吉野家タブレット問題 vs なか卯決戦のかとぅ | katoo the world

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牛丼チェーン店で最後まで対面精算を取り入れて来た吉野家にもついにタッチパネル式のタブレットが導入されはじめた。深刻な人手不足の影響もあり、タブレットの導入は時代の流れだと思う。しかし、この吉野家のタブレット、異様に使いにくいのである。使いにくいせいで、注文に時間がかかる。これまでは店員に「牛丼並盛と生卵」と伝えれば3秒で済んだ注文が、タブレットが導入されたことで優に1分はかかるようになってしまった。

時間がかかる理由は明確だ。実際にタブレットを操作すればすぐに理解できるはずだ。端的に言えば、「トップページに牛丼の注文ボタンがない」のだ。牛丼の“牛”の字すらない。カレーや定食などの高価格帯のメニューばかりが表示され、一番食べたい牛丼がないのである。

実はこの私かとぅ、学生時代に吉野家で働いていた。

貧乏暇無し学生であった私は、近隣で、食事が摂れて、深夜勤務の出来るバイトを探しており、その結果吉野家がジャストだったのだ。

週2日程度のシフトで無理なくこなしていたし、早々に店長代行を務める様になり、働く喜びをも感じていた。

深夜は来客も少なく、ある意味ノビノビと働いていたが、その後は早朝から怒涛のラッシュが続く。
国道沿いの店舗だったのでドライバーが引っ切り無しに来店するのだ。

来店数もさる事ながら、皆時間に追われるドライバーなモノで、回転も素晴らしくスムーズであり、結果毎回荒行と呼ぶに相応しいバイトであった。

ただ、このバイトを辞めたいと思った事は一度も無く、店舗から遠方に引っ越してからも、電車で通勤してバイトを続けた。
学生仲間で一丸となって店舗を盛り上げるのは、学園祭の様な爽快感が有ったのだ。

深夜勤務の場合、賄いが2食分付くのだが、幾ら血気盛んな学生とは言え、1日に2度も牛丼を頂くのはヘヴィであった。
コンビニでレトルトカレーやサラダを購入してトッピングし、味変を楽しんでいたのだが、私の好みはコショー牛丼であった。
スパイシーでありながら、肉が甘く感じられて美味しかった。

退店後、「もう二度と牛丼を頂く事は無いだろう」と、些かグロッキーではあったが、未だに一年に1度程度吉野家に行っている。

松屋やすき家に押し切られたか、牛丼一本のストロングスタイルから、カレーやハンバーグ、サイドメニューの充実なども有り、随分と印象は変わったが、私はやはり牛丼ならば吉野家一筋である。

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さて今回、我が吉野家のタブレット導入が物議を醸していると言う。

何でも注文のトップページに牛丼の注文ボタンが無いとの事で、吉野家で牛丼が注文出来ないとは、ちょっと何言ってるか分からない。

ただ、0.2秒程度混乱したモノの、この記者の想いには実に共感させて頂きたい次第だ。

2012年、マクドナルドの店舗からレジカウンター上にあったメニューが消えた。

当時レジ後のディスプレイには、高額なセットメニューのみが表示されており、安価な単品での注文は受け付け無いかの姿勢に見える。

私がマクドナルドに行く理由は唯一つ、スマホの充電の為で、基本的にコーヒーしか注文しないのでメニューが有ろうが無かろうが特段問題など無い。

ただ、使い慣れていない家族連れや高齢者は困惑する事であろう。

メニューが有れば、写真を指差しながら「コレと、コレと、コレ」といった注文も出来ようが、孫が喜ぶと来店した高齢者が、レジ前で「あのぅ、ポテトの、あのシャカシャカの…」とか、申し訳無さそうに言っているのを想像するだけで胸が痛い。

マクドナルド側は「レジ前でメニューを見ながらの注文には時間がかかり、他のレジ待ちのお客様からのクレームを防ぎたい」との意図と説明したが、メニュー撤去には更に大きなクレームが寄せられ、早々にメニューが復活する事となった。

また実際に私自身の経験として、ごく近々で「なか卯」に行った際、タッチパネル注文に四苦八苦した経験がある。

先述の通り、私は牛丼は吉野家派だが、総合力で最も評価しているのが、実はこの「なか卯」である。

ポイントは「京風うどん」だ。

白だしベースの優しくふくよかな京風うどんは、もっちりとしたうどんの食感も相まり、専門店でも中々味わえない逸品で、味付けの濃いミニ牛丼と合わせると、カロリー全てがさっぱりと流され実にヘルシーなのだが、この感覚は吉野家では中々味わえないモノ。

折角の出張先ではあったが、然程時間も無く、久々の「なか卯」を前に迷わず入店し、タッチパネルにて「京風うどん×ミニ牛丼セット」を注文しようとするも、先ずセットメニューが無い。

