昭和一四(一九三九)年朝日映画製作株式会社作品

泳げや泳げ

原案 伴野文三郎
作画 大石郁

【前説】
本日は新宿東口映画祭にお越しいただきありがとうございます。活動写真弁士山城秀之でございます。これからご覧いただくのは、昭和一四年一九三九年製作のアニメーション「泳げや泳げ」という一一分の作品です。朝日映画製作という会社の作品で、原案の伴野文三郎はフランスのパテベビーから九・五ミリフィルムや映写機を輸入した人で、第一次大戦時には従軍記者として戦地に赴いたほか、防水布の販売で大儲けしたりしたそうです。この防水布の材料のひとつがアセテートで、これが不燃性フィルムとしても使われたのだそうです。伴野にはこのアセテートフィルムの製造工場を東京に作るという計画もあったようですが、関東大震災で頓挫しました。
作画の大石郁は、郁雄ともいい、今ではYouTubeでも見ることのできる「證誠寺の狸囃子」や「鼠の留守番」など数々のアニメーションを作りました。一六才で日本初の広告アニメといわれる「兎と亀」を製作、自らのスタジオを設立しましたが、のちに東宝映画の漫画映画係としてアニメーションのほか、軍事教練用の「教材映画」の脚本・線画を担当しました。
さて、この作品の製作されたとされる一九三九年は、すでに日本ではサイレントからトーキーにほぼ移行しておりまして、実際にはもっと以前に製作されたけれど、公開あるいは販売がこの時期になったのではないか、と推測されます。なお、今回のこの前説は、先輩弁士である山崎バニラさんからご教示いただいたことを加えております。
長々と失礼いたしました。それでは最後までごゆっくりお楽しみください。


T親譲りの出しゃばり根性から全然自信のない水泳選手になったお猿……

(海か湖か池のほとりにやってきた猿)

お猿「まあ出る以上は勝ちたいもんだ。どれどれ(水面に足を入れる)いたたたたた!(飛び上がる)」

(足に食いついている魚)(戻る魚)

お猿「おいおいおい!やっぱりやめとこう(帰ろうとする)」
ワン公「おーい(水面から顔を出す)」
Tお猿「やあ、君!ここは浅いかい?」
Tワン公「僕の首までだよ」
お猿「ほんと?それならへいちゃらだ。よーし」

そうとわかればおそるるに足らず。勇んで飛び込むお猿であります。
(猿、飛び込む)(なかなか出てこない)

ワン公「あれあれ?」
お猿「(溺れる)た、たたた助けて!(なんとか岸に上がって)おいおい、話が違うよ、すっごい深いじゃないか!」
ワン公「ええ?そうかい?」

(犬、岸に上がる。大変な胴長)

お猿「な、なんだ?ひゃー(逃げる)」
ワン公「変なやつだなあ。ははははは」

Tしかし今更選手をやめることも出来ず、種々と考えた末に……
自作の装置で特訓することにしました。
(猿の自室)(上から吊るされている猿)

お猿「(ロープを確かめる)うん、大丈夫だな。どれどれ(本に目をやる)」

教則本の指示通り、手で水をかいている(手の動き)つもり。
足で水を蹴っている(足の動き)つもり。
(合わせた動き)

お猿「よし、いいぞいいぞ」

(ウサギがふたり)

ウサギ「やあどうも久しぶり(握手)お猿さんが何だかへんなことやってるよ」
ウサギ「それは面白そうだ。ああ、みんなもおいでよ(手招き)」
動物たち「なんだなんだ?(ブタ、ウマ、ヤギもやってくる)」
ヤギ「早く行っておくれよ(立ち止まるブタを後ろから押す)」

(窓から顔を出す動物たち)(気付かずに練習する猿)
皆に見られているとも知らず、懸命に空気をかくお猿。しかし……
(ついにロープが切れる)

お猿「いてててて……(覗かれているのに気付いて)ありゃありゃ!(赤面)」
動物たち「あははははは」
お猿「(赤面)いやー、お恥ずかしい」

(暗転)
Tこうして日を送る内に競技大会の日となりました。
(水泳競技大会)(大会委員長はライオン)
開会式。大会実行委員長のライオンの挨拶。

Tライオン「近来、我々動物社会では……文明機関を利用せるため……動物本来が持つ運動能力も衰えてきている。(観客たち)しかして、体育を軽んずる傾向のあるのは、実に嘆かわしい次第で……で、ここに、我輩は!(手を広げ力説する)失礼(水を飲む)水泳競技大会を開催することを決意したのである。(観客)出場選手の第一は……シロノクマゾウ選手(腕組みをするシロクマ)第二は……カバゾノチョウイチ選手(座った椅子が潰れるカバ)。第三ワニブチハルオ選手に第四アヒルダユウ選手と……いずれ劣らぬツワモノぞろい……」
ワニ「(尻尾に油をさしてもらう)いいぞいいぞ、動きが随分滑らかになった」
アヒル「まあ僕に勝てるやつなんかいないさ(余裕の表情)」

