中国、「北朝鮮ノービザ」米中対立で中朝親密化へ踏み出す | 勝又壽良の経済時評

中国、「北朝鮮ノービザ」米中対立で中朝親密化へ踏み出す

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中国はアジアで孤立感を深めている。南シナ海判決では完敗だ。韓国が、中国の反対にもかかわらず、「THAAD」(高高度ミサイル網)導入を決めた。「反日」をテコにして、中韓は密接な外交関係を固めたが、中国は北朝鮮による核開発を抑止できず、韓国の期待を裏切った。しびれを切らした韓国が、「自衛権」を盾にして中国の反対を押し切ったのだ。

忿懣ややるかたない中国が、間髪を入れずに打った手は、北朝鮮へ入国できる地域限定の「ノービザ」制度を始めたことだ。この地域限定の「ノービザ」は、アライバルビザ(観光ビザ)の一種である。ビザ取得は現地で行うために、アライバルビザと呼ばれる。

前もって大使館でビザを取得しなくても、現地でアライバルビザを使って入国できるのが特徴。アライバルビザを出す国は限られている。主な国には、インドネシア・ミャンマー・ラオス・カンボジア・エジプトなどがある。北朝鮮が中国人向けだけに、始めるのかどうかは不明。身分証明書や写真や申請書などがあれば、取得できるという。

『人民網』(7月14日付)は、次のように伝えた。

(1)「2年あまりの準備期間を経て、中国人観光客が朝鮮を訪れる『上陸旅行』がこのほど正式にスタートした。パスポートを持たない中国人観光客が、遼寧省丹東市から朝鮮側に渡航して、異国情緒を楽しむことができる。この旅行商品を扱う遼寧省丹東市の中国国際旅行社の全順姫総経理は、『7月9日同プロジェクトが開始してから3日足らずで、1000人近い観光客を受け入れた』と説明した」。

中朝の国境線である鴨緑江を挟んで、国境の街である丹東市(中国)と新義州市(北朝鮮)が、地域限定型の「ノービザ旅行」を始めた。訪問時間は、半日だけという慌ただしい旅行である。だが、中朝両国の雪解けムードという事実が浮上した。

北朝鮮は、度重なる国連からの制裁を無視して核開発やミサイル発射実験を繰り返している。中国も、国連による制裁に表向きは協力した形だが、北朝鮮の「外貨獲得」を助けるべく、北朝鮮旅行への支援に乗り出したもの。改めて、中朝「血の同盟」を確認することになった。中国にとって、朝鮮半島という地政学的な重要性から判断すれば、韓国よりも北朝鮮を選ぶのは当然である。中国は鴨緑江を挟んで北朝鮮と国境を接している。北朝鮮が民主主義国になることは、中国にとって最大の政治的危機である。こうした地政学的視点に立てば、最終的に北朝鮮を選択するだろう。韓国は、それを完全に見誤ってきた。中国は、北朝鮮よりも韓国を重視している。そう過信していたのだ。

(2)「滞在可能時間は半日で、料金は350元(約5500円)。パスポートは不要で、身分証明証を持って、丹東市の公安当局で『出入境通行証』を申請し、(北)朝鮮の入国検査当局の審査に通れば、渡航が可能になり、アライバルビザに類似している。中国人観光客が観光できるのは、指定された約3万平方メートルの観光エリア。朝鮮の民族音楽や舞踊を鑑賞したり、正真正銘の朝鮮の特産品などを購入したり、バスに乗って新義州(シニジュ)を観光したりできる」。

滞在可能時間は半日という。正味は3時間程度か。料金といっても入場料であろうが、約5500円程度で「指定された約3万平方メートルの観光エリア」を楽しむというのだ。ディズニーランドを想像すると間違うが、歌や踊りを鑑賞した後で、北朝鮮の特産物をお土産に買って帰る。ごく地味な「小さな旅」という趣であろう。

(3)「丹東市と新義州は鴨緑江を挟んで向かい合う国境の町。毎年11万人以上の観光客が丹東から朝鮮側に渡航する。全総経理によると、同プロジェクトのポテンシャルは大きく、今後第二期の工事が終わると、観光エリアは13万平方メートルに拡大し、1日当たりの観光客数が最大で約1万人になると見込まれている」。

これまで、丹東市から新義州への観光客は年間11万人以上であったという。新義州では第二期工事が終わると、観光エリアは13万平方メートルと、現在よりも4倍強に拡張される。これによって、1日最大1万人の観光客を受け入れ可能という。年間では、360万人以上になる。現状の中国人観光客が年間11万人以上というから、約32倍も増える計算だ。北朝鮮には貴重な外貨収入源になる。入場料だけで、ざっと2000億円になる計算だ。

今回のアライバルビザ方式による特定地域の観光旅行は、中朝関係の雪解けを象徴するが、すでに5月末にその兆候は出ていた。北朝鮮・朝鮮労働党のリ・スヨン政務局副委員長が率いる北朝鮮代表団による訪中があった。

ここ数年、関係が悪化していた中朝関係が、和解の方向に向かうきっかけになりそうだ。韓国政府で安全保障政策を担当するある関係者は、「北朝鮮は中国の手を取り、国際社会による制裁局面からの脱却を目指すかもしれない」との見方を示した。中国も今年3月、国連安全保障理事会による北朝鮮制裁決議に賛成はしたものの、今は北朝鮮との交流を最初から拒絶しにくい状況になっている。

