あめのおと
ある雨降りの日に、傘をさして二人並んで歩いていると、片一方が傘をさしたまま屋根の下に入った。
すると、屋根に入った方の傘に落ちる雨の音は消え、もう一方の雨の音だけになった。
また屋根の下を抜けると、二人の傘に落ちる雨の音が聴こえた。
これって、音楽だなぁと、しみじみ感じた。
自分たちだけが味わえる音楽。
普段、気にも止めない生活音や自然音に、注意深く耳を澄ませてみると、
新たな発見がたくさんある。
今年の2月に、横浜市民ギャラリーあざみ野で行われた
「音が描く風景/風景が描く音
鈴木昭男・八木良太展」
に行ったのだが、それがまさにそういう世界だった。
鈴木昭男さんが考えたもので、「点音(おとだて)」というのがある。
街中や建物内など、いたるところで「音を聴くためのお気に入りのポイント」を見つけ、地面や床に耳と足をかたどったマークを施し、その場に佇んで耳を澄まして音を感じる。
普段は何気なく通り過ぎる場所に耳を澄ましてみると、様々な音の発見がある。
音の感じ方は人それぞれだから、お気に入りのポイントも人によって違うし、同じ場所で同じ時に佇んでも、聴いた音や感じ方が違ってくる。
八木良太さんの作品では、
「Rainy Day Music」という、傘の取っ手を持ち、ヘッドホンから流れる雨の音を聴く作品があった。
また、「机の下の海」という作品では、「水面を境に海面の音と水中の音が違って聞こえる。」という現象から生まれる疑問が出発点となったらしい。
それは、机を水面に見立てて、机の下に潜るとヘッドホンから水中の音が流れ、机の上に顔を出すとヘッドホンから海面の波の音が流れる…というもの。
面白くて不思議で、何度も潜ったり出たりした。
こういうのって、普段は日常の中で意識しなかったり、当たり前のこととして通り過ぎてしまっているけど、
時には立ち止まって意識して感じてみることって大事だと思う。
そういう感覚をいつまでも持っていられる、大人でありたい。
以前書いた、鈴木昭男さんのドキュメンタリー番組の感想はコチラ
すると、屋根に入った方の傘に落ちる雨の音は消え、もう一方の雨の音だけになった。
また屋根の下を抜けると、二人の傘に落ちる雨の音が聴こえた。
これって、音楽だなぁと、しみじみ感じた。
自分たちだけが味わえる音楽。
普段、気にも止めない生活音や自然音に、注意深く耳を澄ませてみると、
新たな発見がたくさんある。
今年の2月に、横浜市民ギャラリーあざみ野で行われた
「音が描く風景/風景が描く音
鈴木昭男・八木良太展」
に行ったのだが、それがまさにそういう世界だった。
鈴木昭男さんが考えたもので、「点音(おとだて)」というのがある。
街中や建物内など、いたるところで「音を聴くためのお気に入りのポイント」を見つけ、地面や床に耳と足をかたどったマークを施し、その場に佇んで耳を澄まして音を感じる。
普段は何気なく通り過ぎる場所に耳を澄ましてみると、様々な音の発見がある。
音の感じ方は人それぞれだから、お気に入りのポイントも人によって違うし、同じ場所で同じ時に佇んでも、聴いた音や感じ方が違ってくる。
八木良太さんの作品では、
「Rainy Day Music」という、傘の取っ手を持ち、ヘッドホンから流れる雨の音を聴く作品があった。
また、「机の下の海」という作品では、「水面を境に海面の音と水中の音が違って聞こえる。」という現象から生まれる疑問が出発点となったらしい。
それは、机を水面に見立てて、机の下に潜るとヘッドホンから水中の音が流れ、机の上に顔を出すとヘッドホンから海面の波の音が流れる…というもの。
面白くて不思議で、何度も潜ったり出たりした。
こういうのって、普段は日常の中で意識しなかったり、当たり前のこととして通り過ぎてしまっているけど、
時には立ち止まって意識して感じてみることって大事だと思う。
そういう感覚をいつまでも持っていられる、大人でありたい。
以前書いた、鈴木昭男さんのドキュメンタリー番組の感想はコチラ
蝉に思ふ
猛暑が続く中、暦の上ではもう秋。
蝉をみて、ふと思った。
「せみ」も「ひと」も同じだなぁと。
蝉は何年も土の中にいて、地上に出てからは一週間ほどの命。
人間だって、何年も、人によっては何十年も、苦労して下積みして努力を重ねて、
ようやく表舞台に出られても
活躍出来るのは、ほんのわずかな期間。
『おごれる人も久しからず』
というけれど、
芸能人などを観ていても、
人気が出て、一時期ちやほやと持て囃されていても、
調子に乗っていると、あっという間に過去の人、になってしまう。
なんだかなぁ…。
蝉のように、時には人(世間)から疎まれながらも、
活躍出来るうちに賑やかに人生を謳歌した方が楽しく生きられるのかもね。
ただ、たいていの人は蝉よりも命が長いから、
表舞台から降りたあとのことを考えなければならない。
そこからが、その人の真価が問われるのだと思う。
結局、長く地道に活動していくためには、
様々なことを学んだり努力したり我慢したり
上っ面ではない人間力を身につけていくしかないのだろう。
美輪さまの舞台

今さら…ですが、ゴールデンウィークに行った美輪さまの舞台の話です。
ずっとアップしてなかったので…
ちょうど3ヶ月前の5月2日に、お知り合いに誘っていただき、美輪明宏さんの舞台を観に行きました。
(ル・テアトル銀座にて)
「葵上」「卒塔婆小町」という、三島由紀夫さんの「近代能楽集」の中からの二本立てでした。
美輪さんの音楽会(コンサート)は行ったことがあったのですが、舞台は初めてで楽しみでした。
ロビーには、たくさんの有名人・著名人の方々からのお花が飾られていて、
お香の良い香りが漂っていました。
とにかくすべてが美しかった!です。
美輪さんの表現力、芸術性、存在感は言うまでもなく半端なかったです。
「卒塔婆小町」の舞踏会の場面での軽やかなステップ、気品漂う機敏な動きからは、お年を全く想像させません。
クライマックスは、音楽会と同様、天井から金粉がキラキラと舞い降りてきて…ほんとに綺麗でした。
一緒に行ったお知り合いの従兄弟さんが役者さんで出演されていたので、
関係ない私まで(笑)関係者ということで楽屋にもお邪魔させていただけました。
(もちろん、美輪さんには直接お会い出来ませんが…)
楽屋のお部屋には入りませんでしたが、
たくさんある役者さんたちの楽屋の入り口には、それぞれ違うカーテンがかけられていて、そこからも美輪さんの美意識が感じられました。
お知り合いの従兄弟さんとはご挨拶と少しお話出来ましたが、
やはり役者さんオーラ!があり、素敵な方でした。
帰りに、パンフレットと、美輪さんのサイン入りの著書も購入し、
美輪さまワールドを堪能した贅沢な1日でした。
私が美輪さんのファンだと思い出してお声をかけてくださったお知り合いに感謝!です。
ありがとうございました!

