中国、「労働争議多発」賃金未払いが増加し泥沼に喘ぐ「世界の工場」 | 勝又壽良の経済時評

中国、「労働争議多発」賃金未払いが増加し泥沼に喘ぐ「世界の工場」



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春節前の争議多発へ
4割がボーナス減額

「花の命は短くて苦しき事のみ多かりき」とは、女流作家の林芙美子が好んで色紙に書いた言葉である。「世界の工場」ともてはやされた中国は現在、海外企業の直接投資が減って苦況に立たされている。そのしわ寄せは労働者の賃金未払いとなって跳ね返る。皮肉なものだ。中国政府が発する世界覇権という「大言壮語」の一方で、労働者は春節(旧正月)を前に賃金未払いの寒風にさらされている。街の風景は一変した。

例年、春節前は労働紛争が多発する時期である。労働者は、未払い給料を貰って親元に帰るが、これを一区切りにして転職する例が普通である。好景気の時は、企業が労働者の引き止めに必至であった。それだけに賃金も弾んで、春節後の「帰社」を確かなものにしよと、土産も沢山用意した。それも今は昔話だ。春節前に未払い賃金を確実に貰うことが、労働者にとって最大の「土産」である。

2010年からの4年間で、中国製造業に対する海外からの直接投資は20%も減っている。海外企業が、中国以外の地域にシフトしているからだ。外資系企業からの直接投資が減れば、中国国内の関連企業への波及効果も落ちる。中国は事実上、海外の下請け工場なのだ。「世界の工場」は、「世界の下請け工場」でもある。この認識が、中国政府に欠如してるから、「世界覇権」などという夢のようなことを言い出すのだ。

春節前の争議多発へ
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(1月21日付)は、次のように伝えた。

①「中国政府は春節(旧正月)前という労働争議が頻発する前に備え、不満を募らせる大勢の出稼ぎ労働者に対する未払いを取り締まる対策を急いでいる。2億7400万人に上る中国の出稼ぎ労働者にとって、賃金未払いは毎年繰り返される問題だが、中国政府は今年、特に警戒感を強めている。経済成長の鈍化を受け、建設や製造業セクターを中心に労働争議が劇的に増加しているからだ。中国国務院(内閣に相当)はこうした緊張を緩和するため、賃金未払いが常態化している一部業界に対する法的、財務的、行政的監視の強化を求めている」。

社会主義国で賃金未払いが起こっている。このこと自体が驚きである。これ一つ取っても、中国の社会主義のもつ欺瞞性が指摘できる。「資本主義は労働者の敵」である。こう教え込まれてきた中国労働者にとって、あってはならないことが日常茶飯事に起こっているのだ。社会主義とか資本主義とか色分けして、政治体制の優劣を競うという「共産主義的発想」の破綻と言うべきだろう。今から60年前、日本でも社会主義の優位性を得々と語った社会主義者は、自らの不明を詫びているであろう。

②「中国国務院(内閣に相当)はこうした緊張を緩和するため、賃金未払いが常態化している一部業界に対する法的、財務的、行政的監視の強化を求めている。これまでの対策にかかわらず、中国では依然として未払い賃金の問題がはびこっており、『時には暴動を引き起こし、社会の安定に影響を与える』と国務院は指摘している。また、国務院は向こう5年内に『出稼ぎ労働者への賃金未払いを根本的にチェックする』規制を定めたいとしている」。

③「このガイドラインは春節の数週間前に出された。この時期には、労働者の多くが春節に帰省する前にたまった未払い賃金の支払いを雇用主に要求するため、労働争議がピークに達する。香港を拠点に活動している中国労工通によると、すでに労働争議は昨年12月に過去最高となる422件に達した。中国本土で15年に発生した争議は2774件で、このうち7割ほどが建設や製造業を中心にした未払い賃金問題に起因していた」。

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(12月16日付)では、労働争議問題について、次のように報じていた。「香港に本部を置く労働権利保護団体の中国労工通報によると、中国全土でのストライキや従業員による抗議行動は15年1~11月には2354件と、前年同期の1207件からほぼ倍増した」。

