拳闘屋キートン
Buster Keaton in Battling Butler
【前説】本日は、足元の悪いなか新宿武蔵野館第四回カツベン映画祭にご来場いただき誠にありがとうございます。活動写真弁士山城秀之でございます。Bプログラム「拳闘屋キートン」はチラシにもございますように当初大森くみこ弁士がつとめる予定でしたが、急遽入院治療のため休演ということで、ワタクシが代演をあいつとめます。なお、大森弁士は先日無事退院、現在自宅療養中で、来月半ばより現場に復帰予定でございます。
「拳闘屋キートン」は、1923年のブロードウェイミュージカル「Battling Butler」のストーリーを換骨奪胎、上質な長編コメディに仕上げた作品で、キートン本人も大変気に入っていた、といわれています。キートン演ずるお金持ちの御曹司アルフレッドの、まるでファッションショーのような衣装の数々や、山に行くのにロールスロイスで乗り込むところ、勝気なヒロインサリー・オニールの健康的な魅力(当時18歳!)、誤解やすれ違いが生む面白さ、そして派手ではありませんが非常に高度なアクションシーンーーボクシングなどやったことのないシロウトがいきなりスパーリングをやらされるときのやられっぷりーーなど、見どころ満載の85分であります。
また、現在市販されている本作のDVDなどの映像は、中間字幕を新たに入れ直したものですが、喜劇映画研究会様からお借りした今回上映する映像は、公開された当時のバージョンでお送りいたします。そういう意味で大変レアな上映であると思います。
長々と大変失礼いたしました。演奏は本映画祭初登場の天宮はるかさんです。このあとFプログラムでも演奏されます。それではどうぞ最後までごゆっくりお愉しみください。
監督 Buster Keaton
舞台「Battling Butler」より
山の少女 Sally O’Neil
彼女の父 Walter James
彼女の兄 Bud Fine
アルフレッド“拳闘屋”バトラー
Francis Mcdonald
彼の妻 Mary O’Brien
彼のトレーナー
Tom Wilson
彼のマネジャー
Eddie Borden
アルフレッド・バトラー
Buster Keaton
彼の執事 Snitz Edwards
(ゴング)(暗転)バトラー家は、遡ればイギリスのある貴族の傍流を祖にもつ名家である。艱難辛苦のすえアメリカに渡ってきた当主の曽祖父は、ほぼ一代で現在に続く富を築き、以来、大英帝国の末裔としての誇りを胸に、南北戦争、第一次世界大戦というふたつの大きな戦争では率先して銃を手に前線で勲功をたてた。(母親に強い口調で何事かいう父親)しかしーー現在当主には大きな悩みがーーそれは、ひとり息子のアルフレッドのこと。
“Alfred, your father thinks a hunting and fishing trip in the mountains might do you a little of good.”
T母「ねえーーアルフレッド、お父様がね、お山で狩りをしたり川で釣りをしたらどうかって仰るのだけれど……」
アルフレッド「狩りとか釣りとかーー?」
父「そうだ!
“Yes — get a camping outfit — go out and rough it. Maybe it will make a man out of you if you have to take care of yourself for a while.”
キャンプの準備をしてーー野外で悪戦苦闘する!ひとりで何でもやらなければならない状況になれば、お前もきっと一人前の男になれるはずだ」
“Arrange it.”
アルフレッド「マーティン、頼むよ」
マーティン「かしこまりました」
幼い頃から病気がちだったせいもあって、母も専属の執事マーティンも、始終アルフレッドにつきっきりであった。(暗転)旅立ちの朝ーー。
アルフレッド「じゃあ、行ってくるよ」
母「気をつけてねアルフレッド……何かあったらすぐ帰って来るのよ」
アルフレッド「うんーー(父親に)行ってきます」
まるで今生の別れでもあるかのように、目にいっぱい涙を浮かべている母。
父「(車に繋がれた大きな荷物を見て)おい、なんだこれは!?何をするつもりだ?」
(暗転)
And so Alfred went out to rough it, leaving the city behind — there was no other place to leave it.
都会を遠く離れ、アルフレッドはお山にやってきた。そこは豊かな自然に囲まれた場所で、人工物など何もなかった。(川のそば、テントが張ってある)アルフレッドのキャンピングセット以外はーー
マーティン「おはようございます」
アルフレッド「おはよう」
マーティン「お食事をお持ちいたしました」
電気ガス水道ーーライフラインはすべて自前で準備してあった。(暗転)食事をすませて、服を着替え、まずはハンティングーー
アルフレッド「いい天気だ。行こう、マーティン」
マーティン「はい坊っちゃま」
アルフレッド「ふむーーまずはここらあたりかな(座る)」
マーティン「坊っちゃま、銃はどれになさいますか?」
アルフレッド「そうだなあ(受け取って)ありがとう(弾をこめる)ーーさて、と」
豊かな自然ーーあふれんばかりの生命力に満ちた空間であった。
アルフレッド「うーん、どこかに獲物は……いないなあ。(狸、狐、鹿)ねえマーティン、
“There doesn’t seem to be a thing here to shoot.”
……どうもこのあたりには獲物らしい獲物がいないみたいだね」
マーティン「そのようでございますね」
アルフレッド「場所を変えようか(歩き出す)(ニワトリがいる)あっ、ニワトリだ!」
サリー「あっ!ーーまあ(後ろを見る)」
アルフレッド「……外れちゃった……結構すばしっこいね」
サリー「お気に入りのハンカチなのに……!(ふたりの前に来て)ちょっとあんたたち!危ないじゃないの!どういうつもりなの?これ私のお気に入りなのよ!どうしてくれるの?今度やったら承知しないわよ!私は本気だからね!いいわね!わかった?」
“Isn’t she pretty?”
