一九二一年伊・ザノッタ=アンブロージオ社作品
復讐の紅薔薇
La Nave
説明 山城秀之
原作 ガブリオレ・ダヌンツィオ
監督 ガブリエッリーノ・ダヌンツィオ
   マリオ・ロンコローニ
撮影 ナルチーゾ・マッフェイズ
製作 アルトゥーロ・アンブロージオ
バジリオーラ  イダ・ルビンシュタイン
マルコ・グラティコ
      アルフレード・バッコリーニ
セルジュ・グラティコ
         チロ・ガルヴァーニ
女司祭  マリー・クレオ・タルラリーニ
修道士トラバ  マリオ・マリアーニ
【解説】フランスでリュミエール兄弟がシネマトグラフの上映会を開いてから約十年後、二十世紀初めのイタリアに登場した三つの主要な映画会社のうちのひとつが、トリノ生まれの写真店経営者アルトゥーロ・アンブロージオが設立したものである。原作のガブリオレ・ダヌンツィオ(ダンヌンツィオとも)は、イタリア・ペスカーラ生まれの作家・詩人で、一九一一年フランスで発表した「聖セバスティアンの殉教」という聖史劇で評判をとる(ドビュッシー作曲)。第一次大戦が始まると故国に帰り、戦闘機パイロットとして活躍、パリ講和会議の結果に不満を持って自ら武装集団を率い、かつてイタリアの領土だったフィウメを占領した。しかし結局投降、本作が公開されたころはガルダ湖畔に隠棲し、著作活動にいそしんだ。早くから映画に関心を示した彼は、本作をはじめいくつかの作品に脚本を提供している。監督のガブリエッリーノ・ダヌンツィオは息子。
 主演のイダ・ルビンシュタインはロシア生まれのバレエダンサー。ダヌンツィオが書いた「聖セバスティアンの殉教」で主役を演じる。その後自らのバレエ団を立ち上げて、フランス・オペラ座でも公演をおこなった。
【略筋】六世紀イタリア北部の都市ヴェネツィア……アドリア海に面した湿地帯であるその地に、蛮族から逃れてきた人々が住み着いた。人々を率いた為政者オルソ・ファレドロは、秘密裡にギリシャと意を通じ自らの財を為したと疑われ、ついにその座を追われた。そして息子たちともども投獄されるのであった。
 当時国外にいて難を逃れていたオルソの娘バジリオーラは帰国して親兄弟の悲惨な境遇を知って嘆き悲しむ。父を追い落とした人々に復讐の念を抱いた彼女は、その美貌を武器に、父に変わって為政者となったマルコ・グラティコに近づく。すっかり彼女の虜になったマルコは、いわれるままに人々に暴政を加えるのだがーー

【前説】本日は無声映画鑑賞会にご来場たまわり誠にありがとうございます。活動写真弁士の山城秀之でございます。これよりご覧いただきますのは、1921年のイタリア映画「復讐の紅薔薇」です。イタリア最初の映画といわれる1905年の「ローマ占領」からの初期の10年間、巡回興行から常設の映画館が作られ、製作プロダクションもトリノ、ローマ、ミラノ、ナポリを中心に隆盛を極めました。本作を製作したアンブロージオフィルムは、1906年トリノにて設立、1908年の「ポンペイ最後の日」で大成功をおさめ、イタリアに史劇映画ブームを起こしました。一時期は海外市場にも作品を輸出しましたが、第一次世界大戦後の不況により経営は悪化、1924年に倒産しました。
主演のイダ・ルビンシュタインは、ロシアの裕福な家庭に生まれました。正式なバレエ教育は受けないまま、ディアギレフのバレエ団バレエ・リュスに入団、「クレオパトラ」などで主役を演じたパリで、本作の原作者ガブリオレ・ダヌンツィオと出会いました。彼女の両性具有的な魅力に惹かれたダヌンツィオは、彼女のために「聖セバスティアンの殉教」を書いたといいます。ちなみに、この詩人であり軍人であったダヌンツィオは第一次世界大戦後のパリ講和会議で領有権が認められなかったいわゆる「未回収のイタリア」のひとつフィウメを自ら私設軍隊を率いて占拠するという事件を起こしており、本作の製作中の前年に投降、イタリアのガルダ湖畔に隠棲しました。その国粋的行動は、日本の三島由紀夫に大きな影響を与えたのではないか、と推察いたします。
長々と大変失礼いたしました。それでは最後までごゆっくりお楽しみください。

Didascalie ricostruite sul negativo originale
e desunte dalla tragedia dannunziana a cura di
Eva Rognoni Randi.
Archivio d e l l a C i n e t e c a I t a l i a n a - Milano
オリジナル・ネガから再構成されたキャプション。
ダヌンツィオの悲劇から引用した。
エヴァ・ロニョーニ・ランディ
I t a l i a n C i n e t e c a - Milanのアーカイブ。

Prologo
In un’isola dell’estuario Veneto nell’anno 552 dopo Cristo.
T西暦552年ーーのちに水の都と謳はるるヴェネツィア共和国の始まり。アッティラ王の「大進撃」を逃れしウェネティの者らが来たるは、アドリア海の奥、潮の満ち引きをもちてその景色をがらりと変えるラグーナーー湿地帯なりき。
Il pubblico arengo, il cuoroso della citta’navella che il popolp libero dei Profughi sffugito al ferro e al fuoco dei Barbari francato dalle leggi della patria illustre costruisce col legname delle foreate col pietrame delle ruine.
Fervo il lavoro maestranze intorno alla Basilica lungo le palafille sotto i loggiati negli scali scoperti…
Tいく筋もの川より流れ込む真水とアドリア海の海水混ざり合ふ汽水域。満ち潮のときは大小多くの小島の浮かぶラグーナが、ひとたび引き潮となると広大なる泥沢地となりき。まづトルチェッロ島に上陸せる者らは、柔らかき地盤に幾百幾千の杭打ち込みて強固なる土台作り、その上によすぎに要るさまざまなる建物を建設せり。以降、ラグーナに浮かぶ小島に分かれ、聖テオドーロを守護聖人にて、司祭を心となす教区、パロッキアごとに住まふこととなりき。それぞれの教区の広場には、定めてバシリカーー聖堂ありき。(さまざまな作業にいそしむ人々)(船を造る)(錨を上げる)同時に、巨大なる船の建造にかかりき。漁し、塩を造りてそれを交易の商物にて日々の活計を立つ。水の都はすなわち海の都、海運はこの国の礎を作りけり。

