以前、某質問系のサイトにてこんな事がありました

質問:新選組と新撰組ってどう違うの?別モノ?

回答群
「ただの誤字」
「旧字体か新字体か」
「新選組はテレビ、新撰組は歴史」
「どちらでも可」
……


私はそれ以来そのサイトには行っていません

しんせんぐみ には上記の2通りの漢字表記があります

では上の回答群の中でどれが正しかったのでしょう

答えは「どちらでも可」です


当時漢字は音、つまり読めればどんな漢字でも当てて使われていました

まあ当然といえば当然です

文字を習うのは多くが寺子屋で、漢字に関する統一的決まりは無かったと思います

明治になってから漢字に関する事が定められました


当て字の例としては
「左之助」→「佐之助」(近藤の手記)
「総司」→「総二」(本人の手記)
なんてものが有名です


新選組は隊の判子などでみられる表記です
新撰組は近藤の手記などでみられる表記です(新選組の字も勿論手記でみられます)

両者が併用されていたというのが一般的な見方です

ちなみに新選組は会津藩に元々あった名称です

新撰組の撰は「優れたものを選ぶ」という意味があるので小説なんかでは好まれているようです


個人的には新選組の方を好んで使っています
新撰組の字の方がそりゃあ好きですがやはり公式の判子などに用いられていたこちらを私は使用します


あと沖田の名の読みは「そうし」ではなく「そうじ」です

根拠はやはり先に述べた手紙の「総二」です

では何故「そうし」が広まったのか

それは司馬遼太郎原作の新選組のドラマを作る際、沖田役に起用したイケメン俳優の名前「じゅんし」にちなんで役名を「そうし」にしたからです

そのドラマは人気を博し、沖田はイケメンで名前は「そうし」が広まってしまいました

実際私の携帯では総司の字は「そうじ」ではなく「そうし」ではないと変換されません


あ、司馬遼太郎の歴史小説は大半が捏造です

土方と沖田は別に仲良くありませんでしたし斎藤は会津に残りました
山崎は池田屋の時別に活躍しませんでした


次は龍馬などの話