アルフレッド「マーティン……あの子、可愛いね」
マーティン「ええ、おっしゃるとおりで」
アルフレッド「ステッキをーー可愛いなあ……うわっ!(倒れる)」
マーティン「坊っちゃま!(銃が暴発)」
サリー「ちょっと!私を殺す気?(石を投げる)待ちなさいよ!ちょっと!」
(ふたりテントに逃げ帰る)
サリー「ふふ……男のくせにだらしないったらありゃしないわ」
マーティン「いやはやーー坊っちゃま、お着替えはこれでよろしいでしょうか?」
アルフレッド「ーーうん」
(暗転)ハンティングの次はフィッシング。
マーティン「坊っちゃま、これを(竿を渡す)」
アルフレッド「ありがとう。いってくるよ」
マーティン「いってらっしゃいませ」
アルフレッド「さてーー魚はいるかなあ。なんだかこの椅子、グラグラするなあ。あれ?ーー鳥がいる」
ここに来て初めてアルフレッドが認識した獲物であった。(ボートに乗って水鳥に近づく)フィッシングはやめてハンティング。(狙いをつけるが弾が入ってない)
アルフレッド「いけない(弾をつめる)……よーし、あっ!(鳥が水に潜る)逃げられたか(銃をしまう)(反対側に鳥が浮かぶ)あ、いた!よしーーあっ!ダメか……あっ、しまったオールが(流された)」
(銃をオールがわりに)
アルフレッド「しようがないなあ……あっ!いた!ああっ!(前屈みになって)どこだ?ーーあれ、あれ、なんだなんだ、どうしたんだ?(沈んで行く)」
サリー「あら、そんなところで何をしているの?」
アルフレッド「釣りをしているんです」
サリー「溺れてるように見えるけど」
アルフレッド「ええ、実はそうなんです」
サリー「大丈夫?」
アルフレッド「ダメかもしれません」
サリー「掴まる?」
アルフレッド「ありがとうーーあっ、痛っ!痛っ!」
テントでは執事のマーティンが昼食の準備中。
マーティン「坊っちゃま!ーーどうされたので?」
アルフレッド「釣りって難しいね。あの、ランチをご一緒にいかがですか?マーティン、頼むよ。僕は、着替えて来ます」
(ランチの準備をする執事)たとえ野外であろうと、きちんとした作法にのっとって普段通りの食事をいただくのが、バトラー家の習わしであった。(骨付き肉に飾りをつける執事)
サリー「私も手伝うわ(リボンをつけて)ーーはい」
マーティン「これはーーどうもありがとうございます」
(正装に着替えたアルフレッド)
アルフレッド「お待たせしました」
マーティン「坊っちゃまーーランチの準備が整いましてございます」
アルフレッド「うんーーどうぞ(椅子を引いてあげる)」
(アルフレッドも座る)
兄「親父、こんなところでキャンプなんかやってる奴がいるぜ」
父「サリーじゃないか?」
サリー「パパ!(立ち上がって)今、ランチをいただいてるところなの」
父「……」
サリー「紹介するわ。
“This is my papa and brother.”
パパと兄さんよ」
アルフレッド「どうも、はじめまして(サリーを座らせて)あの……よろしかったら、ご一緒に……いかがですか?」
父「……いや……結構」
アルフレッド「そうですか……では……失礼して……(座る)」
兄「ランチねえ……(執事の後ろに行く)」
無遠慮な眼差しが、執事の一挙手一投足にそそがれる。(大きな皿を持って来る)さしものベテラン執事も困惑気味ーーと。(呼び鈴)
マーティン「はい、ただいまーーおさげいたします」
父「(胸ポケットから時計を出して)時間だ。行くぞ」
兄「ああ」
アルフレッド「(力強く木の枝を薙ぎ払うふたりを見送って)あの……
“Have you any more brothers or fathers?”
他にもお父さんかお兄さん、いるの?
サリー「いるわけないじゃない」
アルフレッド「安心したよ」
サリー「変な人ね」
都会のお坊ちゃんアルフレッドと、野山で逞しく生きるサリー。お互い生まれて初めて見るタイプの人間であった。少しずつ、ふたりの距離は縮まって行き、それにつれてテーブルは低くなって行く。(執事が次の料理を運んで来る)
マーティン「おや…あの……失礼いたします(テーブルに置く)」
(暗転)ふたりの語らいは、陽が落ちるまで続いた。
アルフレッド「(時計を取り出し)いけない、すっかり遅くなってしまった」
サリー「帰らなきゃ」
アルフレッド「じゃあ、家まで送るよ」
マーティン「(帽子とステッキを渡す)どうぞ」
アルフレッド「うん。行こうか(腕を組む)」
マーティン「いってらっしゃいませ(見送って)おや、まあ、これは!」
サリー「ここが私の家よ」
アルフレッド「いい家だね」
サリー「ありがとう」
アルフレッド「うん……あの……また……あっ」
(父と兄が帰って来る)
サリー「なあに?」
アルフレッド「い、いや、いいんだ。また……」
アルフレッドは、夜道のひとり歩きは初めてだった。
アルフレッド「あれーーどっちだったかなーー」
サリー「……家まで送って行くわ」
アルフレッド「でも……ありがとう」
マーティン「おやーー坊っちゃま!」
アルフレッド「ただいま」
マーティン「おかえりなさいませ」
サリー「じゃあ、また明日!」
アルフレッド「……うん(見送って)あの子、やっぱり可愛いね」
(暗転)翌朝ーー。(業者が氷を届けに来る)いつもとさほど変わらない日常の一コマ。
新聞配達「新聞でーすっ!」
マーティン「ご苦労様」
アルフレッド「なんだか随分天井が低くなったなあって思ってたんだ」
マーティン「新聞でございます」
アルフレッド「ありがとう」
マーティン「(湯船にお湯を入れて)おやーー?」
ふと目に止まった新聞のスポーツ面ーー。
Champion Big Favorite Over Battling Butler
New Arena Will Open Monday
チャンピオン候補“喧嘩屋”バトラー
次なる試合は月曜日!
マーティン「坊っちゃま、
“Some prize fighter has taken your name, sir.”
坊っちゃまのお名前を無断で使っているボクサーがいるようでございます」
アルフレッド「え?(新聞を見る)
“Arrange to stop it.”
マーティン、頼むよ。これやめさせて」
マーティン「かしこまりました」
アルフレッドが今興味があるのはーー
(新聞記事)
Advice to the Lovesick
恋愛相談ーー
アルフレッド「マーティンーー」
マーティン「はい?」
“I’d like to marry that pretty little mountain girl.”
アルフレッド「僕、あの可愛い子と結婚したいんだけど」
“Shall I arrange it?”
マーティン「ーーワタクシにお任せくださいますか?」
アルフレッド「……頼むよ」
マーティン「では早速ーー(出て行く)」
(湯船の温度を見て、入浴剤を入れる)アルフレッドにとって、それは初めて抱いた感情であった。一方執事のマーティンは、サリーの家を訪れた。
マーティン「おはようございますサリー様、
“Mr. Butler would like to marry you.”
バトラー氏が、あなたとの結婚を希望されております」
サリー「結婚ーーですって?」
兄「(近づいて)サリーと結婚したいだって?
“That jellyfish couldn’t take care of himself — let alone a wife.”
自分の面倒もみれないへなちょこ野郎が、結婚だって?ばかばかしい」
マーティンー「なるほどーー(父親を見て)お父上は?」
“We don’t want any weaklings in our family.”
父「ワシらは、弱虫を家族にする気はない」
マーティン「ははあ……今、なんと?
“Weakling!
弱虫、とおっしゃいましたか?いやはやーー
You don’t know who he is.”
坊っちゃまが誰かをご存知ないとは!(新聞を広げ)これをご覧ください」
父「次のチャンピオンだって?」
マーティン「リングネームは“喧嘩屋”です」
兄「あのへなちょこ野郎が?
“What’s he doing here — training?”
ここで何やってるんだ?トレーニングか?」
マーティン「まあーーそうです。いかがですか?(サリーに)お父上のお許しが出ました」
サリー「(エプロンを外す)着替えて来るわ」
一方その頃、恋に悩むアルフレッドーー
(新聞記事)
Advice to the Lovesick by Beatrice Faircatch
ベアトリス・フェアキャッチの恋愛相談室。
I have outlined the following proposal, with the answers you may except:
プロポーズの仕方をご教授いたします。会話例は以下のとおりーー
He”Do you think you could learn to love me?”