Tみなの元気に引き換えて、お猿ばかりはこの世の終わりでも来たように思いました……脳裏をよぎるのは、失敗する自分の姿ばかり。ついには……
(ひとり思い悩む猿)
(飛び込みに失敗して天国に行く想像)

お猿「いやあまいったなあ」

しかし時間は無情に過ぎ行き、ついにスタートの時刻。

子犬「(ベルを鳴らしメガホンで)選手集まれーっ!(台から降りる)」

観客は大喜び。(拍手)
スタートラインに並んだ各選手。
見ると、観客席には見慣れた顔が……。

ワン公「(パイプをふかし)がんばれよー!」
お猿「ヒトのことだと思って……どうしよう」
子犬「(ストップウォッチを見ながら)位置について、よぉーい……どん!」
お猿「(皆に遅れて飛び込む)しまった!」

(水面に顔を出す各選手)
他の選手は順調に泳ぎ始めましたが、我らがお猿は……
水底めがけて一直線。
(カッパ登場)

カッパ「遊ぼうよ!」
お猿「いやだよ!(逃げる)」
カッパ「(尻尾を摑む)待ちなよ!」
お猿「遊んでるヒマはないんだよ!(魚につかまって逃げる)」
カッパ「ちょっと待てよー!」

執念深く追いかけてくるカッパ。(長い)
(水面を泳ぐ各選手)
一方試合は白熱、ほぼ一列になってゴールを目指します。

カッパ「待てったら!(ついに尻尾を掴む)」
お猿「うわーっ!やめろー!」

(尻尾が外れるが、魚も逃げ出す)(逃げる猿)(追うカッパ)
ついにカッパにつかまった!
と思ったら……スキをついてカッパの皿を奪い取ったお猿。
(カッパぐるぐる回る)

カッパ「うわわわ!皿が!皿がない!く、苦しい(倒れる)」
Tお猿「ん?そうか……この皿を返すから、俺の頼みを聞いてくれ……」

商談成立。(握手と打ち合わせ)浦島太郎よろしく、カッパの背中に飛び乗って……いざスタート!
(水面に顔を出す猿)いきなりトップに立ったお猿。

お猿「お先に!」
選手たち「むむ、負けるかーっ!」

水面下では、カッパが全速力で泳いでおります。

観客「いいぞいいぞーっ!」

ダークホースのお猿が先頭になったことで、俄然客席は大興奮。
(各選手、急ぐ)(シロクマの頭に乗るアヒル)(水面を蹴り進むカバ)
各選手もプライドにかけて負けるわけには行きません。
(水面下で全速力で泳ぐカッパ)(水面では涼しい顔の猿)

お猿「(カッパの皿が水面に出て)ダメダメ」
各選手「ちくしょー、なんて早いんだ!」

(シロクマ、アヒルを追い抜く)(カバ、水中へ)(アヒル、シロクマを追い抜く)
抜きつ抜かれつ、後続の戦いも熾烈になってまいりました。
(水面に皿が出る)(猿、それを抑える)

お猿「やや!」

ラストスパート。(各選手、スパートをかける)
そしてついに……!
(ゴールで勝ち構える子犬)

子犬「ゴール!優勝はお猿さんですーっ!」

(次々にゴールに飛び込んでくる選手たち)

観客「いいぞいいぞ!」

(ペンギン、トド、アザラシたちも拍手)

T断然!優勝カップはお猿の手に……そして表彰式。

ライオン「諸君、素晴らしいレースだった。特に、本来はオカの動物であるお猿くんが優勝するという快挙には、我輩もまことに感動した次第である」

自分の体より大きな優勝カップを手にしたお猿、鼻高々であります。
(ペンギン、トド、アザラシたち)
しかし……

カッパ「ははは、おいらのおかげじゃないか」
お猿「そ、それは……(小さくなってその場から逃げる)」

(暗転)
T仲間たちの目はくらますことが出来ました。しかし自分の心を欺くことは出来ませんでした。

「泳げや泳げ」これにて映画一巻の終わりであります。