過去にこの標題で下記のような内容の記事を書きました。


ある程度メドが立ちつつあります。
これは主に第一世代のみなさんです。

第二世代のみなさん、入試真っ最中だよな。
君たちにもぜひ来てほしくて、ちゃんと席を空けて待っていますよ。

今は自分の未来を創造すべく、ガムシャラにがんばってくれ!

大学が決まったら、報告に来てください。
そして、そのとき、もし興味があったらそういう話をふってくださいな。


こんなこと言って誰も来なかったらどうする…。
いや、メドは立ちつつあるから、そのときは開き直るさ。




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突然ですが、
そして、前触れですが。


透塾では、チューターを採用したい、という流れになっている。



もちろん、ここに書くということは、
僕のかわいい、かわいい教え子たちを誘いたいと思って書いている。



教育に興味がある若者、
または、加藤に興味がある若者、
ぜひ連絡をください。
くわしくお話をしますので。



特に、僕の第一世代(2007年3月卒)と第二世代(2009年3月卒)の諸君、
ぜひ連絡をください。



第一世代のみなさんは、現役合格ならばもうすぐ大学三回生ですね。
中途半端な時期ではあるが、君たちと一緒に仕事をできること、これ以上の喜びは僕にはない!



第二世代のみなさんは、大学入試真っ最中ですね。
ぜひ、大学入試が終わったら、僕に報告に来てください!
そして、興味があったら、ぜひチューターのことも聞いてください。



連絡は
katoo231981@gmail.com
まで。



また、3月くらいにこういうことを書くと思います。


繰り返しますが、

教育に興味のある若者、
および
加藤に興味のある若者、

来たれ!
最も大切にしたいもの。


辞書で調べてみた。

1 外から強い力や刺激を受けて心を動かすこと。
2 動作または行為を行おうとする抑えにくい内部的な欲求。目的が完遂することによって消滅する。

要はこれだ。

僕は衝動に駆られて生きている。



内なる衝動がもし生まれなくなったら、どこへ向かって生きていくのだろうか。



そして、
この内なる衝動を生み出すのはいったいだれか?


自分自身か?
他の誰かか?

それとも
神が与えしものなのか?



たぶん、
どれもが正解で、どれもが間違いである。



少なくとも、衝動に駆られて生きていたい。

衝動に駆られて生きることを善しとしたい。

そんな人間を目指す。



打算的な生き方で失った可能性は、

きっといくつになっても取り戻せないぜ。



ともかく、すごく好きな言葉に出会えた気がする。

ずっと知っていた言葉なのに、今日初めて出会えたような気がする。

僕は「衝動」に駆られて生きる。