ばりの低気圧が日本中で大暴れ


うちは玄関前、庭、車庫が廃墟になりました

なくなった鉢を探し歩いたら20cm大の破片が見つかりました


二重窓なのに窓はガタガタ

ベッドはゆらゆら

これで明日学校あるんだから驚きです




今日はバスの運転手さんにお礼を言ったらNに教室でTさんと陰で笑われた

顔くしゃくしゃにして笑われた

結局あなたたちはその程度の人間なのねと思った

Nが低脳なのは知ってた

保育園から知ってるし

結局あなたはその程度




昼休みはふじちゃんが本をくれると言ったからテンション上がってた



高雄組の教室に落書きがあった

ドラゴン(サマー)の下に「クラッスス」
トッティーの下に「ポンペイウス」
愛宕組担任?の下に「カエサル」

ブルータスは誰なのか気になった

翔ちゃんかな



ああ本当に風が強い

明日学校休みにならないかな



あ、往復葉書買わなきゃ




今日から友達がうちのクラスに来ます

今度から学力順のクラスは香取-鹿島-香椎としよう

というわけで我が香取組に私が最初にミリカミングアウトした友達が来ます



今日は海保申し込むぞ!!



ガタケの危機に立ち上がりたい気持ちはいっぱい、ただ原稿がないだけ


5年ネタか?
でも使えないしなあれ
つか二次に今なんかもえられない

オリジナルは……正直出せる話がない

需要なんてシカトですが、いくらシカトでも意味不明なブツじゃ困るわけで

ああ、「あした」出すか?

前半「あした」の小説で後半は夢の話の小説、かな

本当は漫画にしたいけどコマ割りできないし

あんまあれを言葉で語りたくないんだけどなあ

つか間違いなく次のガタケに間に合わな……あ、あれ出せないわ

ネタが足りない

だめか



先週愚かにも新潟港で吹雪の中「おけさ丸」(新潟-佐渡を結ぶカーフェリー。香取型軽巡並の大きさで速さは23ノット)と「えちご」等の巡視船2隻を1時間かけて見送っていたので風邪をひきました

大型客船がゆっくりと回頭して信濃川河口から日本海へ向かっていく様をいつも楽しんで見ていたのですが、その日は「おけさ丸」が回頭を始めた際に先に後進で河口に出てきていた「えちご」がまだ河口を真横に塞いでおりまして、いくら河口が広いからって真ん中で道を塞いじゃったら「おけさ丸」通れないってと慌てておりましたら、「えちご」が慌てたように海へ向かって小さくなっていき、後から悠々と佐渡へ向かう「おけさ丸」
その姿がまるでドレスを引きずって歩く貴婦人の様で…とこれは褒めすぎですが、普段カーフェリーはいても巡視船はなかなか見られないのでその日はラッキーでした

