イブクロ“やっぱ千葉だっぺ☆” by山川勝義 live in ChibaCity -42ページ目

今朝の早安飯☆主観で物事を判断するという事


おはようございます。

今日は和暦令和元年、西暦2019年9月6日の金曜日です。

今朝の外はとても涼しいです。寒い、では無くちょうど良く涼しいです。
秋の虫も「シャンシャンシャンシャン」と言う、言わばアブラゼミの秋タイプのような音で鳴く虫音も聞こえてきます。星も、少し目を凝らして暗さにならせるとより、少し多くの数を目にする事も出来る、そんな派手な雰囲気の中にも涼しげで、線の細さも感じさせる雰囲気をどことなく併せ持った、そんな朝です。

私たちは普段から「涼しい」とか「暑い」とか使っていますが、それはあくまでもその個人の体感、「その日その時にその人がその場所にいる、だから..」と言う前置きの付く事だと思います。

食べ物も味の好みがあれば、それはしょっぱく感じたり味が薄く感じたり、美味しくもあったり、マズくもあったり。。
ただ唯一言える両者の「主観」で発せられる言葉の前提条件の違いは、温度には「絶対的な尺度の基準」というものが存在している、と言う事です。
摂氏や華氏と言った偏差値のもとになるようなベースです。
人が「寒がり」であったり「暑がり」であったり、と言う風に客観的に判断する為の一つの材料、素地としてそう言った単位が必要になるんですが、料理に関してはそれらの絶対的な基準ってないんですよね。
科学的な分析装置に一つ一つの料理を分析にかけ、旨みなど、様々な味の元となる成分を分析すれば、直接そのものを食べなくとも、その料理が美味いか不味いかと言ったような客観的な判断もできるのこもしれません。
しかしそれもあくまでも「数値」であって、それすらも言ってみたら偏差値の元になる秤の元でしか無いと思います。
美味しいの 不味いの基準が人それぞれに違うからです。
こう言ったことを全て考えていくとどう言う風になって行くか。。🤔
絶対的な「温度」の感じ方も、個人の主観に委ねられる部分が大きいと思われる料理の「美味さ」についても、その尺度の元になるものって同じなんだなぁと。
その人の体調であったり、今のそこの環境であったり、その時の感情であったり。。
そう言った前提条件が複雑に絡み合って、その結果としてその時々のその人だけの「体感」と言う結果が言葉となって発せられるのです。
つまりその時に取り囲まれている様々な条件がそうさしているのであって、原因の根幹は一つでは無い、言うことなんでしょうね。
人は変に脳みそが発達してくると、最初は素直な感情でその時々の感想を言っていただけのものが、周囲の様々な意見や、情報に惑わされて自分の素直に感じた直感としての意見や、感覚を奪われてしまいます。
逆にそれを利用し意図的に奪おうとするように余計な情報をその事についてさもグルメと言わんばかりに言って増やす、言う事をそれてしまうかもしれません。
ただその「そのほかの情報」のような、本来のその物が持つ正しい素材の味、それすらも捻じ曲げてしまう可能性からして、後から加わらせられた影響によって元々の、本当のその素材その物が持っているものを否定するような感想になっていってしまうのは、そのような食材を一生懸命に作ってきた生産者の人達や、自然が長い年月をかけて生み出してきた天然のものであるなら、そういった事全てに対しての畏敬の念に欠けているのでは、と思ってしまうんですよね。
う〜ん。。🤔🙄
なんと言うか、グルメ番組とかで、本当に美味しくも無いものを、番組を作る為、その番組の提供スポンサーが関係している店だから、などと言った様々な理由で、美味しい、と言ってみたり、、、
つまり、それをやったら全ての実況中継と言うか、感想と言うか、それらの全てが、何でしょうね、物を売る為?お金を稼ぐため?、似合ってなくても「似合ってますぅ〜」とかって言って売ってしまうような?
何でおかしいと思う事を、かっこおかしい」
と思うだけで「おかしいと思う方がおかしい」とら言う理論になるのかが本当に理解出来ないし、そう言う事を言う人こそおかしいと思うよね。
疑問に思う、と言うことはその人の直感であったりの感想みたいなものであって、それ自体、その、その人の直感や感覚みたいな事を否定する、変な目で見る、そう思う発想があるだけで、それは、摂氏や華氏と言った温度が絶対基準であって、その人がどう言う状況や環境にいたから、「暑い」と感じた「寒い」と感じた、という所に目がいって無い。
つまり、自分のその時、例えばその人が今温暖な気候の中で精神的にも何の問題もなくぬくぬくと暮らしていたとする。そう言う人にとっては気温0℃、なんて環境に対しては「寒い」としか思えない、30℃は、暑い、そんな世界になると思います。でも例えば、エスキモーとかの寒い極地で日々暮らしているような人がその瞬間にその同じような0℃の世界に行ったらどんな感覚になるか。