前記の記事に基づくと、昨年の中国での労働争議は2774件だ。昨年12月だけで過去最高の422件に達している。昨年の年間発生数に占める割合は、12月だけで15%になる。2011年から15年までの労働争議件数(ウォール・ストリート・ジャーナル調べ)は毎年、「倍々」のスピードで増加する異常さである。中国経済の「落ち込み」をそのまま反映した数字だ。

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(12月16日付)は、次のようにも伝えている。「中国の研究者や企業幹部らは、共産党政権が長い間懸念してきた社会不安に直面する可能性が高まっていると指摘する。中国当局は最近、労働活動家十数人を拘留・尋問した。その大半は広東省で起きた」。中国の末端では、不況に伴う賃金未払いを契機とする社会不安が確実に高まっている。中国の歴史的な暴動・革命は、人々の不満が頂点に達したとき引き起こされたのだ。現状も、しだいにその様相を深めつつある。

中国政府が、社会派弁護士を正当な理由もなく逮捕・拘留している裏に、前記のような問題が確実に広がっている。盤石に見えた中国共産党の足元は、「不況」という名の刺客に脅かされ始めた。習近平氏が、何がなんでも「6.5%以上」の成長率を維持したいという願いは、共産党政権、否、習近平氏の政治的寿命を維持する「個人的使命」にすり替えられつつある。中国の政治と経済は、じりじりと追い詰められつつあることは疑いない。

ここで思い起こす事例は、戦時中の日本軍の行動である。開戦責任を負う立場の日本陸軍は、「一億玉砕」を唱えて日本本土の最終決戦を意図していた。これを止めたのは、昭和天皇の「御聖断」とされる。「一億玉砕」と同様なことが、中国共産党の「無謬論」によって引き起こされる危険性がある。「バブル経済」破綻の責任を曖昧にすべく、最後までインフラ投資を強行して、GDP下支え策に出るリスクである。私は、この愚策を最も危惧するのだ。

4割がボーナス減額
『中国新聞社』(1月22日付)は、「年末ボーナス減額が40%超、企業の収益悪化、不況が影響」と題して、次のように伝えた。

この記事では、中国のボーナス支給状態が説明されている。これまでの高額ボーナス御3家は、「不動産・自動車・建設業」である。自動車は昨秋からの税制優遇で息を吹き返した業種である。不動産と建設業は「バブル組」であるから、昨今の不況で高額ボーナスが出るはずもない。こう見てくると、高額ボーナス御3家は揃って「臑(すね)に傷を持つ」身である。中国のボーナス景気は期待薄であろう。

④「春節(旧正月、今年は2月8日)まで20日足らずとなった中国では、年末ボーナスの支給シーズンを迎えている。中国青年報社会調査センターが、インターネットで2003人を対象に行った調査によると、回答者のうち59.3%がまだボーナスを『待っている状態』だ。40.4%の人は年末ボーナスの金額に不満を持っていた。調査対象者の業種は、政府機関が12.5%、国有企業が22%、外資系企業が16.2%、民営企業が44.3%だった。すでに年末ボーナスを受け取った人は全体の20%で、16.8%の人が『今年はボーナスがない』と答えた。3.9%は『答えられない』だった」。
 
中国政府は、頻りと「個人消費は堅調」とPRしている。だが、一年間で最大の消費シーズンである「春節」は、ボーナス支給が「湿っぽい」だけに期待できないだろう。アンケート調査では、約6割の人々が、「ボーナスを待っている」状態だという。回答を待っているのだ。すでに回答のあった人々では、40%が金額に不満だという。今年の春節景気は不発の公算が強い。

⑤「金額については、5000元(約8万9200円)以下が55.6%。1000元以下(約17万8400円)が18.3%だった。5001~1万元だった人は16%、1万~3万元は9.3%、3万元以上は3.2%だった。また16%の人が『まだ金額がわからない』と答えた。北京市内の金融街にある国有企業で働く蘇暁旭さんは、今年の年末ボーナスについて『ほとんど期待していない』と回答。会社は証券業界だ」。