「えちご」の前にも巡視船が「えちご」の横を通って先に出港して行ったのですが、まあそういう諸々を猛吹雪の中1時間も川岸で見ていたら風邪もひきますよね

反省します



純粋に見に行ったわけじゃないんです
別の用事で1時間待たなきゃで、そしたら「えちご」の横を巡視船が……

はい、黙ります



海保目指して頑張っています

反復とか懸垂とか無理ゲなこと沢山あるけど


ぐだぐだ言う前に運動します

それにどっちみちダイエットしなきゃ

いずれにせよこの運動能力はどうにかしなきゃだし

素材はいいもの貰っているしね

色々故障もあるけど

腰とか肘とか


色々言い訳つけて諦めようとしてた

でも結局自分に嘘は付けなかった

主計科の格好良さ異常

うん、主計科

コック兼事務員

彼らの格好良さがヤバすぎる



というわけで5月の試験に向けて猛特訓中

動いた方が体調良いし



日本の海は、ボクが護る!>(`・ω・´)
↑懐かしい



一昨日まで、「グッバイ冬将軍www」と思ってた

昨日軽く一日で三寒四温やってくれた

雪も降った



今朝、めっちゃ降ってる

スーツなのに



こりゃねーよ



あの日の私は願書抱えてバスの中だった

停まったバスの中でラジオの声だけが大きかった



号外を受けとった


色んな情報が錯綜していた




あれから1年

復興には程遠い


色んなことがあった

色んな国から支援された


色んな人がいて、色んな人が死んだ




あれからいろいろあって、私も変わった

これから先、何があるかわからないけれど、今わくのはあれからもう1年もたったのかという感覚

早かった

これからどうなるかわからないけれど、強くありたい



世間は春休みらしいですが私は学校です

最早私たちに「春休み」は禁句です


あれから一年すぎたのかとしみじみします

変わったな、と



ピクシブは友達に公開したので作品はサイトを作ってお引越中

難しい


雲のかよひ路-SH3E00100001.jpg


大体こんな感じ

どっさり

全部じゃないよ



ペインタダウンロードして練習したり青シャー芯買って練習したりしてる


こんなかんじ


親からオッケー出されてた関東圏の就職を反対されている

理由は首都直下地震が4年以内に70%だから

都会だと田舎と同規模でも被害が大きくまた住民のために命懸けで駆けずり回らなければならないから


その話を友達にしたら「この仕事選んだ時点で住民のために命懸けで走って瓦礫の下敷きになって死ぬ覚悟はできている」と彼女は言った

私達は震災の前後に学校受けて今まで勉強してきた

私なんて学校の願書持って行ったのがまさに当日でバスの中で津波のニュースを聞いた

号外を受けとった

入学前のオリエンテーションで災害時における行動で集団討論した

その後も次々に入る被災地の話を聞き、自分ならどうするか、何ができるか、何をしなければならないのかを考えてきた

未来の先輩方は誰も彼もそんなときどうすべきか、理想の姿を語った

何度も何度も考えた

最善策なんて思い付かなかった


「天使の声」が道徳の教科書に載るらしい

美談だが、問題点もある

みんなが「天使の声」になってしまったら、復興はどうなるのか、となる

結局のところ誰かは生き残らなければならない

住民のために死ぬだけが全てではない

彼女達の行為は素晴らしい

幾度となく涙した
そうありたいと思った

だが、それを全員に強いたら残された人々はどうなる

犠牲者なんて一人もいないことが最善だったはずだ

それを美談ですり替えてはいけない

「いい話でした」で終わってはいけない


それでも、それだけの覚悟は必要だということだ

3.11以降の私達はその覚悟を求められている

メガホン持って津波に向かって走り出せとまでは言われないが、自分が死なない程度に住民のために行動することを要求された


早い段階で私達はそういう奉仕精神を求められた

冒頭の話に戻るが私がもし親の反対押しきって関東圏に就職して被災したら、最悪死んでしまうの覚悟で走るのだろう

故郷から離れた土地で死んで、遺体も見つからない、喜び勇んで、とはいかないがそれをきっと受け入れるのだろう

被災したら家に帰れなくて体ボロボロになっても働く、まだ働くのがあの職種だ

ある種仕方がないことだと思うしその覚悟を持っている

命を捨てる勇気と生き残って復興する勇気なら、選べるならば後者をとりたいが、前者を選ぶ覚悟ならとうにできている



入学して以来繰り返し思い浮かぶ言葉がある

「人を生かして死ねよとね
24までを育てしや」

覚悟の話になると何故か必ずそう浮かぶ

本来は「人を殺して死ねよと~」だ


そういえば「天使の声」の彼女も24歳だった

君死にたまふことなかれ

生きてこその話だ



この時期にあの職業を選ぶからには、結局覚悟を求められるのだ

どの覚悟をするかは自分次第だが

私の友達は死ぬ覚悟ができている
私は、みんな死ななくて済む最善の方法を考えたいが、最悪の場合の覚悟ならあの日からもうできている

死ぬよりもきっと、生き残る方が、ずっとつらい

土壇場になったら、どうなるかはわからない

それでも住民のためを思って命懸けで動ける職員でありたいと思う




乗り越えたからハイになってる

うへへへ

幸せ

私は自由だ



自己PRオッケー貰ったし

自分なりに納得できる流れに改造できたし



明日は博物館の研修だからジュンク堂で欲しい本あるか探そう

へへへ

もう落書きして落書きして楽しいな

今なら多分友達のとこの臍出しセーラー着てピースできる←