「牛丼単品」、「うどん単品」、「セット」というボタンが並ぶなら分かるが、其処に「牛丼」の文字は一切無く、「親子丼」、「うな丼」、「海鮮丼」、「鶏から丼」、「和風カレー」…と予想だにしないメニューが並び、私は本気で店を間違ったかと思った。

実際には2014年「なか卯が牛丼提供を終了した」と知ってはいたので、「ハハーン、なるほど…」と納得はしたが、店先のタッチパネルに改めて教えられるとは些かショックではあった。

「なか卯」を運営するゼンショーホールディングスは、同傘下の牛丼店「すき家」との住み分けの為にこの決断に至ったとの事だが、コレは悪手だと断ぜずにはいられない。

個人的な意見で申し訳無いが、牛丼チェーン店では「すき家」が最も好みでは無く、私はほぼ行った事が無いし、ワンオペ問題含めてその企業姿勢を疑問視して来たのだ。

なので、「なか卯」から牛丼が消えた理由が「すき家」と言うのは許し難いし、その代品として発表されたのが「牛すき丼」と言うのも、全く分かっていない。

「牛丼」と「牛すき丼」が全く別の食べ物である事すら、ゼンショーは理解していないとすれば、我が愛する「なか卯」の将来すら危惧せざるを得ない次第だ。

実際に「親子丼」、「うな丼」、「海鮮丼」、「鶏から丼」、「和風カレー」が並ぶタッチパネルを前に、その危惧が的中した事を知り暫し落ち込んだ。

まあ「親子丼」は良い。

実際に「牛丼」が無い事を思い知った私が注文したのが「親子丼」だったし、京風だしで柔らかく煮込んだ鶏肉とトロットロの卵が想像以上に美味しかった。

ただ、その後の「うな丼」、「海鮮丼」、「鶏から丼」、「和風カレー」など、誰がなか卯で注文すると言うのだろうか?

まあ、コレは未だに「なか卯」を「うどん×牛丼屋」と捉える古参ファンからの戯言なのだが、ハッキリ言って「なか卯」が「うな重950円」や、「まぐろ山かけ丼840円」、「和風こだわり卵カレー580円」を、節操無く提供するのは、余り気分の良いモノでは無い。

そんなモノ、ただの「松屋」である。

ちなみに私は「松屋」の「うまトマハンバーグ定食」が、最強のチェーン店メニューであると確信しているが、ソレとは別の意味で「なか卯」のスタンスの揺らぎに苦言を呈したい次第だ。

さて、話をタッチパネルに戻すが、「なか卯」では単品メニューを注文した後で、別の単品注文が可能なナビゲーションとなっていた。

勿論、全てのメニューが「普通、大盛、小盛」と、サイズも選べるので、実質お好みでセット化が可能と言う事。

要するに「なか卯」が提唱するセットは存在せず、逆にどんな単品も好きに組み合わせてセット注文する事が出来るのだが、私にとってこのナビゲーションは非常に不快であった。

先述の通り「なか卯」のタッチパネルは入店時、着席前に行うのだが、昼食時など後ろに列が並ぶ中で、良く分からないナビゲーションで混乱させられるのだ。

着席して、じっくり注文を吟味出来るスタイルであれば未だ良いが、「早くしろよ、コッチは時間無いんだよ…」と言う、後方からの無言の圧力を受けながら、「京風うどんは外せないとして、ん?まぐろ山かけ丼?攻め込んで来るなぁ…。和風こだわり卵カレー、コレは保留…。俺は今、メニューの迷宮の中で完全に迷子だ…」などと、孤独のグルメごっこに興じている場合では無い。

そうこうしている間に後ろの列が、店外まで伸びているでは無いかッ!?

そんな事ならば是迄通り、「丼単品」、「うどん単品」、「セット」とシンプル仕様にする事こそが肝要である。

「セット」は「親子丼×京風うどん」、「うな重×海鮮丼」、「和風カレー×京風うどん」と人気の3パターン程度に絞り、厨房の手間も軽減。
結果的に回転数を上げ、収益に繋げられる。

今回問題提起された吉野家のタブレットで、注文のトップページに牛丼の注文ボタンが無いという問題も、マクドナルド、なか卯同様の、運営側の利己的な観点を感じずにはいられない。

「牛丼以外の吉野家も知って欲しい」と言う企業側の想いは分かるが、我々にとっては「牛丼あっての吉野家」なのだ。

妙な情報操作は止めて頂きたい。

吉野家だけ最後まで券売機やタブレットを導入しなかったのは、「お客様と店員の会話を大切にしたいから」と、以前吉野家の幹部が言っていた。

牛丼一本、店員にぶっきらぼうに「牛丼並盛と生卵」と注文する。

ソレが実に吉野家たるコミュニケーションに感じるし、我々の望む「牛丼は吉野家」なのだ。

かとぅ