男「僕のこと、愛してくれるかい?」
She”Why — what do you mean?”
女「突然ーーどうしたの?」
He”I’m crazy about you.”
男「君に夢中なんだ」
She”This is so sudden.”
女「いきなりすぎるわ!」
He”You’re the only girl I ever loved.”
男「今まで愛したのは君だけなんだ」
She”Give me time to think.”
女「少し時間をちょうだい」
He”No, I must know now.”
男「いや、今答えがほしい」
She”Have you ever proposed to any other girl?”
女「他の子にプロポーズしたことはある?」
He”Don’t you care of for me just a little?”
男「少しは気になるのかい?」
She”I don’t know.”
女「さあ……」
He”It means everything to me.”
男「答えて」
She”What will father say?”
女「父さんが何ていうかしら」
He”Will you marry me?”
男「結婚してくれるかい?」
She”Do you really mean it?”
女「本気でいってるの?」
He”Yes.”
男「もちろん」
She”Yes.”
女「ーーわかったわ」
アルフレッド「長くて覚えきれない……(帽子に仕込む)ええと、僕のこと……僕のこと、愛してくれるかい?……君に夢中なんだ……今まで愛したのは……今まで愛したのは……」
マーティン「リングに上がった坊っちゃまの強いことといったらーー相手のパンチなど、かすりもしません」
父「……」
マーティン「では(新聞を取って)ーーごきげんよう」
兄「……」
サリー「こんにちは」
アルフレッド「や、やあーー話があるんだ。(ベンチに案内する)あの……その……
“Do you think you could learn to love me?”
僕のこと、愛してくれるかい?」
“I have.”
サリー「ええ、もちろん」
アルフレッド「そうーーえっ?あ、じゃあ、話が早い(記事を細くちぎって)結婚しよう(キス)ああ、よかったーー」
“When are you going to fight again?”
サリー「ねえ……今度いつ戦うの?」
アルフレッド「戦う……?そ、そうだね、
“When I’m drafted.”
召集されたら、かな」
サリー「召集?違うわ。
“I mean, who do you fight next?”
次の試合の相手は誰なのってことよ」
アルフレッド「試合……?誰が?」
マーティン「坊っちゃま!これ!これです!(新聞を指す)」
“Yes.”
アルフレッド「ああーーそうだね、試合ね」
マーティン「(ボクシングの真似)これです!これ!」
アルフレッド「ええ?ーーどういうこと?」
マーティン「まったくもうーー
“Sir, it’s time to take your liniment.”
坊っちゃま、お薬を塗る時間でございます」
アルフレッド「え、お薬ってーーちょっと……あ、待ってて」
(テントの支柱がまた倒れる)ここで、お話がどういう風にもつれているのか、マーティンが丁寧に説明をする。
マーティン「サリー様のご家族は結婚に反対でございました。そこで、坊ちゃんを同じ名前のボクサーだということにしたのです」
アルフレッド「僕がボクサー?」
サリー「……あら!」
(父と兄がやって来る)
アルフレッド「僕はボクサーじゃない」
マーティンー「もちろんでございます。
“These people will never know the difference — the champion will win and no one will ever hear of Battling Butler again.”
けれど、ここの人間にその違いなんてわかろうはずがございません。次の試合でチャンピオンが勝てば、喧嘩屋バトラーの名前などみんな忘れてしまうでしょう」
アルフレッド「うーん……そうかなあ(テントを出る)あっ!」
兄「よぉ!握手してくれ!」
アルフレッド「あーーはい」
父「チャンピオンが身内になるなんて、滅多にあることじゃない」
兄「俺も誇らしいぜ」
父「そうだ!
“If you’re going to fight tomorrow you’ll have to hurry to catch the train.”
試合は明日だろ、急がないと、列車に遅れるぞ」
アルフレッド「そ、そうでした……
“Arrange the train.”
マーティン、頼むよ」
マーティンー「かしこまりました」
兄「それにしてもこんな体でチャンピオンってなあすごいなあ」
アルフレッド「え、ええ、まあ」
(暗転)ニセボクサー・喧嘩屋バトラーのお見送り。
兄「応援してるぜ!」
アルフレッド「ええ、ありがとうございます(サリーに)じゃあ、行って来るよ」
サリー「ええ……頑張ってね」
恋人に見送られ旅立って行く。(タラップに座り込むアルフレッド)しかしアルフレッドの顔は晴れやかなものではなかった。生まれて初めて出来た愛する人……けれど彼は、その愛する人に嘘をついてしまったのである。(暗転)
“In this corner we have Battling Butler.”
リングアナ「青コーナー、挑戦者“喧嘩屋”バトラー!」
立ち見まで出た場内は熱気に包まれていた。(バトラー、挨拶)そこには、
Butler’s trainer and manager.
バトラーのトレーナーとマネジャーもいた。
トレーナー「調子がよさそうだ」
マネジャー「これからどんどんのし上がってもらわないと」
その隣に、アルフレッドと執事。
“— the Lightweight Champion.”
続いて、ライト級チャンピオンが紹介されるーー
アルフレッド「強そうだね、チャンピオン(拍手)」
トレーナー「(ジロッと睨む)んん?」
サリーの家では、家族総出でラジオの中継に耳を澄ませていた。
父「いよいよだぞ!」
“The Alabama Murderer challenges the winner.”
リングアナ「この試合の勝者にアラバマの殺人鬼が挑戦することになります!」
(スーツ姿のアラバマの殺人鬼が挨拶をする)礼儀正しい殺人鬼。(ゴング)試合スタートのゴングとともに、両選手リングの中央に突進する。チャンピオンのフットワークは快調。ついに右ストレートがバトラーの顎を捉えた。たまらずダウン。
トレーナー「おい、何やってるんだ!早く立て!」
何とか立ち上がったバトラーに、チャンピオンが襲いかかるーー
トレーナー「ああっ、何やってるんだ!もっとこうだ!こうするんだ!違う!こうだったら!(隣のアルフレッドにぶつかる)」
バトラー、クリンチで体勢を整えるがーー
トレーナー「そうだ!右!左!もいっちょ右!いいぞ!」
しかしチャンピオンの勢いはとまらない。ーーと、ここでラウンド終了。(ゴング)
レフェリー「ストップ!コーナーに戻って」
トレーナー「うーん、まずいな……ああ、すまんすまん。つい熱くなってしまった」
アルフレッド「あの人おかしいよ、もう何回もここ殴られたんだけど」
観客も大興奮。(ゴング)
トレーナー「よし、行け!いいか、もっと足を使うんだ!そうそう、そうだ!いや、違う!」
チャンピオンのボディブロー。バトラー二度目のダウン。
トレーナー「ダメだ……せっかくのチャンスが……」
それでもバトラーは立ち上がる。チャンピオンのラッシュ!ロープに追い詰められるバトラー。しかし、乾坤一擲のボディがーー!