Oh issa, oh saglia, oh issa oh saglia
T男「さあ引け!やれ引け!」

Giorgio Magaviso leva l’ancora per Ravenna Porta il sole a Greci.
Tいままさに、ジョルジョ・マガヴィーゾなる男が、ラヴェンナ経由し、ギリシャまで交易に向かはむとせり。(働く人々を見つめる男)(オルソ・ファレドロもいる)(帆を張る)そは、民を率ゐこのラグーナにやりこしオルソ・ファレドロの指示なりき。(槌をふるう男)

Ai guardi Addio dalla pieta dei Greci corrotti d’eresia midolle.
Tバシリカに集ふ民の多くは、ギリシャーー東ローマことビザンツ朝に恭順の意を示したれどーー
(教会に入ってゆく白衣の人々)
Gli animi sono divisi parteggiando chi per i Grafici Vittoriosi e fedeli alla Chiesa di Roma chi per sconfitti Faledri favorevoli all’Imperatore d’Oriente e al generale di lui Narsete.
voce che questi guidato di Giovanini Faledro stia giundendo per via di terra.
T東西二つに分かれしローマ朝のうち、西ローマ朝は南下しこしゲルマン人どもに蹂躙され滅亡、その後のイタリア半島はゲルマン民族どもが群雄割拠する地となりき。その間に挟まれしヴェネツィアの地にて、オルソ・ファレドロはビザンツ朝につくことを選ぶ。されどーー(噂する人々)

E’ forte Marco Gratico di legnaggio leonino grandea e ardito di fare ogni gran cosa.
Io dico chie ritorna sano e salvo coi Sacri Corpi.
Tマルコ・グラティコーーかつて内陸でファレドロ家と並ぶ名家の生まれ、荒ぶる獅子のごとく困難に立ち向かひ、自らの手にて道切り開きし男。今はアドリア海を渡って交易に励みしが、いずれギリシャと結託して私腹を肥やせるファレドロより我々を放つためにラグーナに来たる、かく噂広まる。
(物見台から見ている男)(入港してくる帆船)

Una liburna entra pel Porto Albo, vogando di forza.
Tアルボの港に、一隻の帆船入り来たり。そはマルコ・グラティコの船ならねど、民の不満いよいよ爆ぜてーー(荒々しい波)

Orso Faledro ha perso gli occhi e iquattro suoi figli abbacinati son con lui; ma Giovanni e’ vivo, il primo genito.
Abbia la stessa sorte!
Tオルソ・ファレドローー長男をのぞきし息子ども民に捕まりぬ。
(噂をする人々)(ラグーナ)

男たち「ファレドロが捕まったのはいいが、どうもみんな殺気だっていけない。
Venga la Diaconessa!
Dov’e? …
Prega pel figlio, che ritorni con le Reliquie.
Tこんな時は助祭さまが鎮めてくれなけりゃ困るがなあ」

(暗転)(祈りを捧げる女性)マルコ・グラティコの母親は教会に助祭をつとめおりし。
Al Porto Pilo,
Al Porto Pilo entra il navilio.
Tピロの港に、船が入り来たるーー

若い男「おい、やったぞ!(手を上げて)
Splende il sangue dei Martiri nel cielo.
Tとうとう異端者に神の罰が下されるのだ!
Orso Faledro, il Tribuno deposto.
Tオルソ・ファレドロはすべての権力を剥奪された!」

(連行されるファレドロ)

Silenzio. Non gridate piu? Nessuno piu loda Cristo? La mia faccia v’ammutolisce? Si fa notte? Ah, tutta l’ombra ch’è nelle fosse dei miei occhi piomba su voi. Sentite come pesa?
Tファレドロ「(訴えながら)みな何故黙っておる?声も涸れてしまったか?キリストの名を讃えることもないのか?今の私は昼夜の区別もつかぬ。ああ、真の闇が私を包んでいる」

(訴えかけるファレドロ)(聖職者たち)されど、そのファレドロの言の葉は誰にも及ばず。
Presso il Vescovo morente è la Diaconessa Ema, la Santa Vedova, che sogna per il figlio Marco Gratico il seggio di Tribuno, e per l’altro figlio, il presbitero Sergio, il pallio vescovile.
Tさてーー死の床なる司祭のかたはらにはエマ助祭つけり。かの人は政の天下に身を置くマルコと神のかたはらに仕ふるセルジュのふたりの息子のことを絶えず気にかけたりき。(横たわる司祭に祈りを捧げるエマ助祭)
民は自らが新たに祭り上ぐべきマルコとセルジュ兄弟のさまを空の玉座に重ね合はせたりき。(玉座に座っているマルコ)(暗転)(視力を奪われたファレドロと息子たち)

I tuoi castigalori non dovean lasciarti la lingua poi che l’ebber mozza ai tuoi catelli; chè tu stracchi la pietà del più misericorde.
T聖職者「お前のような者を処罰するには、その舌を切り取るべきであった」
Ora chi latra contro al ciero.
Io conosco questa voce che scaglia le parole contro a me come per lapidarmi, pietre.
Tファレドロ「私を処罰する?ーーそれは天に向かって唾を吐くようなものだ。まるで石でも投げるかのように、この私にそのような無慈悲な言葉を投げつけるとは!」

(若い男が、ファレドロの前に歩を進めて)

Guai a te, sacrilego!
E’ su la porta santa ed ha la croce.
T若い男「お前こそ災いだ!この冒瀆者め!この聖なる門の前で、十字架を背にするがいい!
Guai a te, Faledro!
Guai alla tua genia! Nessuno avrà pietà.
T災いあれ、ファレドロ!息子たち!災いあれ!お前たちに慈悲をかける者などいない!(なおも言い募る)
Ogni giorno usurpavi la cosa altrui.
Tお前は俺たちからすべてを奪って行った」
ファレドロ「何をいうのだ。そんなことはーー」
若い男「うるさい!黙れ!」
O mio dimitrio, sento la tua forza fremere come nervi d’archi tesi…
Pensa che un Faledro, il primo nato…
Tファレドロ「いいや、お前たちは私を力でねじ伏せた。しかし、私にはまだ長男のジョバンニがいる。ジョバンニがーー」

(草原に潜む兵士の群れ)

ファレドロ「ジョバンニが必ずやーー」

(更新する騎馬の列)

La rappresaglia ci minacci?
T若い男「そうやって俺たちを脅すつもりか?」
ファレドロ「そうではない、そうではないのだ」
聖職者「おい、怪しい動きはないか?」
見張り台の男「船がやって来ます!」

あらましになき帆船が一隻、港に入り来たるという。民はどよめく。はたしてーーファレドロの援軍ならむや?