あぁ、暖かい。。

砂漠のど真ん中とかや、灼熱のような暑い場所で毎日仕事をしているような人からしたら、

あぁ、涼しい。。

同じ一つの状況に置かれている物事を見る目、というのも、言わばこれと同じ事なんだと思いますよ。

つまり物事の判断とは、
「相手の置かれている同じ状況に立って見たり感じたりしなければ、決して真実の判断は出来無い」

この当たり前の事をよく理解している人とそうで無い人、両者には人間性にとって、これ以上無い、と言うくらいに大きな差があった存在になると思っています🤔☺️

はい、それでは今日は金曜日です。
そんな金曜日の今日も、その人なりの自分のペースで、
いざスタートだっぺ!💪🤗

おっすす☆

おはよー!

主観で物事を判断するという事更新🏃‍♂️

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令和元年/2019.09.06 金 


☆今朝の早安飯

 生姜.豆板醤.牛切落.玉葱.味覇

サラダ

 キャベ千.梅干.胡瓜ぶつ切り


キャベツ.揚.煮干.味噌


#日本の朝食


おっすす☆



今朝の早安飯☆病院にかかる為の不便な点

おはようございます。

今日は和暦令和元年、西暦2019年9月5日木曜日です。

今朝の空は、全体にまんべんなく白い薄雲が張っているように見える、少し白っぽさのある空です。そして涼しく、秋の虫の音がすっかりと板についてきた雰囲気、そんな朝です。

毎朝これを書いているのですが、今朝からは少し短くします。ダラダラと長いだけで時間を取られてしまってそれ以外がバタバタになってきているので、目標はこれまでの半分くらいの長さにします。
まぁ「何事も毎日継続する事」、そんな意味合いで対して内容にはこだわりもなく形だけ続けている、そんな雰囲気が目立つこのブログなので、これからは日記のような要素を少し含ませた、もう少しライトな量にしていこうと思います。

昨日は国立千葉病院へ(昔の名前で覚えてしまっていて今の名前がいつも出てこない)老親を連れて白内障の手術をする為の説明を聞いてきたのですが、昨日は家族の人間が必ずいなければ駄目だと言われていたので行ったのですが、親切丁寧に、慎重にやりたいのか、ただ何か起こった時の責任を回避したいから、それの為だけに何枚も何枚も同じような書類へ、同意書だとか、保証人だとか、付添人だとか、内容の承諾だとか、、
一体何枚の紙に同じようなアンケートだとか、身体に関する申告調査とか、既往歴とか、薬剤の使用の有無だとか、今の状態だとか、もう本当に、本当に
「なんやねん!この紙だらけのサイン必要な書類の山は!!」
みたいな感じで、正直とても辟易としました。
その病院に持病などで長年通院や手術をしていても、その事に関してのアンケートとか、確認とかで、いつ、どのような症状でどのような治療を受け、どんな薬を飲んでいて、とか、全部自身の病院の中でかかってる事に関しても、何枚も同じような内容を、行く先々で聞かれて書かされたり、一体全体、本当に効率が悪すぎると言うか、本当になんなんだらうか🤔と思わされるような事のオンパレードな印象でした。
それらの事全て、何でそう言う面倒臭い同じようなことをやらせるのか、それについてどう考えても、患者の為、では無いなと言うのは歴然だなと感じます。
全ては院内での患者の情報を一元的に管理すると言うか、そうだ、考えたら「電子カルテ」みたいなやつって、俺はその詳しい仕組みみたいのまではよく知らないけど、アレってもう相当前から様々な病院への売り込みや営業が行われていたシステムだったけど、ああ言うのって今どうなってるんだろうか🤔
ちゃんと日本中の病院に一律に導入されて、その利便性みたいな事とかは存分に発揮されて役立って使われているのかなぁ?る🤔なんて事も思いました。
薬剤の処方に関しては相当データの一元化みたいのもされてるような、それについても何も知らないのですが院外処方箋薬局とかに行くと過去に処方された薬とかも皆認識されているようだからちゃんと残されてるみたいな事は感じるんだけど、病院の医療や診察に関する事って一体どう管理されてるんだろ?
まさか医療提供者側の面倒くさいみたいな理由とかで、そういった便利で効率化を患者に対しても与えられるサービスが使われなくなったりしてたりするのかなぁ、とか思います。
とにかく、患者の事を考えての親切丁寧なのか、良く分かりませんが、人を何度も現場に来させ無ければどうしてもならない、そんな内容でも無いのに半端強引な感じに人を集める、そうでなければ治療もしない、そんな雰囲気をとても感じてしまい、少し改善が図られていかないと益々患者にとっては大変な状況になっていくのでは?、そう思わされた昨日の「治療前の説明会」と言う集まりでした。
お医者様の為、では無く、患者の為、という姿勢をはっきりと感じ取れるような、そういう環境に多く遭遇できるような病院が益々増えていってくれる事を、ITを活用して、言わば通販のように、ネット販売のように、遠隔会議のように、直接出向かなくても患者と医者の間の医療行為、またはそれに類似した行為について行えるような、そういう時代やシステムになってほしいなぁ、そう思います。

