昭和四(一九二九)年松竹キネマ蒲田作品
森 の 鍛 冶 屋

説明 山城秀之
原作・脚色 村上徳三郎
監督 清水宏
撮影 佐々木太郎
鍛冶屋池田恭助 井上正夫
その妻豊野 二葉かほる
長男一郎 押本映治
その少年時代 滝口新太郎
次男二郎 結城一朗
その少年時代 小藤田正一
向こう槌佐藤忠三 野寺正一
娘お光 田中絹代
その少女時代 藤田陽子
村長松岡幸作 藤野秀夫
その妻 吉川満子
長男富作 小村新太郎
その少年時代 遠山文雄
娘貞代 日夏百合絵
その少女時代 高尾光子
村人吾作 古谷久雄
その少年時代 関口小入道
お種 高松栄子
先生 阪本武
杉本清彦 河原侃二
島田かほる 岡村文子
(昭和四年一月五日浅草観音劇場封切)
解説 豪出演陣による全十巻の大作として封切られた本作ではあるが、今回上映するフィルムは二十分弱となっている。
監督の清水宏は明治三十六年静岡県生まれ。大正十一年に松竹蒲田撮影所に入社。作為的なものを排除する実写的精神を大切にした。
主演の井上正夫は明治十四年愛媛県生まれ。大正十一年松竹蒲田に移籍、衣笠貞之助監督「狂った一頁」などに主演した。
お光役の田中絹代は明治四十二年山口県生まれ。大正十三年松竹下加茂撮影所に入社、同年映画デビュー。翌年蒲田撮影所に移籍、昭和二年に清水宏監督と結婚したが、今作の後離婚。このときまだ十代だった。のちに日本初のトーキー「マダムと女房」に主演。
略筋 正直者の森の鍛冶屋池田恭助には、二人の息子があった。
ある日、村長の息子富作にそそのかされた二郎が木に登って誤って落ち、足に大怪我を負った。一郎は、将来医者になって二郎の足を治すことを固く誓う。
十三年の月日が流れた。都会で医者になった一郎が村に帰ってきた。
ところが、父親の代理で村の寄り合いに出席した一郎に、寺を建立するための寄附金を盗んだ疑いがかけられる。一郎は姿を消し、恭助は森と家を抵当にして、盗まれた金を弁償するのだった。
一年後、病身の父親のため、お光は子供の頃から嫌っていた富作のもとへ嫁ぐことになった。その祝言の席に現れたのは、寄付金を盗んだ犯人を連れた一郎だった。

富作「おい次郎、Tお前にあの風船、取ってやれるけえ……お前みたいな臆病が悔しくったって、とれるもんけえ」

(気を見上げる次郎)(次郎を止めるお光)

お光「次郎さん……Tあんなもの……いらねえだから」
富作「ははは、T女にだって取れねえと思われてるだ」

(村長の息子富作は、親の威光を傘にきて、弱いものいじめをするのだった。(次郎、木に登る)

正直者の恭助の鍛冶小屋。

恭助「忠三、T先に帰るべえ。あとを頼むだよ」

帰る道すがら、ふと目をあげると、(枝に必死に掴まっている次郎)

恭助「ありゃあ、次郎でねえか!T次郎!」
一郎「次郎!(手を伸ばす)」
次郎「兄ちゃん!(落ちる)」

(恭助、川を渡る)

T恭助「次郎!」

次郎の足は、不自然な方向に曲がっていた。

恭助「次郎!しっかりしろ!」
T一郎「お父っあん」
T恭助「一郎」

恭助は、次郎を抱えて医者に走った。
Tかくて夏も過ぎて、寂しい秋が訪れたが、次郎は跛(ちんば)となり、次第に陰鬱になって行くのであった。兄の一郎は次郎を背負って学校に行くのである。

富作「ちん……ちん……ちんばぁ」

(兄弟を待ち構える富作たち)

一郎「今なんていっただ?」
T富作「何度でもいうだ。歩けねえモンは片輪に違えねえだ(真似て回って見せる)」
一郎「やめろ!やめろこの野郎!」
T次郎「あんちゃん、喧嘩はやめべえよ」
富作「どうした一郎!悔しいか!」
次郎「あんちゃん、おらあT歩けねえでもええだよ、あんちゃんにオンブしてるだで」