ファレドロ「おお、ジョバンニ!」
No, no, non è Giovanni. E’ la mia figlia Basiliola. Viene la mia figlia Basiliola, l’anima dell’anima mia che nome ha Basiliola!
T若い男「いやーーあれはジョバンニではないぞ。お前の娘のバジリオーラだ!」
ファレドロ「おお、バジリオーラ!私の魂!」

(入港してくる帆船)(甲板に、バジリオーラの姿)ファレドロの娘バジリオーラは、異国にざえを磨くために生まれ故郷を離れおりき。急を聞きしかの人は、取るものとりあえず帰りきたりぬ。(見守る人々)そのころーー(危篤状態の司祭。嘆くエマ助祭)

聖職者「いままさに、司祭様は神のみもとに旅立たんとしておられる」

(甲板から降りるバジリオーラ)まるで幻術をもちて命を与へられし瑠璃硝子のごとき麗しさーーバジリオーラのさまに、民の目は釘付けになりき。バジリオーラは、故郷の変わり果てし気配におどろけり。さほどにかの人の不安を募らするに充分なりき。うつろひ果てしさまになりし父親と再会せる娘はーー(手を引いて歩いている)

Chi sono quei tristi dal volto coperto?
Chi sono quelle ombra senza sguardo e senza voce contra quel seggio dove stette assiso il Tribuno del Mare a giudicarvi?
Tバジリオーラ「どうして皆あんなに悲しそうな顔をしているの?この国をを統べるべき者の椅子に誰も座っていないのはなぜ?」

(若い男にすがるバジリオーラ)

Rispondetemi. Sono i figli d’Orso Faledro? I miel fratelli?
Tバジリオーラ「答えてちょうだい!私の兄弟たちは?オルソ・ファレドロの息子たちは?」
若い男「それはーー」

バジリオーラは同胞の間を求めさまよう。

ファレドロ「バジリオーラ……」

黒き布にすっぽりと包まれし民に気がつくバジリオーラ。

Sei tu, Marino tu l’iltimo genito, l’amor nostro, il piu bello…
Tバジリオーラ「あなたはーーマリーノね、私の可愛い末っ子……どうか顔を見せてちょうだい(布を取ろうとする)」
No Basiliola!
Tファレドロ「見てはいけない、バジリオーラ」

(布を取るバジリオーラ)﨟たく、ひかり輝く若さを持てるマリーノの顔はーー無惨にも変貌を遂げたりき。その両目を覆ふ傷はなかなかに凶々しきほどなりき。

バジリオーラ「……ああ、なんてことなの」

(暗転)(物見台の男)

A riva! A riva! Approda Marco Gratico!
T物見台の男「来たぞ!マルコ・グラティコが来たぞ!」
人々「マルコだ!我らのマルコ・グラティコだ!」
バジリオーラ「マルコ・グラティコ……
Un disadorno seggio date all’eletto.
T人々をそそのかして、私の一族を追いやった男……
Nel vittorioso ornarto giova. Lo l’ornerò di quattro simelacri a sostegno…
それでは、その男の勝利を祝って、とっておきの飾り付けをしてやりましょう。(マリーノを玉座の隅にすわらせる)さあ、ここにお座り」

(港では人々の大歓声)いよいよ新たなる英雄マルコ・グラティコを迎ふる民の熱狂は最高潮となりき。マルコは船にその名の縁起にもある聖マルコの遺物積み込めり。噂を聞きつけし他の島の聖職者どもも行列に加はり、バシリカに向かひゆく。(聖堂の扉を叩く)

兵士たち「開けろ!聖マルコのご遺骸を運んで来た……ふむ
Tollite portas.
あくまでも開けなければ破壊するまで、だ」

やがて、扉は静かに開き、椅子に居りしまま司祭運ばれ来たり。

T男「司祭どの、これは聖マルコのご遺骸である。
Città ridotte in mucchi città forti inruine, i luoghi nostri fatti castella di barbarie, i nostri altari come pietre di calcina stritolati…
Tこの街もずいぶん荒れ果ててしまった。かつての我々の故郷も野蛮人のものとなって久しい。祭壇は砕けた石灰岩の塊のようだった……この国の新たな守護聖人聖マルコにお仕えする司祭を決めたい」

(煙が立ち上る)

O pastore di genti, e noi partimmo a risercare fra il rottame le sacre Ossa.
Tマルコ「民の羊飼いたる者よ、我々は戦さによって荒れ果てた地から聖なる遺物を探す旅に出た。
Ma prima di smuovere il rottame, combattemmo.
そして我々は戦いによってこの聖遺物を勝ち取ったのだ」

(ざわめく群衆)

聖職者「静まれ、静まれ!」
Parla! Parla!
T群衆「司祭様、お言葉を!
Designa il successore! Prima di andare a Dio, pronuncia il nome del successore.
どうか神のみもとへ行かれる前に、後を託す者へのお言葉を!」

(見つめる群衆)(虫の息の司祭の耳元で囁く聖職者)

Sergio! Ha detto Sergio ed èspirato.
T聖職者「司祭様はおっしゃった。セルジュとひとことだけ。司祭様は身罷った」
群衆「(立ち上がり)セルジュ!セルジュ!我らの新しい司祭様!
Il pallio a Sergio Gratico!
Tセルジュこそ我らが司祭様だ!」

民の歓声は大いなる波となりてあたり一面にわたりき。

マルコ「さあ、聖マルコの遺物をお運びしろ!」

La giudicatura a Marco Gratico!
T群衆「マルコ・グラティコこそ我らを導く者!」

マルコの率ゐる兵士どもが、整然と建物に吸ひ込まれゆく。民の狂騒おさまることを知らず、至るところに勝鬨の声上がりき。(戴冠されるマルコ、セルジュ)(高いところに上がったマルコ、ラッパ手に合図)

No, non me sollevate sul limone sconficcato dai cardini, non me la giovanezza vostra senza giogo la Liberta perpetua dei Veneti!
Tマルコ「私はここに誓おう!お前たち若き民を傷つけることはしない、と。ヴェネツィアは永遠に自由であるということを!」
群衆「マルコ万歳!ヴェネツィア万歳!」

ヴェネツィアの民、両手あげ新しく導く者をあるじとせり。

e voi giovani e liberi! All’entrata dei mari in piena d’acque la giovinezza con la liberta fa grido di baldanza. Addio le disse:
Tマルコ「そうだ、お前たちは若く、自由だ!我らの目の前に広がるこのアドリア海に向けて、かく雄叫びを上げるのだ!
A le verra la gloria dei miei mari… Arma la prora e salpa verso il Mondo.
我らの海の向こうには栄光が待っている……さあ、ヴェネツィア船出のときだ!帆を上げろ、出発だ!」

