この演奏会、内容はさておき、まずはピアノ変更について書きたい。

もともとは「Road to 2027 IKUYO NAKAMICHI plays Chopin 第1回 ショパンを弾く ~プレイエルの響き、スタインウェイの輝き」というタイトルのついた演奏会、にもかかわらず、当日ロビーには「ピアノ変更のお知らせ」のお知らせの張り紙が!
「演奏者の希望により」ということで、スタインウェイからヤマハのCFXに!
舞台でのご本人のお言葉によるとご自身から1週間程前に急に変更を申し出たとのこと。

本質的には1800年代のプレイエルと比較しての現代ピアノの演奏会、というのが眼目であろうから、何の問題もない、と私は思う。
しかし、人によってはそうでない人もいるかもしれない。
また様々な影響もあるかもしれない。
そして何より、この急な変更で、仲道さんのスタッフに思わぬ仕事が増えたことだろう。
また下世話な話、費用も掛かるかもしれない。

そんなことをすべて理解した上での仲道さんのご判断に敬意を表したい。
また、それを受け入れたスタッフの方々には感謝いたします。

このことで頭をよぎったのは、聞きかじり(読みかじり?)の知識ではあるが、私の大好きなクーベリックがある来日公演で演奏曲目変更をしたこと。
彼は来日公演のある日に、マーラーを演奏する予定だったが、実際にそのホールを見たうえで、直前にその会場でのプログラムを変更して、マーラーを止めた。彼の判断として、その会場ではマーラーを自分の考える形で演奏することはできない、ということであったようで、事実、他の会場ではマーラーを演奏したという。

 

決まった条件下でできる限りの演奏をする、それはそれで大事であり、一つのプロとしての仕事であろう。ただ、可能であれば最善の条件を求める、それはプロとして芸術家として、あるべき姿だろう。

しかし、それも程度問題であまりにも過大な要求をすると相手にされなくなってしまうこともあろう。
まずはスタッフの方々との信頼関係をベースにした良好な関係を構築しておくこと、そしてそれに見合った質の演奏を提供すること、この2つは絶対条件であろう。後者に関しては、想像もできないようなプレッシャーがかかることがあるかもしれない。
そう考えれば、与えられた条件下で仕事をする、それは非常に安易だろう。

それでもピアノ変更という決断をされた仲道さん、芸術家として、一人の人として、本当に見上げなければならないような高みに登られているように思う。
その反面、演奏会の後には可能な限りサイン会を開催され、一人一人丁寧に対応されている姿、子供たちへの演奏会で見せられる姿には頭が下がる思いである。

デビューして30年、様々な肩書や受賞だけでなく、真の意味での大きな存在になられている仲道さんに再度敬意を表し、まったく異なる世界にいる自分ではあるが、すこしでも見習っていきたい。(無理かなあ~)