(一郎、次郎を再び背負う)
悔しさのあまり涙を流しながら、一郎は歩き出す。

T次郎「いつまでもオンブしてくれるだな、あんちゃん」
一郎「ああ……Tいつまででも……一生オンブするだよ」

不幸な事故で、歩くことのできなくなった弟。一郎は、ある決意を固めていた。

母「お帰り」
T一郎「おっかさん!(涙をこらえ)おらあ医者になるだよ、医者に」
次郎「あんちゃん」
T一郎「医者になって、次郎の足を治すだよ」

T医者に!医者に!悲しい決心は日とともに、年とともに固くーー十三年の歳月は流れ去って……
都会で勉学に励んでいた一郎から、電報が届いた。

T電報「アスアサ一◯ジツク イチロウ」

故郷に向かう列車のなかで、一郎ははやる気持ちを抑えかねていた。
一方、車内では、

T杉本「要するに、松岡……妹と結婚するかしないかだ。ざっくばらんにいうがね」
富作「いや、それは……」
T杉本「ならば金だよ、もし結婚してもらえないとすれば、キズモノの妹を片付ける結婚費用を負担してもらいたいんだ」
妹「……」
T一郎「富作くん」
富作「……一郎か」
T一郎「君もこの汽車とは知らなかった」
富作「……」

ただならぬその場の空気に不審の念を抱く一郎であったが。

一郎「じゃあ、また着いたらゆっくり」

晴れて念願の医者になった一郎。
Tそして今はなき母の霊前に……

T恭助「豊野よ、お前に見せたかっただよ。一郎も立派に医者になっただ。成人しただよ。こんなに嬉しいことはねえ」

T翌朝ーー一郎の土産話に花が咲く。

恭助「一郎、T今度村でお寺の寄り合いがあるだで、お前に行ってもらいてえだよ」
一郎「わかりました」

丸木橋を渡るお光。向こう側からやってきたのはーー

富作「やあ、しばらくぶりだね」
お光「……」

(お光、逃げる)

富作「待ってくれよTお光ちゃん!君に話があるんだ」
お光「はなしてください」

(逃げて行く)お光は子供の頃からいじわるな富作のことが嫌いだった。

恭助「一郎、T寄り合いは三時からだで、忘れんで頼んだよ」
一郎「はい、わかりました」

村に新しく寺を建立する話が持ち上がり、そのことで村中から募った寄付金をどう扱うか、その話し合いが持たれたのであった。

T村人「とにかく……万事村長さんと鍛冶屋さんとにお任せ申すだで」

(村長の前に、金の入った袋を置く)

村長「そうか(袋の縛り口に判を押す村長)……お前も、押すだよ、一郎」
一郎「わかりました」

(金庫を開ける村長)寄付金、実に八千円。現代のお金に換算するとーー三百万円ほどになるだろうか。

村長「これでよし……一郎」
一郎「はい」
T村長「明日、町の銀行に預けるまでわしが預かっておくだよ」
一郎「お願いします」

その様子をじっと見つめる富作。

(一郎の帽子)(その帽子を、そっと椅子の上に隠す富作)

女「一郎さんTあちらでお茶でも召し上がっていらっしゃいな」
一郎「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

(一郎、去る)

T村長「村の奴ら、鍛冶屋を村長と同格に考えてけつかる」

T夜ーー
皆が寝静まった真夜中、金庫の前に富作の姿があった。

村長「なにやら物音がするだが……まさか」
富作「しまった……!」
村長「そこにいるのは誰だ!(帽子を手に出てくる村長)これは一郎の!」
T村人「一郎が、寄付金を盗んだといって調べられてるだ」
恭助「そんな……」
T次郎「お父ちゃん、あんちゃんに限ってそんなことねえだよ」
T恭助「いや、都の風がしみこんだだ」

(棒を手に出て行こうとする恭助)

次郎「お父ちゃん!」
恭助「離せ、離せ次郎!」
次郎「いやだ、Tお父ちゃんはあんちゃんを信用できねえだか」
恭助「ああ、Tだから信用できるように鍛え直してやるだ」
次郎「お父ちゃん!やめてくれ!やめてくれ!」
T恭助「次郎よ離せ!離してくれ!」
T次郎「離さねえだ。あんちゃんは悪いことはしねえだから、死んでも離さねえだ」