(その姿を見つめるバジリオーラ)グラティコ家、二人の男。一人は外に民の歓声を一身に受くるマルコ、いまひとりは教会にて新たに司祭となりしセルジュ。(人々が抱えて来た板に乗るマルコ)(ラッパ手が高らかに鳴らす)(簡易的な輿に乗せられるマルコ)(バジリオーラ、何やら支度を始める)

Odimi e Gratico, Tribuno eletto Odimi.
Tバジリオーラ「グラティコ家の誉れ、民に選ばれしお方。
Principe del Mare.
海の愛された王子様。
Incompiuto sarebbe il tuo trionfo, per certo se non fosse celebrato da me dalla mia voce.
あなたの弥栄は、この私の歌声で寿ぐことで全きものとなることでしょう」

La figlia d’Orso t’adorno con arte regate il seggio.
Tオルソの娘、新しくドージェ、元首の座につきし者を祝ふ。

マルコ「お前何者だ?」
Ti danzerò la danza di vittoria.
Tバジリオーラ「あなたのために勝利の舞いを踊る者です」

バジリオーラ、やをら香を焚く。あまやかな匂いあたりを覆ふ。従者より剣受け取りて、舞いが静かに始まる。マルコはそのさまより目の離されず。

Sotto le belle vestic’è una bella spada. Eccola. E’questa. O Gratico, sara tua. Vedi come brilla? Sara tua. A doppio taglio.
Tバジリオーラ「美しい絹織物のしたに怜悧な剣。この剣はーーおお、グラティコ様、あなたのものです。ごらんなさい、よく研がれているでしょう?(マルコに翳す)」
マルコ「お前はいったいーー誰なのだ?」

マルコの問ひかけに応ふることなく、バジリオーラは舞い続く。誘わんごとき、挑まむごとき笑みをその唇の端に浮かべて。(心配そうにみているエマ助祭)

オルソ「どこじゃ?どこにおる?
Basiliola!
Tバジリオーラ!」

(暗転)
何人かに憑かれたごとく踊り続くバジリオーラ、いよいよその極みに地に倒れき。マルコは瞬きもせずその景色見たりき。

マルコ「……」
群衆「グラティコ万歳!我らがマルコ万歳!
Gloria a Marco Gratico Tribuno eletto!
Tグラティコ家の若き獅子、マルコが我らの新しき元首!」

その後ーー
Il comulo del nembo silenzioso cova le sue folgori sul limite dell’Estuario.
T(黒い雲と稲光)マルコのもと、新たなるヴェネツィアの歴史始まり、そしてその傍に常にバジリオーラの姿ありぬ。
Sotto l’argine irsuto si sprofonda la Fossa Fuia.
T堤防のかたはらに掘られし穴には罪人ども放り込まれたりき。

Il pane! Il pane!
T罪人たち「パンをくれ!パンを!」
兵士たち「うるさい!おとなしくしてろ!」
罪人「こんな扱いはあんまりだ!」
Silenzio; o tiro.
兵士たち「黙れ!弓を喰らいたいのか?」

国の定まらぬころの惑ひは、かくなるところにも如実にうちいでたりき。(嘆く囚人たち。黒い雲)マルコは迅速かつ果断なる政策をすすめ、反対の声を上ぐる者はすべて捕ふるや、或いは収監し或いはラグーナの他の島に追放しにけり。実の母にしてかつて助祭をつとめしエマすらも。
La Diaconessa Ema, in terra d’esilio, riceve la visita del vecchio Piloto Lucio Polo, che le reca tristi notizie.
T追放さるともなほ、我が子の行く末を案ずる母エマーーかの人の元に、かつてマルコの船にも乗れるルチオ・ポロが悲報を携へて渡り来たり。(ラグーナを行く小舟)(小舟から降りてくるルチオ)

ルチオ「(ひざまづいて)エマ助祭さまーーマルコ様のことでお伝えせねばならぬことが」
エマ「……」

(バジリオーラ、天幕の外へ出る)ルチオ、語りていわく。

ルチオ語り「ファレドロの残された娘は、その妖しいまでの美貌でマルコ様をすっかり籠絡し、そのせいで民草の性情は乱れております。ある者は狂ったように踊り続け、ある者は昼間から酒を浴びるように飲み、夜ごと日ごと放歌高吟……その中心には、マルコ様とあの女がいるのでございます」

(飲んでいる若い男を誘惑するバジリオーラ)(船縁に立つバジリオーラ)ルチオの物語は続く。

ルチオ語り「あの女が何を考えているのか……それは私にもわかりませぬ。ただ妖しい笑みを浮かべながらさまよい、男という男を誘惑しようとしているとしか……マルコ様は、何とかしてあの女から離れようとされておりますがーー(あちらこちらで男を誘惑する)」
La sorte dei figli l’accorra.
Tエマ「私には祈ることしかできない……」

PRIMO TEMPO
第1巻の終わり。

(集まった人々に説教するトラバ修道士)
さりとて母は、何らかの方策はあらぬや、と思案せり。かくてーー
(修道士を呼びにやる)
Affida al monaco Traba una missione.
Tかの人、各地をさすらひし上この島に流れ着きし修道士トラバを呼びき。(何事かを話している)

トラバ「なるほどーー承知しました、エマ様」

(小舟を見送るエマ)(暗転)
一方バジリオーラーー日ごろ政務の忙しきことをよしに顔を見せぬマルコに苛立ちをえ隠さず。(囚人たち)親はらからをかかるいみじき目に合はせしヴェネツィアの民に復讐をすべくマルコに近づきしかの人なれどーーいつしかマルコに惹かれゆくべくなりにけり。(暗転)そのころファレドロは、盲たとはいへ何もかも思ひ絶えたわけならざりき。ラグーナの小島にて、ようやく我が息子、長子ジョバンニに再会なす。ジョバンニの戦さの準備始むる。(バジリオーラが輿に乗って行く)バジリオーラの向かいし先はーー(囚人たち)

Basiliola vieni! Ho il petto nudo, ho la gola scoperta. Vieni e prendi la spada a doppio taglio, e dammi il colpo.
T囚人「バジリオーラだ!あの女が来た!おい、俺たちを見ろ、この胸も喉も剥き出しだぞ!さあバジリオーラ、剣を取ってこの俺を殺すがいい!」

(穴に近づいて行くバジリオーラ)(囚人たちがみな立ち上がる)

バジリオーラ「(覗き込んで)ずいぶん威勢のいい声だこと。私からパンの贈り物でもいたしましょうか?」
Serva il tuo pane a te quando il beccaio dei Faledri sarà sazio e t’avra a schifo…
T囚人「はっ!ファレドロの魔女のパンなど欲しくもない!」
バジリオーラ「……まったく強情だこと。
E battero la carne tua da conio con flagelli rincrudili di piombi e garrirai come la grue…
T鉛の鞭であなたの体を打ったら、さぞいい声で鳴くのでしょうねえ」