ボーナス支給額では、5000元(約8万9200円)以下が55.6%である。要するに、過半数の人々が9万円以下のボーナスである。この金額であれば、インターネット・ショッピングとなろう。最近、中国では小売店が多数、閉店に追い込まれている。この理由として、通販の発展という見方が多数説だが、私は違うと思う。所得の増加率が低いので、割安な通販サイトの利用でお茶を濁していると見る。ニセ物が横行している中国で、店頭で実物を手に取り真偽を確認せずに買い物をする。そういう習慣が定着したとは、とうてい信じがたい。小売店の閉店続出は、消費不況の現れであろう。

⑥「今年のボーナスの額を前年と比較すると、42.7%が『減った』と回答。『増えた』と答えた人は20%だった。37.3%は『答えられない』だった。大手製薬会社の人事部マネジャーである呉瀟磊氏は、『年末ボーナスは給与体系の中で、報奨金としての性格が強い』と説明する。呉氏によれば、人材コンサルティング会社、北京衆達朴信管理諮詢が昨年段階で行った調査で、8割超の企業が『年末ボーナスを出せる』としている。呉さんは『不動産や自動車、建設業は年末ボーナスの平均金額の上位3位だ」。

今年のボーナスは、昨年の支給額よりも「減った」という比率が42.7%もあるという。「増えた」は20%にすぎなかった。このデータを見ただけでも、今年の消費景気が上向くはずがない。しかも、ボーナスは給与体系の中で、報奨金としての性格が強いというのだ。日本では、ボーナスの性格について「利益配分」と位置づけている。利益が増えれば支給額を増やすというもので、業績連動型である。中国ではボーナスが「報奨金=勤務奨励金」とすれば、ボーナスが少なければ「やる気」が削がれるのだろう。

この点がいかにも中国らしいのだ。日本ではボーナスが「業績連動型」。中国は「個人奨励型」である。日本が集団型とすれば中国は個人型である。ここで、中国は「個人プレー」を始める。自分の給料アップを目指し勝手に残業をし、残業料稼ぎに移るのだ。中国企業が発展しない理由は、どうもこの辺にもある。集団で生産性を上げる意欲がなく、自分一人が利益を得ればそれで良し。そういう身勝手さが感じ取れる。

『中国新聞社』(12月30日付)は、次のように報じた。

⑦「中山大学社会科学調査センターが発表した2014年中国労働力動態調査の結果によると、仕事で残業したことがある人のうち60%超が『自主的に残業をした』と答え、その理由は過半数が『残業代を稼ぐため』でトップ、次いで約20%が『企業や組織への帰属意識、忠誠心』だった。『職場の発展、自己実現のため』は少数だった。この調査は15~64歳の労働者を対象に、2年ごとに1回実施。11年に広東省でテスト調査を行い、12年に全国規模で第1回調査、14年に第2回調査(第1回追跡調査)を行った。対象者は香港、マカオ、台湾、チベット自治区、海南省を除く全国29省・自治区・直轄市におよび、村単位で401件、世帯単位で1万4226件、個人単位で2万3594件の回答を得た。労働者の平均教育年限は9.28年と短く、職業技術訓練を受けたり専門技術資格証書を取得した比率は低かった」。

この調査結果は、興味深い事実を浮彫にしている。中国社会では、「組織のために尽くす」という集団主義意識は20%にすぎない。60%が自己利益を優先させている。日本人の組織への帰属意識に比べて、中国では圧倒的に自己利益が優先されている。ただ、この事実から簡単に「だから中国人はダメ」という結論を出しては危険である。

日本のユニクロが中国で成功した理由は、現地社員に対して帰属意識を高めるべく、個人の青写真と組織の成長を重ね合わせた説明が成功している。中国の人々は、家族や部族以外に忠誠心を示してもメリットが得られた経験がないのだ。それほど、歴史的に長く搾取されるままに放置され、保護されることはなかった。現在もまた、同じ搾取される社会の重圧に苦しんでいる。考えてみれば、大衆は気の毒な立場にある。

(2016年2月1日)