(取り調べ中の一郎、何かに思い当たる)尋問中、一郎は隙をついて逃げ出した。

男「逃げた!一郎が逃げたぞ!」

おりしも村を襲う嵐の中、ついに家を出て行く恭助。

次郎「お父ちゃん!」
一郎「次郎」
次郎「あんちゃん!」
T一郎「次郎、お前だけは信用してくれ!」
次郎「あんちゃん」
T一郎「犯人の見当はついている。ひとまず逃げて、証拠を掴んでくるんだ」
次郎「あんちゃん……わかった、Tはよう逃げてくれ!」

(暗転)同じ頃、駅の待合所に、富作たちの姿があった。

富作「いいね、これで僕たちの関係は終わったんだからね」
杉本「もちろんだ……Tたいした仕事になったなあ」
女「そうね」

(暗転)(駅に駆け込んでくる一郎)

一郎「汽車は?」
駅員「ついさっき、出ましたよ」
一郎「そうですか(肩を落として去る)」

T珍しく巻き起こった椿事のあと、村は元の静けさに返ったが、しかし……。
(心配そうに見つめる次郎)

盗まれた寄付金の賠償のことで、村長は恭助を訪ねていた。

T村長「あの森だけの抵当じゃ八千円という大金は融通できねえだよ」
T恭助「あの森だけでも一万円くらいの相場は大丈夫と思うだが」
村長「いやあ、とてもとても……そうだな、森の他にこの家を抵当に入れるなら融通してやるだから、よく考えてみるがええだよ」
恭助「……」
村長「じゃあ、失礼するだ」

強欲な村長の幸作は、土地も家も寄越せという。
Tしかし恭助は、一郎を罪人にしないためには、幸作の無茶な要求をも甘んじて受け入れなければならなかった。

T恭助「豊野よ、はよう死んだお前は幸せ者だぞよ」

寂しい一年が過ぎて、再び秋が訪れるころ……。(鍛治小屋)

T向こう槌「親方、今朝聞いただが、お光が富作の嫁に行くちゅうだな」
恭助「ああ」
T向こう槌「お光は子供ん時から富作を嫌っとったがの」
T恭助「お光も可哀想だぞよ。中気のお父っつあんを養ってもらうので、嫌えな婿殿でも我慢するだあよ」

そしてーーTまもなく秋の終わりに近く……ある日。
富作とお光の祝言が執り行われていた。(花婿花嫁が場を去ろうとする)

富作「ーーあっ!」
杉本「久しぶりだね、松岡」

続いて現れたのはーー

T一郎「犯人はわかりました。証人を探して連れてきました」
村長「い、一郎、どういうことだ?」

あの夜、金庫から金の入った袋を盗んだのは、富作であった。彼はその上、一郎の帽子をわざと現場に残して疑いを彼に向けさせたのである。

お光の父「とんでもねえことだ!Tたとえ食えねえで死んでも、泥棒に娘はやれねえだ」
お光「おとっつあん!落ち着いてちょうだい」
恭助「一郎……」
一郎「父さん……いろいろご迷惑をかけて、本当にすみません」
恭助「ええだ……もうええだよ一郎」

ついに疑いは晴れて、固く抱き合う父と子であった。

(うなだれる富作。頭を抱える村長)

村長「まったく……なんてことをしてくれたんじゃ」

翌日。村長が、富作を連れて恭助の家を訪れた。

村長「恭助さんーーTお前に申し訳のため、親の手で町の警察へ連れて行くだよ」
T恭助「お前の心が、俺にはよくわかるだよ。一郎の時があるだでな」
村長「……」
T恭助「しかし、勘弁してあげるだな。せっかく収まった村の騒ぎをやり直すでもあんめえが」
村長「……」
一郎「父さん……」
T恭助「そうしてもらいてえだ……それで、うちの一郎の嫁に、あんたんとこの貞代さんを貰いてえだがーー」
村長「それは……もらってくだせえ」

かくして、長きにわたり村を騒がせた寄付金盗難事件は、幕を閉じた。

そして、T春。駅で汽車を見送る人々の姿があった。
次郎の足は、兄の献身的な治療のおかげで奇跡的に子供の頃のように歩けるようになった。一郎は都会で医院を開業することになり、村長の娘貞代とともに今日旅立つのであった。見送る人々の笑顔、また笑顔。

走り出した汽車に向かって、恭助はいつまでもいつまでも手を振るのであった。昭和四年松竹蒲田作品「森の鍛冶屋」全巻の終わりであります。