はい、と言うわけで今日は木曜日です。
そんな木曜日も、その人なりの自分のペースで、
いざスタートだっぺ!💪🤗

クスッともさせない内容オンリーで早く書き終わりにしました。
この程度の量にこれからは少し減らしていこうと思います。
誰の需要もないけど、まぁこれは確実に100%、自分の為だけの事ですね😅

おっすす☆

おはよー!

病院にかかる為の不便な点更新🏃‍♂️

ameblo.jp/katsuchi/

令和元年/2019.09.05 木 白い薄雲?


☆今朝の早安飯

カレーライス(昔作置

サラダ

 キャベ千.トマト.ピーマンスラ.オニスラ.オリオ.酢


揚.レタス.煮干.ほんだし.味噌


#日本の朝食

#カレーライス


おっすす☆

今朝の早安飯☆何で10年?

おはようございます。

今日は和暦令和元年、西暦2019年9月4日の水曜日です。

今朝の天気は、雨だれの音は夜中じゅう聞こえていましたが、外に出ると今は降っていない、でもたっぷりと水気を帯びた地面や樹木からの水の香りが充満した上空の夜空には星や月は確認出来ませんでした。雲も広がっているようです。そんな、湿度で言ったら98%位ありそうな、朝です。
100%に何故2%足りないかの予測の理由については、98%とした方が、前後賞があったら当たりそうな感じがしたので、言ってみたらペンチャン待ちからリャンメン待ちに変えたような、そんな、朝から麻雀の要素も多少含ませてみた、麻雀なんてもう何年もやっていない、直近でやっていた時の事も正月に親族が集まった際に少しだけやったの、それが最後という位の、麻雀の要素を入れた表現にしてみました。

昨日別の探し物をしていた際、普段はまず見るところでも無い場所の引き出しを一応確認で開けて見てみた所、以前このブログなどでも散々「全て無くなった」と話していた、俺が新卒で入った会社で作って以来これまでの間ずっと、全ての働き先からの給与振込口座に使用している銀行口座の通帳が、一部ですが出てきました。
しかしその通帳で1番古い日付が入っているのは、る2003年、しかも通帳の再発行をした、という文言とその時の残高が書かれたたった一行の記載しかさらていないもの、それが1冊。
次の1冊は、それから何年も経過した時にまた再発行された通帳、しかしその通帳に最初に記載されている取引履歴と、最初の1冊の1行程度しか記載の無い通帳の間の取引履歴も数年分が無かった為、それらも含めてデータを確認する為に、口座の開設支店である大森支店にすぐに行ってきました。
行く前に、千葉駅前のフクロウ交番にも少し立ち寄って話をして行ったのですが、その際の事ではこのような場所に特筆する事はございません。