トレーナー「あっ(立ち上がる)まさか……まさか!」
レフェリーがバトラーの右手を高々と上げた。
トレーナー「やった!やったぞ!(マネジャーと固い握手)」
父「……勝った。奴が勝ったぞ!」
これぞボクシング!たった一発のパンチで試合をひっくり返した喧嘩屋バトラーを観衆は大声と拍手で祝福する。(茫然とするアルフレッドと執事)
サリー「あの人が勝ったわ!」
トレーナー「おい!よくやった!よくやったぞ!」
しかしーーアルフレッドは(誰もいなくなった会場)
“I’m champion.”
アルフレッド「マーティンーー僕、チャンピオンになっちゃった。僕じゃないけど」
“That means you cannot go back to the mountains, sir.”
マーティン「つまり、もうあのお山には戻れないということでございますよ、坊っちゃま」
“You’re wrong, I’m going back and tell her the truth. I’d rather lose her that way.”
アルフレッド「いや、違うよ。僕は戻って、彼女に本当のことをいわなければ。それで、彼女を失うことになるだろうけれど」
(ポケットから、彼女に贈るつもりだった指輪を出す)
アルフレッド「もうこれも、必要なくなったな……マーティン、これ持ってて」
マーティン「かしこまりました」
アルフレッド「(暗くなる)え、これ暗転じゃないよね?やっぱり暗転か……」
(暗転)帰りの列車のなかーー行きと同じく浮かない表情ながら、アルフレッドはいっそ清々しい気持ちだった。何より、嘘をついたままでいることには耐えられなかったのだ。(喧嘩屋バトラーとトレーナーが両隣に座る)
マーティン「坊っちゃま、まもなく着くようでございます」
アルフレッド「そうかーー(立ち上がる)」
そのころ駅では、大変な人だかりがーー
バトラー「おい、俺の名前があんなにでっかく……大歓迎じゃねえか」
トレーナー「まあ当たり前だ。何しろ新チャンピオンなんだからな」
しかしーー(ひっそり降りるアルフレッドと執事)
Welcome Battling Butler
人々のお目当てはーー
父「おい、あっちだ!」
トレーナー「ん、なんだ?」
父「おめでとうチャンピオン!」
兄「俺も鼻が高いぜ。何しろ義理の弟がチャンピオンなんだからな!」
トレーナー「どうなってるんだ?」
バトラー「ーーさあ」
父「俺たちのチャンピオンが帰ってきた!ーーさあ、派手にやってくれ!」
サリーの父が用意したマーチングバンドが高らかに音楽を奏でながら行進をはじめる。(呆然と見送るバトラーとトレーナー)
Welcome Battling Butler world’s lightweight champion
目抜通りには「歓迎!世界ライト級チャンピオン喧嘩屋バトラー」の横断幕。
(動き出す列車。狐につままれたようなバトラーとトレーナー)
アルフレッドも何がなんだかわからない。(子供たちに囲まれる)(カメラマンが前から撮ろうとするが、人々にぶつかる)行進はやがて当然のようにサリーの家へ入って行く。(カメラマンが狙うが子供が前に立って)
子供「ねえ、何を撮ってるの?」
父「さあ、チャンピオン。よく帰って来てくれた。みんなも集まってくれてどうも!(兄に)チャンピオンを頼むぞ」
兄「わかった。さあチャンピオン、こっちだ」
父「(部屋の奥をのぞいて)ーーじゃあ、頼む」
マーチングバンドが奏でるのはーーウェディングマーチ。そして音楽に乗って、花嫁の父と腕を組んで歩いて来るのはーー
アルフレッド「…‥サリー」
当然神父も呼ばれていた。
マーティン「いやはやーーあっ!」
神父「汝アルフレッド、病めるときも健やかなるときも、妻を愛して妻に寄り添うことを誓いますか?」
アルフレッド「ーー誓います」
神父「汝サリーーー」
マーティン「いけない、指輪指輪ーーあった!」
神父「では、新郎より誓いの指輪を」
マーティン「坊っちゃまーー(指輪を渡す)」
アルフレッド「ありがとう」
神父「では、これをもってふたりの結婚は神に認められました」
父「おめでとうチャンピオン、サリーをよろしく頼むよ!」
アルフレッド「え、ええーー」
父「よかったなサリー」
男「おいーーおいったら、大変だぞ!俺たちのチャンピオンのことが新聞に載ってる!」
(執事、覗き込む)
(新聞記事)
Battling Butler to fight Alabama Murderer
New Champ to Defend Title Thanksgiving
Starts Training at Silver Hot Springs Tomorrow
喧嘩屋バトラー、アラバマの殺人鬼と対戦
新チャンピオンのタイトル防衛戦が決定!
チャンピオン陣営はシルバーホットスプリングスで明日からトレーニング開始
父「なるほどーー早速防衛戦だぞ!
“That means you have to leave right away.”
ということはだ、すぐにここを出発しないとダメってことだな」
“Arrange it.”
アルフレッド「マーティン……頼むよ」
マーティン「かしこまりました」
“I’ll hurry and pack my things.”
サリー「じゃあ、私も急いで荷造りをしないといけないわね」
アルフレッド「うん……いや、いけない(サリーを追いかけて)サリー、
“I’m sorry, but you can’t go.”
残念だけどーー君は行けないんだ」
サリー「どうして?妻なのに?」
“I wont you to know me as I am — not as the brutal, blood-thirsty beast that I am when fighting.”
アルフレッド「君には、今のーーこのままの僕だけを知っていてほしいんだ。試合のときの、野蛮で血に飢えたケダモノのような僕ではなくね」
サリー「……でも」
“Promise me you will never come near the training camp or to see me fight.”
アルフレッド「だから約束してくれないかサリー。トレーニングキャンプの近くにやって来たり、試合を観に来ることは絶対にしないって」
サリー「……」
アルフレッド「ごめんよ、サリー(帽子とステッキをてに)ではーー行ってきます」
式を挙げたばかりで、慌ただしい旅立ち。
アルフレッド「(キス)行って来るよ(車に乗り込む)」
マーティン「ではーー」
サリー「(後部の窓を叩く)あなた!」
アルフレッド「ああーー(窓越しにキス)ねえ、マーティン、
“Where do we go from here?”
ここからどこに行く?」
“We’d better go to Butler’s training camp, sir, so that you can answer her letters from there.”
マーティン「バトラーのトレーニングキャンプに行きます。そうすれば、サリー様からのお手紙に返事が出せますので」
アルフレッド「そうか……わかった」
(暗転)シルバーホットスプリングスホテル。もうひとりのアルフレッド・バトラーは、チェックインをするところだった。
Silver Hot Springs Hotel Register
Alfred Battling Butler and wife
リング上では華麗なフットワークで相手を翻弄する喧嘩屋だが、普段は奔放な妻に振り回されていた。(フロントの男と見つめ合う妻)
バトラー「(肘でこづく)おいっ!」
妻「……(ピンを尻に刺す)」
バトラー「……んっ!」
妻「ここ、いいところね」
フロント「そうですね」
バトラー「ありがとう(去る)」
No Admittance
トレーナー「遅いな」
バトラー「待たせたな。じゃあ、始めるか(トレーニング場に入る)」
妻「何にもないところねーーつまんない」
アルフレッド「マーティン、
“Drive carefully. These country folks may not be used to city speed.”