囚はれたるは、みなファレドロ親子をその座より追ひ落としし者どもなりき。(バジリオーラ、兵士に手を上げて合図)彼らの苦しむさま見ることは、かの人にとりてひとつの快楽なれどーー

Andrai a raggiugnere i cinque abbacinati che gia cacciasti in salvamento…
T囚人「お前のめしいた親族どもには会っているのか、バジリオーラ?」
バジリオーラ「……」
E’Marino, il piu bello il tuo diletto io lui che nel supplizio…
T囚人「お前の愛するマリーノが目を潰され舌を抜かれるあいだ、やつの体を押さえていたのはこの俺だ!」

(目をつぶされるマリーノ)(舌を抜かれるマリーノ)(暗転)

バジリオーラ「弓と矢を!(受け取る)」
囚人たち「さあ殺せ!さあ殺せ!俺を!」

若き男の胸に、深々と矢は突き立ちき。

A me! A me! Saetta anche me!
T囚人たち「俺だ!俺を殺せ!バジリオーラ!俺を殺すがいい!」
バジリオーラ「……」
囚人たち「何を躊躇っているバジリオーラ!おじけたか!お前の父親を捕らえたのは俺たちだ!」

(暴れるオルソを押さえつける男たち)弾かれしごとく弓構へ矢を放つバジリオーラ。

囚人「次は俺だ!俺はお前の父親の目に焼けた剣を押し当てた!」

(矢を放つバジリオーラ)囚人どもは先争いつ、おのれがファレドロの男どもに何せるやののしり、バジリオーラ正しくその者の胸を射抜いて行く。
(男の胸に矢が突き刺さる)

バジリオーラ「矢をちょうだい!(射る)もっと!」

いよいよひとりを残して穴の底なる囚人どもはバジリオーラにより射殺されき。

L’ultimo sono. E’ la grande Faledra non getterà fra tanto ferro un fiore?
T若者「僕が最後だ。矢のかわりに花でも投げるかい?」
バジリオーラ「そうね、それもいいけれど(矢を摑んで口づける)私のキスは花の香りがするわよ」

かくて果ての男の胸に深々と矢突き立てられき。

Era il più bello, e non ha detto il nome.
Tバジリオーラ「可愛い子……名前を聞いておけばよかった。まあいいわ」
Guai a te, femmina di macelli, guai a te!
Tトラバ「おお、なんという災厄!お前こそ殺戮の悪鬼だ!」
バジリオーラ「……?(振り向く)」

そは、エマの言の葉を伝ふるためマルコのもとを訪れたりしトラバなりき。傍にはマルコの姿も。

マルコ「バジリオーラ、いったいこんなところで何をしているのだ?」
トラバ「ごらんなさい、ドージェ殿」
マルコ「……っ!」

(穴の中に折り重なっている死体)

マルコ「(後ずさって)何ということを……!」
バジリオーラ「みなあなたの敵です。あなたの手を煩わせることもございませんので……私が」
マルコ「おお、何という!(マントで顔を覆う)
O demone…
T悪魔め……っ!」
バジリオーラ「(微笑む)」

マルコのあららかなる口調にも動ずることなきバジリオーラの微笑み。
そは、ヴェネツィアを統ぶるドージェ、マルコ・グラティコの心胆を寒からしむるものなりき。(よろよろと腰を下ろす)(トラバが近づく)

トラバ「マルコ殿、お母上よりお言葉を承っております」

(エマ助祭)(暗転)

Tu l’ascolti, desposto?
Tバジリオーラ「そのような者のいうことを聞かれるのですか?」
マルコ「……」
バジリオーラ「獅子と呼ばれるマルコ様にも似つかわぬ気弱なお態度(笑う)」
トラバ「ドージェ殿に対してなんたる無礼な!かのフェニキアのイゼベルが娘アタルヤも凌ぐ悪辣無惨なふるまい。ええい、その顔を見るも穢らわしい!」

口をきわめて罵らるとも蚊ほども感じぬけしきのバジリオーラ。

Sappilo.
Ella ha contaminato l’Evangelio nel luogo santo, complice il fratello tuo Sergio…
Tトラバ「おそれながらドージェ殿、あの女はこの聖なる地をその恐るべき行為で穢しました。これはあなたと、あなたの弟君セルジュ司祭の罪でありますぞ」
マルコ「……」

(暗転)
マルコはいよいよ心決めぬ。

マルコ「(バジリオーラの弓を奪おうとする)」
バジリオーラ「何をするのですか?(逃げる)」
Uomo di Dio, t’ho bene udito.
Guarda com’io spezzo l’arco, e partiti…
Tマルコ「神に仕えし者よ。お前の言葉は私に届いた。
私はこの穢らわしい弓を真っ二つにしたうえで、新たに旅立つこととしよう(弓を折る)
Volgiti verso l’Oriente, e aspetta.
東の海へーー!」

そはバジリオーラとの縁を断つといふマルコの宣言かーー
(バジリオーラに近づくマルコ)

マルコ「できることなら今この場でお前を殺してしまいたい。いっそそれができればどれほど楽なことか。いやーー
No, non tentare di fiaccarmi ancora.
Non parlare più, non respirare più…
Tお前に振り回されるのはもうごめんだ。これ以上私に何もいうな!微笑みかけるな!」
バジリオーラ「ご覧なさいマルコ様ーー門出にふさわしい雨ですわ。
Ecco, una gocciola è caduta su la mia mano, un’altra su la fronte, un’altra su la bocca, oh calde come stille di sangue!
Tほら、私の手にーー額にーー唇にも……おお、これはまこと血のように温かい!」

(マルコに体を預けるバジリオーラ)

Dammi la tua clamide.
Tバジリオーラ「マルコ様、私にマントを頂戴できますか?お願いでございます、どうか」
マルコ「……(マントを脱いでバジリオーラに)」
O despoto, raccoglimi la cintura e la tunica.
Tバジリオーラ「胸飾りを拾っていただけますか?(足元を指差す)
Su, curvati.
Non avere onta.
Tお願いです。どうか最後のお願いですーー拾ってください」
マルコ「……(屈んで、足元に落ちている胸飾りを手に)」
Vedi? E’ tanto breve che se la chiudi, hai gia la tua corona.
Tバジリオーラ「マルコ様ーーこれはあなたへ私から贈る王冠です」