で、三井住友銀行の大森支店に行って色々と確認をして頂いたのですが、結論的には、通帳を何度も再発行しているけど、俺の記憶ではそんなに再発行をしただろうか、そんなような感じもあるけど、それも確かにしていたかも知れない、通帳にワザと結構な期間に渡って記帳とかもきていないでいた事があったかも知れない、と少しそんな感じにも支店で色々話を伺っている時に思えてきました。
結局、2003年頃よりも古い取引記録について、そもそも銀行、他のメガバンクも共通の規定で運用されているような話を応対してくれた方は話されていましたが、取引の記録は、通帳に1度でも記帳をされた記録に関しては、現時点から遡って過去10年分しか記録の保持をしていない、そのような説明でした。
でもその回答には正直疑問を感じましたよね。
宙に浮いた年金記録問題と言うのが表面化してきたのが2006年末の頃でした。その宙に浮いた年金記録の照合をする為には、給与の振込記録などが大変に重要な存在になる物だと思います。
いつどこの就業場所からいくらの給与を貰った、という過去のデータさえあれば、宙に浮いた年金に記録されたデータとも比較的容易に整合が取れたりするものだと思うのです。
また、その頃から同じように表面化してきて、そろそろ同じような期間、10年という変換期限の限界を迎えつつある過払い金の問題。
その過払い金の返金を受けるのに必要なのは、クレジットカード会社や消費者金融などとの取引記録です。
ただこちらの記録に関しては、大手信販会社や、その後に膨大な数の顧客情報と共に各メガバンクなどにそれぞれ吸収されるような形になっていた旧消費者金融?の保有している取引記録は、カードを作成した最初からの分が全て当たり前に保管保存されているようです。
それに比べて銀行の取引記録が、宙に浮いた年金問のような大きな問題が起こり、過去の給与の支払い記録などが後になって大事な証拠となるような存在である事が分かった後にも、その保存期限は変わる事なく10年という線引きをしている、そういう事なのでしょうか?🤔
これにはとても不自然な印象を受けます。
昨今は銀行の引き出しなどにかかる手数料も勿体ないとかで直接の取引は減っているかも知れませんが、電子マネーなどATMからの引き出し方法以外での口座間移動も増えたりしているであろうものの、顧客が取引をした記録を保存する為のデータ容量などはほんの僅かでしか無いと思います。
昨今の膨大な動画コンテンツの普及で、ネット上に置かれたデータの保存容量にしてもますます安価になって、銀行自体が扱う個人顧客の銀行口座での文字だけの取引記録など、それに比べたらデータ量で言ってもほんの僅かでしか無いと思うのです。保存にかかるデータ量が云々、と言う理由から保存期限を10年にしているとかは、ちょっと考えにくいと思うんですよね。
紙媒体での保存期限としてなら何となくその位なのかなぁまは思いますが、電子データや磁気テープで保存したにしても、いくらも必要ないと思うんですが、何故たったの10年しか残さないのか、本当に不思議だなぁ🤔と言う印象を受けましたよね。

つい何年か前までの数年の期間だけ特例として政府が行なっていた、将来の年金の受け取りが出来なくなるのを防ぐ為の特別措置としての「過去10年分の年金の支払いが出来る」やつであったり、年金の需給に必要な最低加入期間を10年位縮めてみたり?(これはかなりあやふや)、「過払い金の返還請求出来る期限が10年」であったり、「メガバンクなどの顧客の取引記録の保存期間を10年でも容認していたり」、何かこの、10年ひと昔、って訳じゃないのですが、この10年位の間、やたらと「10年縛り」みたいな文言を、色んな場面で目にしたなぁ、という印象もかなりありますよね🤔

出来ればどんな電子データでも、出来うる限りの長期に渡った期間、出来れば、人がこの世に生まれた時から全ての個人の記録やデータを、国が集中して管理する、今で言えばマイナンバーのような事と紐づけられるような状態にして、その人の人生の諸々全てのデータや記録を一緒に国が厳重に管理する、それくらいの事をしても良いのではないのかなぁ。。
そんな風に思っている次第です。🥺
どうでしょうかね、民間企業と言うのは倒産というリスクが常に付きまとっている訳ですから、そう言う自体に陥って大切な人一人の様々な過去の記録のようなものまでが消えてしまう事を防ぐ意味でも、どうかなぁと俺は思ったりもしています。

はい、それでは今日も猛烈に全く「クスッ(嘲笑)☺️」ともするような内容が無い、そんな内容になってしまいましたが、そんな今日は水曜日です。
そんな真ん中、クスっともしない、っこりな水曜日も、

(なんだよそれ!笑)(強引笑)

その人なりの自分のペースで、
いざスタートだっぺ!💪🤗

おっすす☆

おはよー!

なんで10年?更新🏃‍♂️

ameblo.jp/katsuchi/

令和元年/2019.09.04 水 雨あがりか?☔️


☆今朝の早安飯

 オリオ.アンガス牛.塩.黒胡椒.バター

サラダ

 レタス.トマト.オニスラ.オリオ.酢.黒胡椒


長葱.豆腐.煮干.ほんだし.味噌


#日本の朝食

#アンガス牛サイコロステーキ


おっすす☆