第四章「大人にできること」 | 元校長先生のブログ

第四章「大人にできること」

子どもの体験不足は誰がどう補うかーその(1)

 

 東京江東区豊洲に「キッザニア」という施設がある。子どもが職業体験をするところである。中学生以下の子どもに限り、入場料4000円ぐらいを払って「疑似職業体験」ができる仕組みとなっている。職種は90種類以上あり、大盛況だそうだ。



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 いいところに目をつけたものだ、と感心させられる。これを、「たかが疑似的体験ではないか」と見るか、「疑似的ではあってもとにかく体験させることが大事だ」と見るか。私は、この「職業体験」がビジネスとして成り立ってしまうことに、なんとも言えぬ侘しさのようなものを感じる。家庭でも学校でも、子どもの体験が極端に減ってしまっていることを物語っているからだろうと思われる。消費社会の拡大によって、「お金を払って体験を買う」時代がやってきた、というところに侘しさを感じたのかもしれない。かつて野山で捕まえていたカブトムシやクワガタを現代では「購入する」。それと大差ないと言えば、それも一理ある。

 

 保育園では、水道の蛇口をひねることができず、水を水道から出せない子どもがいる。家の水道は、ワンタッチのレバー式ばかりになってきたからである。小学校では、雑巾の使い方や絞り方を知らない子どもが増えている。家庭で雑巾を使う習慣がないからである。


 「北斗七星は柄杓(ひしゃく)の形をしているんですよ」と授業で説明しても、柄杓なんて使ったことも見たこともない子どもが多いので、説明にならない。小学生も中学生も、鉛筆を削れない。危ないからと言ってナイフを所持させたり使わせたりしないからである。路地裏や原っぱを駆け回って集団で遊ぶ姿も、その環境が失せてしまっている所では見受けられなくなった。メンコやベーゴマなどは、もはや「昔の遊び」となってしまった。


 中央教育審議会(中教審)の言う「自然の偉大さや美しさに出会ったり」する機会も、極端に減ってしまっている。この状況では「社会性や豊かな人間性、基礎的な体力や心身の健康、論理的思考力の基礎を形成する」ことも難しい。


そこで「親や教師以外の地域の大人や異年齢の子どもたちとの交流、集団宿泊活動や職場体験活動、奉仕体験活動、自然体験活動、文化体験活動といった体験活動は、他者、社会、自然・環境との直接的な関わりという点で極めて重要である。」となり、「これらの体験活動の充実にあたっては家庭や地域の果たす役割が大きいことを前提としつつも、核家族化や都市化の進行といった社会の変化やそれを背景とした家庭や地域の教育力の低下を踏まえ、学校教育における体験活動の機会を確保し、充実することが求められている。」(平成20年1月17日・中教審答申)となって、学校でなすべきことがますます増大してくることになる。




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