その瞬間、才能が伝わっているのか? | katsu「人生と自由の美学」

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LIFE STYLE = 人生
『自分を活かし自由で美しい人生を』をテーマに、「考え方」「仕事の仕方」「資質の活かし方」「生き方」含め、豊かさある「LIFE STYLE」をお届けしています

経営者や人を採用する側、

人を使う仕事の人達から たまに聞く



「残酷だけど、才能の無い人間はいる。」


というような言葉。




もちろんそれは間違ってはいない。


全員に同じ様に才能があったなら

それはもう全員統一の当たり前のことなので

人間的に一段上に上がったところで

才能は才能ですらなくなる。


そうなると選ぶことすら難しく

むしろ誰でも良い。



しかし、全員統一になったとしても

人間はそれぞれ、生まれながらに違うので

また新たに抜きに出た違いが生まれ

抜けた人物の姿を

人はまた同じように才能と呼ぶだろう。




となると現状

遥か遠い昔から比べると

暮らし方の水準が上がっている現段階の

今の世界とも変わらない。



だから才能(資質)は世界から無くならない。



実際、ビジネスをおこなって行く上で

現時点で求められる必要な技術力(スキル)

持った人間となるのは間違いなく当然のこと。



ただ、個人を観た時

才能(資質)が何も無い人はいない。



単純に、考え方や生き方が

現時点で成熟しておらず

まだまだ開花していないだけで

持つ力がどんな力であれ

才能がゼロな訳ではない。



才能溢れる状態に求められる今

成っていないということなのだ。


その考えや生き方を

実行して来ていないだけ。



もしくは

今まで自分と人生を客観視しておらず

自分をどんなものかも知らずに


流行りや情報を何となく良さそうだけで

自分が上手く機能しないものを

選んでしまっているだけ。



なので

必要とされた瞬間に存分に

自分が溢れる生き方をして来ていなければ

才能が無いととられるのは当然だ。


それが現状

今の自分と言うことだ。



時代の波に乗る や 流行る という

世の中に拾われることも同じで

自分が才能(資質)が溢れる生き方を

おこなって来てなければ拾われない。



才能(資質)が形に成って現れているものを

人は実力と呼ぶ。



ただ本質的に

自分とは どんなものなのか?

仕事とは どんなものなのか?

と深く本人が見えていないだけなので


自分や仕事は分からないものだ と

分からないことを前提にし思い込んで

人生を送った誰もが言う一般思考

最初から人生を諦めない方が良い。



自分を磨き高め開花させ

才能(資質)溢れる生き方を生きる。


意外と軽々とした

自分の成長を愉しめる毎日のこと。



そんなことに一直線に進めば

結果 良い暮らしと良い人生です。




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