「涙の土俵入り 雷電為右衛門」

雷電為右衛門 根岸東一郎
その母 別所益枝
その妻 三保松子
その弟子
医者あぶれ竹庵 マキノ正博
有馬公 松本
佐竹公 金子新
その家老 若松文男
谷風関 東條猛

T「その頃はじめて、将軍家ご上覧相撲のおん催しがあった。ご上覧相撲とは、ただ一日一番の相撲を諸大名お召し抱えの力士によって行わせられるのをいう」
T「盛況裡に今日その九日目、この日八日間連勝の雷電またまた破竹の勢いをかってついによく強豪谷風をほふる」
(賞賛を受ける雷電)
T「勝利の裏には反感がある。九日間勝ち通しの雷電に対し、諸侯御老中方でさえ、こころよくは思わなかった」
T「まして市井の人々はその勝敗の噂を……」

T雷電!
T雷電!
T雷電!

「谷風召し抱えのご家中がた、ずいぶん肩を落としていたねえ。どうも血の気の多いお侍さんが憎き雷電にひと太刀浴びせてやろうなんて息巻いてたらしいが、それでは相撲道にもとるって必死でとめたそうだ」

T「本当に小面憎いほど強いよ」
T「それに十日目のご上覧には雷電の相手がないはず。はて、誰だろう?」

そんな関取雷電の自宅。いつもはにぎやかな家内が、しんと静まり返っておりました。そこへ、慌てて駆け込んできた雷電。雷電為右衛門、根岸東一郎。

雷電「おっ母……そんな……」
妻「急に胸が痛いといわれて……お医者を呼ぶひまもなく……」
雷電「昨日まで、ピンピンしてらしたのに……(腰を落とす)」
弟子「なんてことだい……」
T雷電「明日一日で日の本開山横綱を将軍様からいただくをせめて見てから……おっ母っ!」

幼いころより女手ひとつで育てられてきた雷電。

雷電「(上を見て)おっ母……!」
妻「あの、お母様、そろそろ……」
母「そうじゃな……T関取、私はそれ見るのがいやさに死んでいるのじゃ」
雷電「えっ……?Tあ……おっ母ぁ!な、なんだ。死んでいないじゃないですか!いやだなあまったく。ああ、びっくりした……ん?ということはお前たち、俺を騙したな!(手を上げる)」
母「これこれ、乱暴をするでない。これは全部私が頼んだことじゃ」
雷電「おっ母が?」
母「そうとも。T喬木は風に折らるるのたとえ、勝って横綱になるそなた、負けてはならぬ相撲取りなれど、世間の恨みがそなたにかかるを見ては……(手を合わせる)親としてこれほど辛いことはない。T無事を祈るは親心。さぞ辛かろうが、負けて欲しい。明日の相撲に負けさせたい」
雷電「いや、それは、しかし、おっ母のお言葉なれど、わざと負けるは相撲道の恥になります」
母「私の言葉が聞けぬというか?のう関取、T力で負けては恥にもなろうが、母の臨終の頼み事聞いたと思えば相撲道の恥辱にはなるまい。どうか、頼みましたよ(横になる)」
雷電「いや、そのようなこといわれましても」
母「……南無」
雷電「おっ母!」
妻「あの、あなた……」
雷電「うるさい!おっ母!」
T母「明日の相撲は、この母へ手向けると思うて……Tいやなら母はこのまま往生!なあ頼む、この通りじゃ」

子を思う親心、必死にかきくどく母。

雷電「いや、しかしーーでは、お前たちしばらくあちらへ行っておれ」

人払いをした雷電。母親とふたりっきりになってからーー

T雷電「必ず他言してくださるな、たとえどのようなことがあろうとも申し合わせの相撲、弓矢神に誓うてなりませぬ」

(坊主が読経をしている)

雷電「坊主が無駄になったなあ」

(安心して寝ている母)

T雷電「母に手向ける明日の晴れ場所か」

かくして雷電は、明日、将軍家ご上覧相撲の十日目の試合を迎えることとなったのであります。
一方こちらはお殿様の行列、フラフラとおぼつかない足取りでーー

T家老「あー、くたびれた」
佐竹公「あいたっ!」
家老「これ、静かに降ろさぬか!」
佐竹公「いたたっ」
家老「殿、まことにあいすみませぬ」

T癇癪持ちであるが慈悲深いお殿様の佐竹頼母。金子新。

佐竹公「いかがいたしたのじゃ?」
家老「は、申し訳ございません。皆朝から歩き通しで……殿、本日はなぜこのように江戸市中を歩き回らねばならなかったのでございましょう?」
佐竹公「うむ、実はーーT相撲取りひとり明朝までに探し出さねば、余は切腹せねばならぬのじゃ」
家老「ええっ、な、なんと!」

(皆驚く)

T佐竹公「されば本日諸侯の詰所において……」

(江戸城詰所)

T佐竹公「ご上覧相撲八日目まで勝ち通した雷電。残るは強敵谷風ひとり。これを倒せば天下無敵の名力士、とおのれが勝ったように威張る有馬殿……」

有馬公、松本時之助。

有馬公「おお、佐竹どの」
佐竹公「これは有馬殿ーー(家来たちに)Tその方らも知るごとく、余と有馬殿は犬猿の間柄、彼奴、余を小心者と侮って……」
有馬公「のう佐竹殿、T先だって貴殿のお話では、拙者召し抱えの雷電にまさった相撲取り、貴殿もお召し抱えとの仰せあったが、本当でござろうな……」
佐竹公「うむ、いや、それは、もちろんでござるーーというてしもうた」
T家老「でも、お抱えの相撲ございませぬに、なに、お目当てに……?」
T佐竹公「されば早朝より相撲取りひとり借り受けんと諸侯をあい訪ねたなれど、いずれも抱え相撲などはないという詮無い口実(項垂れる)……T所詮は目当ても思案も工夫も尽き果てたか。ただ、有馬めに侮らるるが無念さに、十日目ご上覧相撲のお届け出までいたしてまいった。Tそれゆえ、余は腹切らねばならぬと申すのじゃ」