されどバジリオーラ、マルコがおのれより離れられぬことを知れり。(暗転)
L’Agape rinnovata con rito profano dal vescovo Sergio.
T新しき司祭にて民の信仰を導かねばならぬセルジューーされど、かの人もまたひとりの男なり、そこにこそバジリオーラのつけ込む隙がありけれ。(乱痴気騒ぎ)かの人あへてマルコより身を引き、セルジュに近づきぬ。たちまち教会は路地裏のいかがはしき酒場に堕しき。さながら聖書にいふソドムとゴモラのごときそのさま。怪しき肉欲の命ずるまま、民は喰らひ、飲み、快楽に耽る。
Domine omnipotens, alme Deus…
T一方に、心ある修道士どもは全能なる神に祈りき。されど大方の民は……
Al Vescovo molt’anni!
Date a noi quel che avanza!
Il vino! Il vino! Molt’anni alla Faledra!
T人々「司祭様の長命を寿いで乾杯だ!我らにもお恵みをお分けください!ワインを!ワインを!どうかお恵みを!」

(乱痴気騒ぎの現場に乗り込んできた修道士たち)

Silenzio, ogni bocca immonda!
Sergio, fa che cessi il canto infame!
Sgombra l’atrio!
Levati dalla mensa profanata!
T修道士「静まれ!不届き者ども!セルジュさま、どうかこの淫らな歌声をやめさせてください!いますぐ片付けよ!穢らわしい者ども、出て行け!」
Venerate il pallio!
Molt’anni a Sergio!
Ha riscattato i Sacri Corpi.
T修道士「司祭様を崇めよ!セルジュ様を!セルジュ様は神の代理人であるぞ!」
修道士「いかにもその通り!
Sire San Marco lo segno.
In lui s’adempie la promessa.
Tマルコ様がご指名になったのだ。彼の方は約束は守るのだ」

嬌声と怒号飛び交ひ、たえて収拾のつかぬなか、バジリオーラ立ち上がりき。

Luce a te, aquila d’Aquileria!
Sorgio e danza!
Fa la danza dei sette candelabri!
Tバジリオーラ「皆に光を!そして踊るのです!神に踊りを捧げるのです!」

杯高く奉りしバジリオーラは、静かに民の中に歩みゆく。(床に倒れ伏すバジリオーラ)(暗転)

Uomini, vi sovvenga d’una danza ch’io non danzai!
Quella vi danzero’ finche non s’oda stridere la folgore dal pie’ d’oro, dall’ali senza penne.
Tバジリオーラ「男どもよ!雷鳴がとめない限り、私は死ぬまで踊り続けるだろう!」
O Diona! Diona!
Danza! Danza!
T人々「神の娘よ!踊れ!踊れ!」

またくだんの剣を手に踊りそむるバジリオーラ。(ケープを取る)民は大歓声あげ、こはきけしきの修道士どもはいよいよその場より去りにき。

Prima che l’aurora balzi dai portici del mare e irraggi il mondo, l’aquila d’Aquileria avra’ la sua aurora, avra’ la sua piu’ rossa aurora.
Tバジリオーラ「この海の街の夜明けが終わる前に、太陽の光が差す前に、この宴に集う人々に幸いのあらんことを願って」

(進軍する騎馬の列)(首飾りをかけるバジリオーラ)

人々「バジリオーラが踊るぞ!バジリオーラが神に踊りを捧げるぞ!」

(たっぷり)教会に入れぬわびしき民も色めき立つ。(食い入るように見ているセルジュ)セルジュに、二つの心地火花を散らしつつ戦へり。神の教へに従はば、自らの欲望は抑へざらばならず。されど、目の前に妖しく踊るこの女より目を離すべからざりき。(踊るバジリオーラ)(熱狂する人々)かくてバジリオーラの復讐はいまだ終わらず。マルコ魅了し、セルジュ堕落させ、ヴェネツィアの民を地獄の底に突き落とす。かの人には、目の前にひとときの快楽を貪る者どもの末路が、さやかに見えけり。(身を乗り出すセルジュ)

Sei l’aurora!
Hai la chiave dell’Abisso!
Balzata sei dai portici del mare!
Hai ucciso le stelle sul confino dei cieli!
T人々「いいぞ!バジリオーラ、黎明の娘!深淵への鍵はお前しか持たぬ!彼岸へと飛び立つのだ!星々をも殺す力がお前にはある!」

(たっぷり)そはこの世の果ての宴のごとし。うねるが如き民の声に舞姫バジリオーラのさまありき。かの人の一挙手一投足が、民をさらなるいさみへとせき立てる。
(乱痴気騒ぎ)堕ちよ、もろともにーーヴェネツィアなど、かくて海に呑まれるべし……心に呪詛の声を響かせつつ、バジリオーラは踊りぬ。(十字架を捧げ持った修道士たち)(逃げる踊り子たち)いよいよ見かねし修道士どもが宴に乱入してきたり。(構わず踊るバジリオーラ)

Lo la difendo; e basta sola…
Questa è l’ara dei Naumachi. L’arcangelo che v’è sculto ha nome Vittoria.
T修道士「神の教えを守るのは私たちの義務である。これは異教徒の淫らな宴、見過ごすことはできぬ!」

(乱闘)修道士どもセルジュに詰め寄る。同時にバジリオーラをも取り囲むもーー

Non resterà congiunta al polso quella mano che tocchi la Faledra. Questo mio ferro taglia quanto luce.
Tバジリオーラ「私に指一本触れることのないよう!この刃の光が贋物だとでも思われますか?」

(攻め寄せる騎馬の群)建物の内に、外に、兵士どもと群衆すまふ。やり来たるは、マルコの率ゐる兵士どもなりき。(セルジュ)

マルコ「……大司祭殿ーーいや、我が弟セルジュ」

(バジリオーラ、大きな杯を抱え、マルコに差し出す)

バジリオーラ「さあ、マルコ様、これを。
Despoto, bevi il calice eucaristico e partecipa l’Agape innovata.
Tこの杯をお空けください。新たなる神への愛でございます」
セルジュ「ドージェ殿、何か御用ですかな?」
マルコ「(杯を後ろにやる)何の用か、だと?
Questo calice, o Vescovo dell’orgia… questo calice lordo della tua sete e della tua perfidia, ecco, io lo spezzo su la pietra.
T神に仕える身でありながら、大司祭よ……堕落しきったその方のようにこの杯も腐り果てている。こんなものはこなごなに砕いてしまうよりない(杯を床に打ち捨てる)」
Che vuol constui dal Vescovo?
Chi è costui che fa la legge?
Che vuole? Ch’io tremi innanzi a lui? ch’io m’inginocchi?
Tセルジュ「マルコ様こそ、私を誰だと思し召しかな?この国の人々の規範を作っているのは誰だと?何をお望みです?私が震え上がるとでも?あなたの前にひざまづくとでも?」

