=ウォン安をテコにして急発展しました。スマホの一本足経営です。ぜひとも、本書をお読みいただきたくお願い申し上げます。

 

 

 

勝又ブログをより深くご理解いただくため、近著一覧を紹介

させていただきます。よろしくお願い申し上げます。

勝又壽良の著書一覧