一同腰を抜かしてしまいました。

T佐竹公「わが家来のうちに相撲をとりうる者はないか?負けてもよい、相撲取りに見ゆるだけでも苦しうない。(キョロキョロ)T負けても勝ってもかまわぬ」
家老「との、殿、T相撲取りは総髪。元服ではなれませぬ」
佐竹公「そうか。総髪か。誰ぞ、総髪の者はおらぬか?元服をしておらぬ家来はおらぬか?これ、おらぬのか?」

そこへ聞こえて来たのはーー酔っ払いの戯れ歌。

「山寺の、山寺の、鐘つく撞木は……」

ほろ酔い機嫌で歩いているのはT医者あぶれ竹庵。演じるは監督マキノ省三の長男マキノ正博。

T家老「お医者は総髪……」
佐竹公「なに、総髪!いかがいたすのじゃ!」
家老「しーっ!静かに……静かに……」

医者の寄り合いの帰り、もともとあまり飲むたちではありませんがーー

竹庵「いやあいい心持ちだ……ええ〜、鐘は上野か浅草か、ゆかりの色の鉢巻も、と(侍たち現れる)……うわっ!な、なんですかまったく……おっ!へへ、なんだかずいぶん怖い顔されてますな……どうも。失礼いたします……(取り囲まれる)あっ、な、なんでございますか?ちょっと、あの」
家老「頼む、T相撲取りになってくれ!」
竹庵「え、え、え、え?」
家来「相撲取りになってくれ」
T家老「誰でもよい。負けてもよい。相撲取りに見えるだけでもよい」
竹庵「え、え、え、え?」
家来「相撲取りになってくれ」
T佐竹公「褒美は望み次第じゃ」
家来「相撲取りにならぬとーーこうじゃ!」
竹庵「ひゃーっ!(駕籠の中に倒れ込む)」

かくして哀れ竹庵ーーお屋敷に運ばれて、翌日、将軍様ご上覧相撲、その十日目の取り組みが始まりました。

T呼び出し「東、雷電」
T呼び出し「西、藪ケ嶽」

土俵に上がったふたりの力士。

雷電「ずいぶん細いなあ」

まずは将軍にご挨拶をいたします。お医者の竹庵、相撲などとったこともございませんので、雷電のやることを真似するしかありません。

竹庵「えへへ、どうもこんにちは」
雷電「やっぱり細いな」
竹庵「(雷電のそばへ行って)どうも」
雷電「ん?ーーあっちだよ、あっち」
行司「かたや雷電、雷電。こなた薮ケ嶽、薮ケ嶽」
竹庵「ええっと……お殿様、あの」
佐竹公「こっちではない、あっちじゃ」
竹庵「あ、そうですか……(力水を口に含む雷電)なるほど……これを(柄杓を受け取って)ゴクゴク、あーうまい。え、これも……うわっ!しょっぱい!」

見様見真似で四股を踏む竹庵。

竹庵「うむむ、こうしてこうして……」

仕切り線に拳を置く両者。ところが息が合わずに先に立ち上がってしまった雷電、藪ケ嶽は転んでしまいました。

雷電「やはりわざと負けるのは難しいのう」
竹庵「あいたたた……ああ、負けてしまった。お殿様、どうも申し訳ありません、あっさりころっと負けてしまいまして……ええ、どうもあいすいません。では、失礼いたします」
雷電「ああこれこれ、まだ勝負は始まっておらぬよ」
竹庵「ええ?ーーああ、ちょっと(雷電の真似をして土を払ってやる)うむ、結構です」
雷電「面白い男じゃ」

仕切り直し。

行司「見合って見合って(一度両者立ち上がる)ーーはっきょい、のこった!」

かくしてご上覧相撲が始まりました。(薮ケ嶽の足が出そうになる)

雷電「おっといけない!(薮ケ嶽を掴んで)こっちだ!」

勝つわけにはいかない雷電、藪ケ嶽が土俵から出ないように引っ張り回します。

雷電「(組み合って)さあ、ここにこう手を回して!」
竹庵「えい!えい!えい!(頭突き)」

佐竹公はドキドキ、有馬公はヤキモキ。

薮ケ嶽「(雷電の股の間から顔を出して)うわー、お侍さんがいっぱいだ」

(土俵のなかでぐるぐる回る薮ケ嶽)

薮ケ嶽「えい!やあ!」

(後ろ回しを取って持ち上げる雷電)(心配そうな有馬公)

竹庵「うわーっ!(土俵を出そうになる)」
雷電「いかん!(引き戻して)さあ来い!」
竹庵「えーい!」
雷電「うむ!」
竹庵「やあ(抱きつく)!」
雷電「何をしている!」

そしてついに相手の片足を抱えた藪ケ嶽が雷電を投げ飛ばしました。(驚く有馬公)

佐竹公「でかしたぞ!」

将軍様ご上覧相撲十日目、世紀の番狂せと思いきや、藪ケ嶽、勇み足での雷電の逆転勝利、しかし敗れた藪ケ嶽も佐竹候より過分な褒美を頂戴したこの取り組みの記録は、一切残っていないということであります。

T勝ち名乗り

映画一巻の終わり。