安全運転で頼むよ。このあたりの人は、都会のスピードに慣れていないだろうから」
マーティンー「かしこまりました」
しかしーー法定速度や交通ルールを守っているのはアルフレッドの車ばかりのようで。
アルフレッド「どうしたのかな。みんな気が立ってるのかな」
マーティン「さあ……」
アルフレッド「とにかく、安全運転で!」
マーティン「はい」
アルフレッド「まいったなーーあっ!」
(並走してくる対向車)
アルフレッド「危ない!」
妻「最悪だわーーヒールが取れちゃった……あら?」
(広い交差点)(おっかなびっくり出て来るアルフレッド)
アルフレッド「よし、今なら大丈夫」
妻「この先のホテルまで行くの?」
マーティン「はい」
妻「そう(乗り込む)じゃ、乗せてって」
マーティン「ーーええ?」
アルフレッド「よし、じゃあ行こうーー失礼、間違えました。あれーーでも、これは僕の……あ、危ない(乗り込む。車、動き出す)あのーー」
妻「ヒールが取れちゃったの」
アルフレッド「ああ……そうですか……眩しいな(シェードを下ろす)」
妻「暗いじゃない(上げる)」
アルフレッド「眩しい(シートに深く座る)」
妻「眩しいわ(シェードを下げる)」
アルフレッド「ーーいや、暗いでしょ(上げる)」
妻「あなたーー面白い人ね」
そうこうしているうちに、ホテルに到着。(車から降りたアルフレッド、妻に手を貸す)
妻「ありがとう」
アルフレッド「いいえ、どういたしましてーーあの、これ(忘れ物です)」
妻「ありがとう」
アルフレッド「マーティン、チェックインしておくよ」
バトラー「……なんだあの野郎は?」
(宿帖にサインするアルフレッド)
フロント「こちらがお部屋の鍵になります」
アルフレッド「ありがとう」
Alfred Butler and man
バトラー「(覗き込んで)アルフレッド・バトラーだって?」
(暗転)防衛戦に向けたトレーニングが始まっていた。(パンチング人形に向かってパンチを繰り出すバトラー)
トレーナー「次はスパーリングだ。しっかりやれ!」
バトラー「よしっ!(飛び出す)」
アルフレッド「トレーニング場はーーここかな?(中を覗く)ここだーーあれ?あなたは……」
妻「あら、こんにちは」
“How’s your heel?”
アルフレッド「ヒールの調子はどうです?」
妻「ヒール?ああ、彼のこと?憎まれ役ってよく知ってるわね。
“He’s all right.”
彼は大丈夫よ」
アルフレッド「え、靴のこと彼って呼んでるんですか?」
バトラー「ーー何やってやがる」
(相手のボクサー、ボディを殴る)
アルフレッド「珍しいですね。あーー失礼」
バトラー「あの野郎っ!(一発で倒す)」
トレーナー「よし、いい調子だ。それでいいぞ」
(妻とアルフレッド、出て行く)
妻「(外に出て)私、部屋に戻るわね。また会いましょう」
アルフレッド「ええ、ではーーあっ!サリーっ!」
(道の向こうから、旅行鞄を下げたサリーがやって来る)
アルフレッド「えーーなぜ?なぜサリーが?(隠れる)」
愛する人がトレーニングに励んでいるそばにいたいーーサリーは意を決してやってきたのであった。
アルフレッド「まいったな……どうしよう……」
トレーナー「よし、次だ。おい、バトラー
“Let’s go out for a little road work.”
外に出て、ちょっとロードワークするぞ」
バトラー「わかった」
アルフレッド「外に行くのか?ーーなら(中へ)」
トレーナー「おい、早くしろよ。行くぞ」
(執事がサリーに気づく)
マーティン「あっーーこれはまたーーいやはやーーどうしたものか」
トレーナー「いいか、川原で折り返すルートだ。行くぞ」
マネジャー「え?ーー誰?」
サリー「(走るアルフレッドに手を振る)頑張ってーっ!」
(角を曲がったところで走るのをやめる)
マーティン「これはまた大変なことになりましたぞ……」
アルフレッド「……ふう(腰を下ろす)」
マーティン「坊っちゃまーっ!(角を曲がって)あれ?いない……坊っちゃま!」
(顔を見合わせるふたり)
Eight miles later.
8マイルほど走ったところでーー
アルフレッド「帰って来た!」
そしてロードワークに合流するアルフレッド。その彼を出迎えるサリー。
サリー「アルフレッド……会いたかったわ」
アルフレッド「サリー(キス)……
“I’m glad you came to see me — now you must go right back home.”
来てくれたのはとても嬉しいけどーー君は今すぐ帰らなきゃいけないよ(旅行鞄を持って来て)約束だよ。さあ!じゃあーー」
サリー「(アルフレッドの手を掴んで)いやよ!私帰らないわ!絶対帰らないから!」
マーティン「あの、サリー様、ちょっと落ち着いてください」
“I won’t go home! I’m going to stay right here and help you train.”
サリー「私帰らない!ここに泊まって、あなたのトレーニングを手伝うんだから!(鞄を執事に渡す)これ、運んでちょうだい」
マーティン「あの、サリー様ーー」
アルフレッド「どうしよう……」
トレーナー「……誰だ?」
アルフレッド「いったいどうすればいいんだ(着替えて出て行く)」
マネジャー「誰でしょう?」
(暗転)(部屋に帰って来るアルフレッド)
妻「あら、こんにちは。ちょうどよかった。部屋の電球を取り替えたいんだけど、手伝ってくださる?」
アルフレッド「ええ……」
バトラー「またあの野郎だ……」
妻「あれなんだけど」
アルフレッド「わかりました(テーブルに上がる)」
バトラー「(ドアに近づいて)ーーあっ!消えた!(中に飛び込む)おい!何してやがる!」
妻「何よりいきなり?」
バトラー「あいつはどこだ?どこに隠れてやがる!」
暗闇に乗じて逃げ出したアルフレッド。
マーティン「坊っちゃまーー?」
(耳を澄ませているアルフレッド)
バトラー「(飛び出して来る)ちくしょーっ!どこに行きやがった!」
サリー「どうしたの?」
アルフレッド「いやーーなんでもないんだ」
バトラー「あいつと浮気してたんだろ!」
妻「電球を替えてもらってたのよ」
バトラー「そんなの俺がやってやる!(テーブルに上がって、電球を外す)(落ちて、割れる)(大きな男)」
アルフレッド「あっーー撃たれた……」
(暗転)翌朝ーーバトラー夫妻には、あれからまだひと悶着あったようでーー(雑誌を読んでいる妻。左目に大きな痣)隣に座るサリー。(刺繍を始める)
“Compliments of Mr. Butler.”