ひとりの女を巡りしはらからの争ひ。

Simone Floca, prendi il Vescovo spergiuro e custodiscilo.
Tマルコ「お前たち、この堕落した大司祭を捕まえろ!」
セルジュ「(のけぞって笑う)
La spada della femmina gli fa paura.
Ecco il Maestro delle Navi, o gento, ecco l’invitto! Ecco la forza dell’Isole!
Tまこと女の持つ剣は恐ろしいものだ。猛き海の民、戦さ上手のマルコ、しかしこの陸の上でもそのやり方が通用するか、実に見ものだ!」

(バジリオーラの剣を手に取る)叫ぶや否や、セルジュ剣をマルコの胸に擬す。

マルコ「セルジュ……」
バジリオーラ「ご覧なさい!あの高貴な兄弟を!
O uomini dell’Isole…uditeä il Vescovo Sergio accusato di misfatto, vuole nel cospetto del popolo rimettersi al giudicio divine.
Tみなさんのセルジュ大司祭様が詰問されています!けれど神様はきっとご覧になっているでしょう。正しい裁きが下るはず!」

露の間水打ちたるが如く静まりし場内は、一転民の囁きに満ちーー

セルジュ「神はわれらのどちらが正しいか、当然ご存じである!」
マルコ「……(固唾を飲む人々)
Quest vuole il Signore? Questo vuole il popolo?
L’Iddio grande e tremendo, al quale il servo…
m’è testimonio ch’io non trassi primo il ferro.
T神は何をお望みであるか?お主らは一体何を望んでいるのか?私は偉大で素晴らしき神に仕える者である。私が先に剣を向けたのではないことは、お前たちも見たはずだ」

力強きマルコの声に、民は応へき。かくてやをらマルコは剣を抜きぬ。

バジリオーラ「ご覧なさい!恐ろしや、この国を統べるドージェがとうとう剣を抜き放たれた!いったいこれからどんなことになるのやら、これは目が離せない、そうではないか?これからは一瞬たりとも瞬きはせぬよう!」

剣を抜きし兄マルコに対して、大司祭なる弟セルジュも受けて立ちぬ。

Invocate l’Iddio vendecatore con un grido solo e serrate il cerchio!
Essi combattono.
Tバジリオーラ「神様もご高覧あそばすこの場で、民草の見守るその中で、お二人は戦うのです!」

(騎馬の群)(十字架を運ぶ修道士たち)
バジリオーラ、はらからの間に立ち、合図のケープを振りぬ。マルコとセルジュは組み合ひてかたみにかたき押し倒さむとす。ひとへに獣が隙あらばかたきの喉笛に喰ひつかむとするやのごとく、憎しみのけしきにぶつかり合ふ二人。勝負は一進一退ーー。バジリオーラはかかる趣にもげに楽しげに微笑み、ふたりの戦ひをなほ煽る。(物見台)かくてーー勝敗は決しーー(兵士たちを制するマルコ)(倒れているセルジュ)(その死体をマントで覆う兵士)

Ora comincia, ora comincia la buona guerra.
Scannami. Ti guardo.
Tバジリオーラ「さあ、これからが本当の戦いの始まりよ。私の首を切るがいいわ」
マルコ「お前のような女、殺す値打ちもない(剣についた血をバジリオーラの髪で拭う)」
T伝令「マルコ様、ドージェ様!
Accorri, accorri, Gratico! Giovanni Faledro ha preso il Porto Pilo e Bradita con tremila Epiroti…
大変です、グラティコ元首様!ジョバンニ・ファレドロの大群が、ピロの港とブラディータを占領しました!」
Non uccidete la Faledra! O Floca, legata forte con le corde all’ara.
Tマルコ「ファレドロの娘を殺してはならない!祭壇に縛り付けておけ!」
兵士「承知しました!」
Tutto il popolo in arme e su le navi!
Alla Baizza! Cristo e Santo Ermagora!
Tマルコ「みな、武器を手に船へ急げ!ファレドロの残党など、恐るるに足らずだ!行くぞ!」

(兵士たちが出て行く)(祭壇に縛り付けられるバジリオーラ)

ジョバンニ「親兄弟の敵……グラティコめ、かかってこい」

(暗転)オルソ・ファレドロの長男ジョバンニとマルコ・グラティコの戦ひが、いよいよ始まりき。このラグーナに移りゐるより早く好敵手と目せられし両家の軍勢は、かたみに一歩も譲らずーー港に、丘に、白兵戦広められき。■見張り台よりは弓矢が敵を狙ひて次々と放たれき。剣をふるひつつ兵士ども鼓舞するは、マルコとジョバンニなりき。当初は隙をつきしファレドロ勢が有利に進めたれど、やがてグラティコ軍が少しずつ押し返すべくなりぬ。(エマ助祭とトラバ)(ジョバンニ、悔しそうな顔)戦ひの趨勢は決す。(折り重なっている屍)すゑは、グラティコ軍の圧勝なりき。(雄叫びを上げる兵士たち)

Terzo Episodio
最終章ーー
(海、見張り台)
La Nave grande “Totus Mundus” ancor fosca fosca di contro all’alba su lo scalo, ben costrutta…gia pronta a scendere nell’Adriatico.
T夜明け前ーー港に係留されし巨大船「世界丸」はアドリア海を東へ向かうべく、出航のいそぎ中なりき。(忙しくて働く人々)(教会から出て来る修道士たち)エマは、トラバの口添へもありて流島許されまた助祭をつとむることとなりき。(引きまわされているバジリオーラ)(船の近くに縛り付けられる)かの日以来、ファレドロの娘バジリオーラは殺さるることもなく、ただ幽閉されおりしか今朝は引き出されぬ。そこへ、修道士どもが、世界丸の船出を祝ふためやりきたり。

Rivela, o Ema, infiera la parola divina che prometto ai figli senza ter ra la Città.
T兵士「エマ助祭さま、神様はこの船出をなんとおっしゃっているか、お教えください」
Profunghi tristi, son compiuta di piangere.
L’Iddio stese la mano e mi secco le palpebre; e mi fece nel petto il cuore come il diamante ch’è tra i bracci dell’ancora.
Tエマ「私は一度は流罪の憂き目にあいました。しかし、神は私の祈りに応えてくださった。そして、私の心は鋼のように強くなりました」

(水平線に朝日が昇る)

エマ「世界丸の船出は、新しいドージェの、私たちの国の礎となるでしょう。
Egli promette edificata con le fondamenta nella forza del mare la Città triofante.
Tドージェは必ずや海の民である私たちの強い国を作ってくれるでしょう。
Cosi parlo l’Iddio per la Città che deve alzarsi…
Città, ti fonderò sopra i miei cedri.
E farò il colmo de tuoi fetti…in ogni porto avrai la reggia tua, nel Mar Latino ed oltre le Colonne; e per sempre sarai glorificata.
T私はこの国のために神に祈ります……街は栄え、灯台の火は絶えることなく、どの港もあなたたちの宮殿となり、あなたたちは永遠に栄光を受けることでしょう」