米国のオバマ大統領は、日本でのG7出席(5月25日)の前に、ベトナムを訪問し中国に対する圧力を強めようとした。この動きを受けて、中国としても北朝鮮を自国側へ引き入れる必要が出てきた。北朝鮮も状況は同じである。最近、韓国は北朝鮮の伝統的な友好国であるウガンダやキューバなどに働き掛け、北朝鮮孤立政策を進めている。「北朝鮮は、韓国のこのような動きにかなり圧力を感じていることは疑いない」(『朝鮮日報』6月1日付)と見られている。

中国や北朝鮮は、米国や韓国の外交姿勢を受けて変化の兆しを見せている。中朝は、互いに向き合う必要性に迫られているのだ。今回の中国による北朝鮮への「救済策」が、中朝両国の関係改善へと向かわせる重要な一歩になる可能性が出てきたのだ。

韓国も中国に対して、冷静になり始めた気配が見られる。

『朝鮮日報』(7月20日付)は、「中国の報復に屈しなかった日本に学べ」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙編集局の車学峯(チャ・ハクボン)産業1部長 である。元日本特派員だ。知日派であろう。

この記事では、THAADをめぐる中国から韓国への恫喝を跳ね返そうという主旨である。その生きた例としてここ数年、日本が中国から受けた数々の威嚇や恫喝をものともせず、対抗している姿を褒めている。韓国も日本に見倣って、中国の恫喝を跳ね返そうという主張だ。かつての「中韓反日同盟」が、変われば変わったものである。正義は一つ、他国に対して不条理な要求をしてはならないことだ。

(4)「中国の政府とメディアが、韓国への終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備をめぐり、韓国を批判している。韓国では中国による通商報復を懸念する声が上がっている。その根拠の一つが、日本に対する中国の報復だ。 中国が領土紛争はもちろん、歴史認識問題でも日本への脅迫と報復をためらわなかった。2012年9月、日本が尖閣諸島(中国名・釣魚島)を国有化すると、中国は『自国領土だ』として、戦闘機や艦船を送り、武力をアピールした。中国で日本製品の不買運動が起き、トヨタ、ホンダなど日本車の販売台数が半減した。また、通関手続きが遅れ、日本を訪れる中国人観光客による予約キャンセルも相次いだ」。

日本が、中国の「暴挙」に屈しなかったのは、まともな相手と見ていなかったことだ。子どもが、大人に反抗するようなもの。口には出さぬまでも、内心ではそういう受取方をしてきた。「人口・国土・歴史」という3点セットを唯一の自慢にする国家と、真っ正面から争っても意味はない。いずれ、時間が解決すると見ていた。韓国も、中国を恐れる必要性はさらさらないのだ。「中国離れ」をして反省させることが重要である。

(5)「当時、日本の政府も国民もメディアも、中国の報復に恐れを示さなかった。日本メディアは、中国が国際秩序を無視する無茶な行動に及んでいることに焦点を当てて報じた。中国の一部地域では、デモ隊が日本企業の工場や店舗に乱入し、器物を破壊した。反日を口実にした暴動だった。それによって巨額の損失が出た企業もあったが、日本では尖閣国有化の撤回を求める声はほとんど聞かれなかった。 日本が報復の脅しに動じなかったのは、国家的なプライドがあったからだけではない。日本人は、『一度屈服すれば、中国は無茶な要求を繰り返す。中国が国際秩序に従う国になるよう、日本と国際社会が力を合わせるべきだ』と話す。それは単に報復に屈しなかったということなのか」。

中国を現代国家と見てはいけない。秦の始皇帝が、未だに中国全土の立ち現れていると見た方が正解であろう。始皇帝の外交政策である「合従連衡」と戦争論での「孫子の兵法」が、今なお国家政策として踏襲している国家だ。この現実を見据えれば、習近平氏が狙っている覇権論の脆弱性が、自ずと分かるはずである。ドイツ人哲学者のカントが、『永遠平和のために』で説いたように、共和国は同盟を組んで専制国家と対抗する。これ以外、共和国の安全保障はないのだ。韓国は、日米韓三カ国の重みを知るべきであろう。

(6)「中国が貿易の枠組みを破壊するほどの報復措置を取れなかったのは、両国間の貿易が朝貢貿易ではないからだ。現代の貿易は、中国が一方的に恩を施すのではなく、両国にとって利益があるからだ。THAAD配備に関連し、中国の一部勢力が韓国に『通商報復』をちらつかせるのは時代錯誤だ。数百年前に逆戻りしたかのような『覇権的中華主義』が中国で首をもたげている。中国は日本だけでなく、南シナ海で領有権を争うフィリピン、ベトナムに対しても観光客の規制、バナナ輸入締め付けなどの報復措置を乱発している。国際裁判所で敗訴したことには武力アピールで対応している。THAAD配備めぐり、中国が韓国に見せた姿は日本、フィリピン、ベトナムなどにとってはあまりに見慣れたものだ。対応に苦慮して慌てるのではなく、日本の事例を参考にして、肝の座った対応が求められる」。

中国は、貿易を「朝貢貿易」意識で捉えている。これが、間違いの原因である。グローバル経済において、感情的な理由で他国を閉め出すわけにはいかないのだ。各国が集団で行う経済封鎖は可能だが、特定国相手の貿易排除はWTO(世界貿易機関)原則に反する行為である。韓国は、無法国の中国を恐れる必要がない。そろそろ、「事大主義」から脱すべきであろう。一国の主権をかけて、毅然としなければならない。その点で、韓国野党は「事大主義」の殻から抜け出せないでいる。李朝時代の意識そのままである。

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(2016年7月23日)