男「バトラーさんからです」
妻「……ふーん」
サリー「あの人から……?」
妻「(ひとつ摘んで)何これ……まずい……」
サリー「(睨んでいる)」
妻「欲しい?すっごくまずいけど」
サリー「あなたってなんて失礼な人なの!私の夫の贈り物を勝手に食べてまずいなんて!」
妻「何いってるの、私の旦那からの贈り物よ」
サリー「違うわ!私の夫よ!」
妻「バトラーは私の旦那よ!」
マーティン「これはーーいやはやーー」
バトラー「……何やってるんだ?」
(いい争っているふたり)
アルフレッド「ーーあっ!まずい……(階段でつまづく)あっ!」
サリー「あなた!ちょっとまって!
“That woman says she’s married to you, too.”
あの女が、自分もあなたと結婚してるっていうの!」
アルフレッド「そりゃ変だね」
サリー「ちょっと待ってったら!」
バトラー「ーー何なんだ?」
マーティン「ーーうむ、そうだ。
“— so you see, sir, it would wreck his home if she knew the truth. Won’t you be a good fellow and fix it for him.”
バトラーさん、彼女が真実を知れば、お二人の関係は破綻してしまうでしょう。そこで、事態を納めるために、ご協力願えませんでしょうか?同姓同名のよしみでーーどうか」
バトラー「なるほどーー同姓同名のよしみね……わかった」
マーティン「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
アルフレッド「僕が嘘をつくわけがないじゃないか!中で話そう」
サリー「いや、あの人にちゃんといってちょうだい」
バトラー「ーーよぉ。大変そうだな」
アルフレッド「……いや……その」
バトラー「なあハニー、
“My dear, we are not the only Butlers here. This is the Lightweight Champion, Mr. Battling Butler, and his wife.”
どうもここにはバトラーが他にもいるらしいんだ。こちらはライト級チャンピオン、喧嘩屋バトラーさんとその奥さんだ」
妻「なにをいってるの?」
バトラー「そうなんだよ!(サリーに)どうもうちのがご迷惑をおかけしたようですみません」
サリー「わかってもらえればいいですわ」
バトラー「チャンピオン、防衛戦楽しみにしてますよ」
アルフレッド「あ、ああ、どうも」
バトラー「さ、行くぞーーああ、チャンピオン
“Don’t forget your date Thanksgiving.”
感謝祭の日を忘れないように」
“What date?”
アルフレッド「ーー何の日のことかな?」
“With the Alabama Murderer.”
バトラー「アラバマの殺人鬼とのデートの日さーーじゃあな」
トレーナー「おいバトラー、どういうことだ?」
“If he wants to be Battling Butler let him fight the Alabama Murderer, and he’ll never flirt with anybody else’s wife.”
バトラー「やつは喧嘩屋バトラーになりたいんだそうだ。だからアラバマの殺人鬼と試合をさせて、ひとのかみさんといちゃつく暇をなくしてやるんだよ」
トレーナー「おい、そんなこと出来るわけが」
“I’m through —get him in shape the best you can.”
バトラー「とにかく俺は降りる。ま、出来るだけやつを鍛えてやるこった。行くぞ」
トレーナー「おい、待てよバトラー……冗談じゃないぞ。あいつをーー?」
(アルフレッドのところへ行くトレーナー)
トレーナー「立ってみろ…‥細いな」
マーティン「いやはや……これはまた……」
トレーナー「顎も……細いな……」
(暗転)かくてにわか仕込みのチャンピオンが誕生した。
トレーナー「いいか、とにかくボクシングはフットワークと的確なパンチだ。よし、グラブをつけろ(執事にグラブを渡す)」
マーティン「……いたしかたありません。坊っちゃまーーこうなった以上、やるしかないのかもしれないのでしょうがーーワタクシの意見といたしましては
“Don’t you think it advisable, sir, to give this up?”
おやめになった方が賢明ではないか、と思われます」
“No, Martin, I’d rather be killed by the Alabama Murderer than have her know.”
アルフレッド「いや、マーティン、彼女に真実を告げるよりアラバマの殺人鬼に殺される方がマシだ」
マーティン「でもございましょうが……よ……は……」
アルフレッド「これで大丈夫かい?」
マーティン「おそらく……」
トレーナー「おい、今からあいつとスパーリングだ。いいか、相手はシロートだが、加減なんかしねえでいつも通りやれ」
マーティン「坊っちゃまーー」
トレーナー「準備できたか?始めるぞ」
華麗なるロープインがいかに難しい技術を要するか、このシーンを見る者すべてが痛感することだろう。逃れようとすればするほど絡みついて来るロープ。
トレーナー「ええい、ふざけてるのか!ーー早く入ってこい」
(下を潜ってイン)
“Put up your hands.”
トレーナー「腕を上げてみろーーそうじゃない、こうだ!よし……なんだ、グラブが逆だ……よし、構えて……違う!……手はこう……足はこうだ!よしーー始め!」
(アルフレッド、トレーナーを見ている)(相手のストレートでダウン)
トレーナー「おいおい、何やってるんだ!さあ、もう一度だ!ファイト!」
ここでアルフレッドが披露するのはフットワーク、ローリング、ウィービング、スウェーバック、ブロッキングの数々ーー問題はすべてが我流ということであった。
トレーナー「おい、逃げてばかりじゃダメだ」
そしてダッキング。もとい、ダッコキング。相手は前へ前へーーアルフレッドはついにリングの外へエスケープ。
マーティン「坊っちゃま、大丈夫ですか?」
トレーナー「早く戻れ!ほらーー早く!」
マネジャー「こんなんじゃアラバマのやつにやられちゃうぞ」
マーティン「坊っちゃま、やはりおやめになった方がーー」
アルフレッド「いや、やるよ」
マーティン「いや、しかしーー」
トレーナー「よし、少し休んでろ。次はお前だ。手加減するな!行け!」
男「えい!」
アルフレッド「あっ!」
(アルフレッドは片手でスパーリング)
マーティン「ああ、失礼いたしました!ロープごと結んでしまいました!」
アルフレッド「早くほどいて!マーティン!早く!」
(ついにふたり、腹這いのまま殴り合い)
男「なんだこの野郎!」
トレーナー「ふたりともやめろ!やめろったら!これはボクシングだぞ。立ち上がってーー」
トレーナーも交えて、くんずほぐれつーーアルフレッドはその中で、かたくなにトレーナーの指示を仰いで、防御と攻撃を繰り返す。
アルフレッド「ちょっと、マーティン、この人しつこい!」
トレーナー「ブレイク!おい、何する!いいか、レフェリーがブレイクといったら攻撃をやめるんだ」
