太郎さんの汽車(昭和4年)

太郎さんは汽車が大好き。今日も近所のお友達と一緒に汽車ごっこ。

T「ベントーにお茶ぁ」

駅に到着すると、今度は駅弁の売り子に早変わり。

「はい押さないで押さないで」
「うめえなこりゃ」
「もっと欲しいな」
「出発進行!」
T「あら、お父様がお帰りになりましたよ」
「ただいま。やあ、いい子にしてたかい」
「あ、お父さんだ」
T「僕、お父さんが帰ったから失敬」
「失敬失敬」
「お父さんお帰りなさい」
T「約束のお土産を買ってきたよ」
「本当? わあ、嬉しいなあ」

お父さんが買ってきたのは、汽車の模型でした。
T太郎さんは、お土産の汽車で夢中になり、その晩はいつもよりずっと遅くまで起きていました。

「はい、ストップ! 動物を積み込みまーす」
T「タラッタタン、ピイポッポ、汽車汽車走れ、機関車客車、タラッタタン、シュッシュッシュ」
「おや、もうこんな時間だl
T「太郎さん、もうおやめなさい。また明日の楽しみにしましょう」
「さあさあ、みんなで片付けよう」
「ここに置きますよ。さあおやすみなさい」
興奮してなかなか寝付けない太郎さん。
「いやあ、明日はどうやって遊ぼうかなあ」
こうして夜も更けて、みんなが眠りについた真夜中。
突然箱から汽車が飛び出して、布団の上を走り出す。

汽笛一声新橋をはや我が汽車は離れたり
愛宕の山に入りのこる月を旅路の友として

「本日はご乗車まことにありがとうございます。皆さま、マナーを守って楽しい汽車の旅をお過ごしください」

マナーその一「座席は譲り合いましょう」

T「あの、もし、少し掛けさせてもらえますまいか」
T「ええ? だめだね。ここは向かい合っての四人なんだから。私と子供が三人で四人」
「お客様どうなさいました? なるほど、こちらのお席、よろしいでしょうか? このお荷物は網棚にあげておきますね。さあ、どうぞ」

春咲く花の藤枝もすぎて島田の大井川
むかしは人を肩に乗せ渡りし話も夢のあと

マナーその二「ポイ捨て禁止」
「おい母さん、ちょいと小腹がすいたなあ」
「ああちょうど、バナナがありますよう」
「うむ、うむ、うまい」
「本当に、よく熟れてますねえ」
食べ終えると皮を通路にポイ。
「あらら、お行儀が悪いねえまったく」
「何を! あははは、驚いてやがらあ」
「あら! なんてことかしら」
「鶴だけに! 鶴だけに!」
「お客様、通路にゴミを捨てないように願います」
鶴のご婦人が向かったのは洗面所。
「あら、誰か使っているわ」
「ああさっぱりした。どうだい、男ぶりも上がったってもんだ」

いでてはくぐるトンネルの前後は山北小山駅
いつしかまたも暗となる世界は夜かトンネルか

「お先に失礼しますよ、へへへ」
「バカなのかしら……あら」
「どうかしましたか?」
T「水がちっともございませんわ」
T「そうですか。仕方がない。この中の手水の水でがまんしてください」

マナーその三「窓からものを投げてはいけません」
別の車両では牛と馬の酒盛り。
T「俺もよく飲むがお前もよく食うなあ……だから世間で牛飲馬食っていうんだ。はあガッタンショガタンショ」

保線工事のお猿さん。

「おい、汽車がきたぞ……さて、また始めるか。あ、お前どうした?」
T「今の汽車から誰かが投げたんだ」
「何、そいつは我慢ならねえ。おーい!」
T「大急ぎであの汽車を追いかけてくれ!」
T「よし!」

ついに始まった大追跡。

「ようし、あと少しだ。尻尾を伸ばして、と」

マナーその四「みんな仲良く」

「お、こいつだな、やいてめえ! よくもやりやがったな」
「喧嘩はいけませんよ」
「何いってやがる」

遅れて追いついたお猿さん。

「やりやがったな」
「まあまあ」
「うきー!」

車内はもうしっちゃかめっちゃかです。みなひとかたまりになって汽車からそとへ。下敷きになった太郎さん。

「重い、重いよう。あ、あれ? 夢か……汽車はいいなあ」

こうして太郎さんは立派な乗り鉄となってついには身上を食いつぶした、ということです。