「お雛様」のこと | カトネの小部屋

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福岡在住。日々の徒然を書き留めます。

もう、今年のひなまつりは3日前に終わってしまっているが、自分における「お雛様」の記憶を。

育った家は3世代同居の広い家であったが、私たち姉妹のお雛飾りはお内裏様とお雛様一対のシンプルなものであった。なので、子どもの頃は五段飾りや七段飾りがうらやましくて仕方がなかった。実家の近くに玩具の卸をやっているお店があり、シーズン前になるとお雛様も飾っていたのだが、よくそこに遊びに行っては、五段・七段の飾りをほお~っという思いで眺めていた。

ただ、実家のお雛様もお顔立ちはきりっとしていたし、お内裏様の差している剣などは鞘にきちんと刀が収まる精巧な造りで(一般的にそうなのかもしれないけど)細々とした部分までよく出来ていた。二体だけのお雛様だからといって決して見劣りがするわけではなく、じゅうぶんに「お雛飾り」としての威厳と迫力を供えたものであったと思う。小学生の頃はその周囲に、お気に入りのぬいるぐみを並べたり、また菱餅などを供えたりして桃の節句を楽しんだ。

私が中学生になるくらいの頃から、お雛飾りは飾られなくなった。母が忙しかったからだろうか。高校を卒業して家を離れてから、あのお雛飾りのことはすっかり忘れてしまっていた。

三十代半ばにして結婚し二児を授かったのだが、我が家にやってきたのは二人とも男児。お雛祭りというのはどこかよその国のイベント(笑)に近い状態が続いている。だが、数年前にこんなことがあった。

妹が妊娠し、妊婦の間に実家に帰省した時のこと。私の携帯に彼女からメールが届いた。それは、懐かしいあの私たちのお雛様だった。すでに妹の子どもが女児とわかっており、母は実家にしまってあったお雛様のことを思い出したのだという。お雛様って、うちの母にとっては幼い女の子のものなのだなあと思って笑ってしまったのであるが、携帯に届いた画像のお雛様はあのきれいなお顔立ちのままであり、なぜかとても安心したのである。

ちなみに、実家には私の長男が生まれた時に購入された鎧兜がある。端午の節句が近づくと毎年これが飾られるのであるが、東京に住んでいた時からずっと毎年ゴールデンウィークには長崎の実家に帰省している。鎧兜に引き寄せられるように、というか。お雛飾りはないけど、うちの子どもたちにはこれがあるからいいか、と思っている。