アルフレッド「そうだ!」
トレーナー「お前は頭に血が昇りやすい。そこがお前の弱点だぞ」
アルフレッド「そうだ」
トレーナー「お前はブロッキングがなっちゃいない。ちゃんと相手の攻撃をふせがないと、一発くらったらもうおしまいだからな。よし、はじめ!」
ジャブ、ジャブ、ブロックしてストレート、アッパーカットーートレーナーのいうとおりパンチを繰り出すアルフレッド。しかしいかんせん、すべてはワンテンポずれているであった。
アルフレッド「アッパー、アッパー、ジャブ、ジャブ、フック!(空振りで転ぶ)」
トレーナー「ダメだ……」
相手はなおも激しく攻めて来る。マーティンは手に汗を握りながらみているしかない。スパーリングは、次第にボクシングではない何かに変わりつつあった。
トレーナー「違う!違う!(尻を蹴る)」
アルフレッド「(殴られながら)もういやだ!(グラブを外す)帰る!」
トレーナー「どこへ行くんだ(コーナーに座らせて)グラブつけろ。お前はもういい」
マーティン「坊っちゃま、大丈夫ですか?坊っちゃまはとてもよくやってらっしゃいますよ。本当によくやってらっしゃる。悪いのは全部あいつです。見ててごらんなさい、あいつはいずれ警察に捕まってブタ箱行きです」
トレーナーはついに自らスパーリングパートナーになることにした。
マーティン「あのトレーナーもロクなもんじゃありません。自分は手を出さずに口ばかり。大丈夫、坊っちゃまの敵ではありません」
アルフレッド「いやだ!」
マネジャー「おいおい、どこへ行くつもりだ!お前は防衛戦で戦うんだぞ。この試合には莫大な金がかかっている。やるんだ!(颯爽とリングイン)」
アルフレッド「……ようし(真似するが失敗、また下から潜る)」
トレーナー「いいか、俺が手本を見せてやる。アッパーカット、フック!いいな、こうやればいいんだ。じゃあ、スパーリングやるぞ」
マーティン「むむ……今度坊っちゃまにひどいことをしたら……(壁にかかっているピンを手に)」
男「勝手に持ち出すんじゃない」
マーティン「……」
そこへ、サリーが見学に現れた。
トレーナー「いいか、相手がストレートで来たらーーそうだ!それでいいんだ。わかったな?」
アルフレッド「はいーーサリー!」
トレーナー「じゃあいいか?」
アルフレッド「あーーはい」
トレーナー「よし、スパーリングスタート!」
愛する人の目の前で、無様に殴られるわけには行かないーーアルフレッドは両手を思い切り振り回した。
サリー「……すごいわ。すごいじゃないの!」
アルフレッド「(フラフラになって)ちょっと休憩……(グラブを外し、リングの外へ)」
(パンチング人形にパンチ。逆に人形の腕が当たる)アルフレッドは、今や心身ともに衰弱の極みにあった。(ベッドに倒れ込む)(別のトレーナーがマッサージを始める)
アルフレッド「いや、ちょっと痛ーー」
(暗転)チャンピオンベルト防衛戦に向けて、トレーニングは続く。(ロードワーク)
トレーナー「ちょっと待て、靴紐が緩んだ(屈んで紐を結び直す)ーーおい、何休んでる!回りを走ってろ!ーーよし、行くぞ!」
アルフレッド「(自動車がやって来る)ちょうどいいところへ!ホテルまで頼む!」
(自動車Uターンして)
アルフレッド「疲れた……」
しかし田舎の交通事情はーー(交差点で横からぶつけられる)
運転手「危ないじゃないか!」
トレーナー「あいつらどこへ行った?」
アルフレッド「(表示器を上げて)腕を上げないとーーあっ!(足踏みを始める)」
トレーナー「(走りながら)ロードワークが終わったらスパーリングだぞ」
アルフレッド「そんな!休憩ください」
トレーナー「ダメだ!」
アルフレッド「そんな、トレーナーお願いで(川にハマる)」
トレーナー「ドジな野郎だーー行くぞ!」
ぬかるみに足を取られながら地獄のようなロードワークは続く。(暗転)
By dinner time the only thing Alfred had on his mind was his stomach.
夕食の時間までに、アルフレッドは胃袋だけの存在になったような気がした。
(マーティンがカクテルを注ぐ)
アルフレッド「(その香りに)ああ、生き返るような気持ちだよ」
トレーナー「(グラスを持って)ダメだ。お前は体重を維持しなくちゃならない。お前が食えるのはこれだけだ。(ミルク一杯とビスケットと棗?)ーー食え」
(暗転)
And so for three weeks Alfred trained and starved and suffered and ached and bled and groaned and hoped and prayed and — and then came the storm.
それからの3週間、アルフレッドはトレーニングをし、飢えに苦しみ、痛みをこらえ、血を流し、うめき声をあげ、神に祈り、そして......そして嵐のような試練に立ち向かうのだった。時は11月26日、感謝祭の夜ーー。ライト級チャンピオン・喧嘩屋バトラーの防衛戦である。
(ポスター)
Olympic Auditorium
Thanksgiving Night
Nov. 26 1925
Championship bout
Battling Butler vs. Alabama Murderer
15round
Semi windup
Joe Slattery vs. One Round Hogan
トレーナー「遅いーー遅い!何をやってるんだ!」
アルフレッド「……どうも」
トレーナー「なんだその格好は?ーー(蹄鉄を持って)こんなもの、何の役にも立たんよ!早いとこ着替えちまえ!」
アルフレッド「……(脱ぎ始める)」
トレーナー「もうすぐ前座の試合が始まるところだ」
控え室の覗き窓から、リングを見下ろすことが出来た。ぎっしりとひしめきあっている観客席。
アルフレッド「……気持ちが悪い」
“I persuaded her to stay at the hotel — so she won’t see you fight.”
マーティン「ホテルにいるように奥様を説得いたしました。ですから、今日の試合を見に来ることはございません」
アルフレッド「そうか……よくやってくれた」
トレーナー「おい、それも脱いじまえ!」
アルフレッド「……ああ……はい」
リング上では、前座の試合が始まろうとしていた。(ゴング)観客は早くも興奮して立ち上がって声援を送る。開始早々、ダウン。
トレーナー「なんだ、ずいぶん早いな(覗く)おい、鼻から血をダラダラ流してやがるぜ。目の上もこんなに腫れてよお。耳は半分ちぎれてるし、ありゃあ鼻の骨が折れてるな」
そこへ入って来たのはーー(最後にじろりと一瞥)
アルフレッド「あれがーーアラバマの?」
トレーナー「そうだ。アラバマの殺人鬼。お前の相手だ」
リングの上では二度目のダウンに観客がわっと沸いた。
トレーナー「おっ、またダウンか?(覗く)もうダメだな、下唇がこーんなに腫れ上がってよ、血反吐はいてやがるし、肋骨の二、三本は折れてるに違いない」
マーティン「坊っちゃま、ちょっとよろしいですか。
“I thought it best to prepare for the worst, sir.”
