第四章「大人にできること」 | 元校長先生のブログ

第四章「大人にできること」

子どもの体験―その(2)


私が校長を務める中学校で先生たちが「総合的な学習の時間」を活用して「子どもたちに昔の遊びを体験させたい」と言う。多少の予算組みをしてベーゴマを購入した。本当に子どもができるのかどうか、その前に先生たちが指導できるのかどうか、私は気になって参観しに行った。自分が子どものころ得意だったので、腕前を披露してやろうという魂胆もあった。しかしなんと、体育館の木製の床(ゆか)の上でベーゴマを回しているではないか。そのように先生たちが「指導」しているのである。ベーゴマは「床(とこ)」と呼ばれるシートの上で戦ってこそベーゴマ遊びなのだ。遊びの文化の継承も途絶えつつあるということになるだろう。メンコやベーゴマや剣玉は、体のリズム感を養い、特に膝の使い方の修練になるはずだ、と今も信じている。体験は子どもを鍛えるのである。




元校長先生のブログ-子どもの体験―その(2)



プロ野球の鉄腕・稲尾和久氏は、「子どものころに舟の櫓をこぐことによって足腰が鍛えられた。」と自分を振り返って語っている。稲尾投手とは比べものにならないが、私自身も少年時代の新聞配達など、アルバイトによって鍛えられた記憶と自覚がある。しかし今は中学生のアルバイトは法に触れるからと許されず、高校でも禁止のところがある。家事労働も、ごくわずかしかない。子どもの労働体験は、ずいぶん減ってしまった。


そこで私は中学校校長として、「職場体験」を模索した。ちょうど2年生の担当教師がこれに興味を示し、ぜひやってみたいと校長室を訪れたのもキッカケの一つだった。しかしその教員は、その学校にまだ転勤してきたばかりで地域にも馴染んでおらず、体験先を探すことが難しい、それがネックとなって学年内には反対意見もある、と言う。「それなら!」と私は毎日電話をかけまくった。退勤後に、市内の事業所に足を運んで折衝もした。


3日間で20件の体験先を確保し、「これでどうだ!」と迫った。「職住接近」=住んでいる町と勤務している町とが同じ、という自分の立場が幸いしていた。住んで生活していれば、町の中にけっこう知り合いがいるものである。


管理職になる前の経験も役に立った。学年主任や教務主任の肩書を利用して、父親を講師として学校に招く「職業講座」を実現したり、「職場訪問活動」と称して市内の事業所やお店を、生徒に訪ねさせる活動を試みたりしてきたので、その時の縁を活かすこともできた。PTA組織は教員が持っていない情報やつながりを持っている。この協力も大きい。兵庫県全県で1998年に始まった「トライやるウィーク」のダイナミックな体験活動が、刺激を与えてくれていたのは間違いない。<「トライやるウィーク」は、阪神淡路大震災と神戸児童連続殺傷事件(いわゆる酒鬼薔薇事件)後の、教育の重要性の見直しをすることから兵庫県教育委員会によって発案されたものである。正式名称は「地域に学ぶトライやるウィーク」。月曜から金曜まで学校に行かず5日間連続で職場体験をする。>


ところが、市内の校長たちにこの職場体験活動について報告すると「トライやるウィークってなぁに?」と返ってくる。新聞の一般紙でも報道されていたはずである。教育界の専門紙でもある「教育新聞」または「日本教育新聞」は、どの学校でも公費で購入され、そこには一面で大々的に取り上げられていたにも関わらず、それを知らない。校長室で何をしているのかと疑いたくもなる。


また、「うちの学校は大規模だから、生徒数に見合った体験先は探せない。」と断言する校長もいた。だからこそ私は、「市の教育委員会が商工会議所や青年会議所と協議して、受け入れ先を確保する方法がよい。」と主張したのだが、それは当時としてはついに通らなかった。「総合的な学習の時間」がまだ導入される前だったためか、時期早尚であったのかもしれない。。


しかし、対照的で皮肉ではあるが、地域のお店や保育園や動物病院など、事業所の方々の反応は極めて良好だった。「今の中学生は、働くということがよく分かっていないからね」「夢を持たせる意味でも役に立つんじゃないですか」「大人と接触させることが、子どものためになると思いますよ」など、受け入れ先事業所の方が、学校関係者より体験活動の意義と「子どものため」を理解してくれている。地域社会で働く人たちは時代を読みとり、子どもの未来を案じてくれているのである。


そしてこれまた皮肉なことにそれから数年後には、その市の教育員会から「総合的な学習の時間」を使って「中学校による全校職場体験活動」の指示が出されたのである。校長という立場にとって、教育委員会の指令は絶対的である。だから理想の実現にとって、教育委員会の英断は歓迎すべきことではある。しかし「やれと言われたからやる」のではなく、学校現場が親や地域と一体となって「学校を変える・地域を変える」という意気込みを示したいものである。それが子どもたちの未来を創ることにつながるはずである。


ただし現在、「上からの指示に基づく義務的な職場体験」は、ある部分では形式化してしまって当初の目標を見失っているところがあると思われる。たとえば、ある眼鏡店の店員を体験している中学生は働くことがたいした内容でなく、所在なさそうにただ座っている時間が多い。またあるスポーツジムでは、フロアの入り口に立ってただ「いらっしゃいませ」を繰り返すだけの中学生も見かける。


 これでは働く側も働かせる側も、張り合いをなくすにちがいない。「教育委員会がやれと言ったからやる」と学校が仕方なく受け止めているとしたら、根本的にこの体験活動の仕組みを変えなければなるまい。校長を初めとした先生たちの意気込み次第なのである。


元校長先生のブログ-子どもの体験―その(2)