(もやの向こうに建物が現れる)そは幻の、ゆくすゑのヴェネツィアのさま……されど確かに民の目に映れり。

Osana! Osana!
La Città futura! La Città d’oro!
T人々「神よ!神よ!我らのヴェネツィアに栄えあれ!」

(壮大な建物のショット)(獅子の紋章)朝靄の港に、船乗りども、兵士どもの声が高らかに響く。そはこの国の明きゆくすゑを予見さするものなりき。ヴェネツィアの守護聖人聖マルコの記号・ライオンーーそはグラティコ家の紋章にもありき。

人々「マルコ様、お言葉を!」

(エマ助祭)(ラッパ手)

Uditemi…
Il leccato m’ê divenuto ardore.
Io mi bandisco dalla patria mia.
Io mi recido dalla mia radice.
Prendo la Nave che costrusse il mil animo; col mil animo mi parto.
Tマルコ「みな、聞いてくれ。私は罪を犯した。私はこのままでは祖国にはもういられない。この世界丸を作り、もう一度やり直す。このアドリア海から」

マルコは東を指差しき。

Ad Alessandria!
Riscatta il Corpo dell’Evangelista!
Questa è l’ammenda.
Tマルコ「アレッサンドリアへ!これが私の償いだ!」

Uomini del paese amaro…io salpo verso grande Sepolcro…
I miei compagni! I miei compagni!
Tマルコ「我がヴェネツィアの民よ……このマルコ・グラティコとともにこれから厳しい旅をしたいと思う者のみ、この世界丸に乗るがいい」

O Gratico, ricordati di me!
Simon d’Armario è il timoniere della nave tua.
Tシモン「グラティコ!覚えておいでなさるはずじゃ!このシモン・アルマリオがずっとあなたの乗る船の操舵手であったことを!」
T’ho scelto.
Tマルコ「乗組員は俺が決める!」

マルコはひとりずつ名を叫び、呼び込みぬ。

Il piloto! Lucio Polo!
Tマルコ「水先案内人、ルチオ・ポロ!」
O Navarco, io voglio ancora scrutare dalla prua le Stelle eterne.
Se l’occhio fatta, il cuore esperto sa.
Non lasciarmi perire negli stagni.
Prendimi feco all’ultima fortuna.
Non è mai tardi per tentar l’ignoto.
Non è mai tardi per andar piùoltre.
T老人「マルコさま、ワシは世界丸の舳先に永遠に輝く星々を刻みたい。ワシの経験をすべて注ぎ込みたい。ワシはこのラグーナでは生きられぬ。最後の最後まで、死ぬ時までワシをあなたの船に乗せていってくだされ。未知のものに挑むことに、遅いということはないはず。さらに上を目指すことに、遅いということはないはずじゃ。」
Compagni miei, giuriamoci!
E tu, gran vecchio, giurati con noi.
Tマルコ「同志たちよ、私はここに誓う!そして老いたる人よ、我々ととも行こうではないか!」

(母と子)これがながの別れになるやも知れぬことをマルコもエマも知れり。

マルコ「(ひざまづく)母上……
All’acqua! All’acqua!
Il vento odora di fortuna. E’ tempo!
Tマルコ「水は流れている!幸先よく風も吹いている。出帆のときだ!」

世界丸が東へ、アレッサンドリアを志していよいよ出航す。

O Gratico, ricordati di me e di quest’ara!
Dammi la morte bella! Riconoscimi Faledra della stirpe d’Aquileia romana.
Tバジリオーラ「グラティコ!私のことを忘れないで!そして私を殺してちょうだい!アクイレイアのファレドロの娘バジリオーラを!」

(エマ助祭が近づく)

Asbesta, se la lama è roventata, traggila ed esegui la pena che il Tribuno dei giudizi Marco Gratico inflisse a quella schiava.
Ma prima fondite i calelli.
T兵士「ファレドロの娘よ、お前の父親にしたように、この焼けた剣でまずは髪の毛を燃やしてしまおうか」

(両目を焼かれたオルソ・ファレドロ)

マルコ「(兵士を止める)やめろ、
O Faledra, ti sciolgo.
Tファレドロの娘よ、いましめをといてやろう」
バジリオーラ「グラティコの気高きライオン、マルコさまーー
Come pallodo sei, despoto!
Senti il soffio della mia vita? Prendila e tienila. Te l’offro, senza più frode.
Tどうされたのです?お顔の色がすぐれませぬが……わたくしはいまだこのように元気でおります。わたくしをこのまま助けようというのですか?」
マルコ「そう思うか?ーーさあ立つが良い
Aquila d’Aquileriam, a prua, a prua!
O Faledra, ti do la bella morte.
Tあの船首が目に入るか?ファレドロの娘よ、お前を生きながらあそこに縛り付けてやろう」

マルコは戸板にバジリオーラ乗せ運びぬ。

Gratico odimi…
Non sono se non di quella morte che m’eleggo…
Se conisre non potei nell’oro romano la mia faccia, ebbene, guarda, io la imprimo nel fuoco.
Tバジリオーラ「ドージェ様、お聞きください!わたくしは生きながらえて恥辱の底に沈むより、自らで死を選びましょう……あの燃え盛る炎に顔を入れて死にましょう!」

すはといふ声を上ぐる隙もあらざりき。バジリオーラは炎に向かひて走り、ためらふことなく顔を突き入れき。
Alzate tutti i clipei! Gridate il nome suo!
T肉の焼くるうたてき音が、あたりに響き渡りぬ。されど、誇り高きファレドロの娘は悲鳴ひとつあげざりき。(呆然と見ているマルコたち)
(戸板を掲げる人々)(海)(ラッパ手たち)

All’acqua! All’acqua! Vara! Vara! Abbriva!
T人々「出航だ!海へ!船を出せ!船を出せ!」

やうやう固まりそめしヴェネツィアといふ国の日の出ーー曙光受け、世界丸は動きそむ。(漕ぎ手が櫂を手に乗り込む)

マルコ「いざ、アレッサンドラへ!」

(ラッパ手たち)民の歓声高く、やをら海面滑り行く世界丸。そはやがて、アドリア海支配し、巨大なるビザンツ朝とも互角に渡り合ふまでになるヴェネツィア共和国の行く末を暗示せむ、堂々たる船出の光景なりき。(エマ助祭)1921年公開、イダ・ルビンシュタイン主演、ガブリエッリーノ・ダヌンツィオ監督、映画「復讐の紅薔薇」、全巻の終わりであります。