差し出がましいようですがーーあれをご覧ください。最悪の事態に備えるべきか、と」
(外を指すと救急車が止まっている)
マーティン「ワタクシ、もう一台ご用意いたします」
アルフレッド「…‥ああ、頼むよ」
そこへ運ばれて来た担架。載せられているのは、さっきまであのリングの上で拳をふるっていた選手だった。
トレーナー「やっぱりダメだったか」
アルフレッド「……」
アラバマ「ウォーミングアップだ」
トレーナー「ーーおう、さあ来い」
アラバマ「えい!」
(トレーナー、一回転して、伸びる)
アルフレッド「どうしよう……あんなの絶対に勝てない……いや、それどころか。よし!」
幽体離脱の逆〜。(担架の上の選手の上に重なる)
救急隊員「よし、運ぶぞ(持ち上げる)うっ、なんだ重いぞ……お前誰だ?」
選手「俺はまだ負けてねえ……ジャブ、ジャブ、ストレート!」
トレーナー「おい、落ち着け!お前はもう負けたんだ!大人しく病院へ行け!」
(運ばれて行く担架)
トレーナー「お前もこの後に及んで逃げようなんて思うんじゃねえぞ、いいな」
男「こちらです」
サリー「ありがとう……あなた」
アルフレッド「えーーサ、サリー!?どうして来たんだい?」
サリー「どうして来ちゃいけないの?」
アルフレッド「それはーー」
マーティン「ああ、これは……いやはや」
“See that she gets a good seat.”
アルフレッド「マーティン、彼女がいい席で見られるようにーー(意味深に)頼む」
マーティン「かしこまりました」
サリー「ねえあなた、
“I hope you win — father and brother wrote that they’ve bet all their money on you.”
きっと勝ってね。父さんも兄さんも全財産をあなたに賭けてるのよ」
アルフレッド「……わかったよ」
サリー「……じゃあ」
トレーナー「よし、時間だ(ガウンを取る)行くぞ」
マーティン「ええ、よいお席はすでにーーそうだ、こちらからどうぞ!(鍵を閉める)」
サリー「あら、カギがかかってるわ!開けて!開けてちょうだい!」
マーティン「奥様、申し訳ございません」
トレーナー「いいか、俺が教えたことをもう一度思い出せ。やってみろ!」
アルフレッド「はい……アッパーカット、ボディ……」
トレーナー「おい、しっかりしろ!」
そのとき、客席から一際大きな歓声が上がった。
“Butler!”
観客「バトラー!」
“Butler!”
観客「バトラー!」
トレーナー「お、もう終わったか?(覗く)」
そこにはーーマットの上にながながと伸びるアラバマの殺人鬼の姿。
肩で息をしながら立っているのはーー
“That was Battling Butler —he fought!”
アルフレッド「あれはーー喧嘩屋バトラー!彼が戦っている!試合をするのは僕じゃなかったんですか?」
トレーナー「ぶはははは!そんなバカな!
“You didn’t think we’d throw away a championship just to get even with you.”
お前への仕返しのためにチャンピオンシップを放り出すわけがないだろう?茶番は終わりだ。じゃあな」
アルフレッド「どういうことです?」
トレーナー「あのな、俺たちはな、お前に付き合ってトレーニングのフリをしてただけなんだよ!」
マーティン「坊っちゃま!チャンピオンが見事防衛しました!」
控え室では人々に囲まれている本物の喧嘩屋バトラー。
トレーナー「おおっ!よくやったぞ、バトラー!」
マーティン「いや、やはり餅は餅屋でございます。あっという間でございました。本物は強うございました」
アルフレッド「そうか……チャンピオン、おめでとう。そして
“Thanks — for saving me.”
ありがとうーー助けてくれて」
バトラー「助けた?俺が?お前を?確かにな。
“I’ve been saving you for three weeks.”
俺は3週間ものあいだ、お前を助けて来た、だろ?」
(バトラー、アルフレッドを控え室に連れて行き、ドアを閉める)
マネジャー「いいんですか?」
トレーナー「仕方ないさ。あいつはチャンピオンなんだから」
バトラー「3週間だ。俺はお前を助けて来た」
アルフレッド「え、ええ……」
バトラー「それはなぜだと思う?」
アルフレッド「えーーなぜって?」
バトラー「この時を待っていたからさ。俺のかみさんと浮気をしたお前を殴るこのときを」
アルフレッド「なーーそれは誤解です」
バトラー「しらばっくれるんじゃねえ」
バトラーの嫉妬の炎は、この3週間、静かに深く潜航していたのだった。まるで猫が鼠をいたぶるかのようにーー喧嘩屋の拳がアルフレッドを襲う。
アルフレッド「ちょっと、ちょっと待ってください!」
バトラー「うるせえっ!」
アルフレッドが逃れようとドアを開けたとき、そこにはサリーが。
バトラー「おい、この間男やろう!立て!立ちやがれ!」
容赦なく襲いかかるバトラーの拳。なすすべもなく立ち尽くすアルフレッドーー
サリー「ああ、あなたっ……!」
マーティン「もう我慢できません!おやめなさい!」
バトラー「うるせえっ!」
サリー「大丈夫?」
必死に覚えたてのクリンチで逃げるアルフレッド。構わずボディにパンチを叩き込むバトラー。それをじっと見つめているサリー。何かを訴えかけるようなその顔がーー涙で潤んだその瞳がーー
バトラー「どうだ!どうだ!」
アルフレッド「このっ!えいっ!」
バトラー「なんだこの野郎!」
アルフレッドの中に、次第に湧き上がるものがあった。みなぎって来るものがあった。(次第にアルフレッドのパンチが当たり出す)それは3週間のトレーニングで身についたものかもしれない。バトラー家に流れる血のなせるわざかもしれない。ひとつだけ確かなことは、愛する人の眼差しが、彼の背中を押し、拳に乗っているということだった。
サリー「アルフレッド……!」
明らかに、チャンピオンは押されていた。シロートのへなちょこ野郎のパンチが、確実に当たり始めた。
マーティン「坊っちゃま!」
トレーナー「おいおい……嘘だろ?」
そしてついにーー渾身のボディブローが、トドメを刺した。それでもアルフレッドは手を止めなかった。
マーティン「やった!」
トレーナー「おい、ちょっと待ってくれ!」
(立たせてなおも殴ろうとする)
トレーナー「おい、もうやめろ!お前の勝ちだ!」
マーティン「坊っちゃま……!」
トレーナー「おい、やめろったら!お前は勝ったんだ!チャンピオンを倒したんだ!」
アルフレッド「え……僕が……」
トレーナー「医務室に運んどけ」
(マーティン、見送る)
我に返るとーー現実を痛感する。彼のついた嘘はーーばれてしまったのだ。
サリー「あなた……あの人は誰なの?」
“That was Battling Butler.”
アルフレッド「彼は……拳闘屋バトラーだ……本物の」
サリー「そう……」
“I lied to you — I’m not even a fighter.”
アルフレッド「僕は君に嘘をついた。ボクサーですらないんだ……ごめん」
“I’m glad.”
サリー「よかったわアルフレッド。あなたがあんな乱暴者じゃなくて」
アルフレッド「え?ーーサリー!(キス)じゃあーー帰ろう!(帽子とステッキを手に)」
マーティン「今度うちの坊っちゃまを舐めるような真似をしたら、ただじゃすみませんよ。よろしいですね!」
一度は嘘を突き通そうとした青年は、悪戦苦闘のすえに、最愛の人を勝ち取った。それは、青年の父が望んだ道とは少し、いや大きく違ったかもしれない。しかし、結果的に彼は、一人前の男にーー人間になったのである。バスターキートン主演「拳闘屋キートン」これをもちまして全巻の終わりであります。
The End
