第三章「学校に関わりを」 | 元校長先生のブログ

第三章「学校に関わりを」

不登校はなくなるかーその(1)

 

 小中学校の不登校の子ども(年間30日以上の欠席者)は、多少減ってきているものの、全国で12万人もいる。こうした今日の教育課題は、教員採用試験や管理職試験の論文課題として出題される。



元校長先生のブログ-不登校はなくなるかーその(1)



 教頭試験の論文練習で、「不登校にならないような強い子を育てる」という主旨の小論文を書いた先輩教師がいた。果たしてそうだろうか。「弱い子」が不登校になるとは限らない。


 

 私が不登校の生徒と出会ったのは、昭和50年代だった。そのころはまだ「登校拒否」と呼ばれていた。担任はその年に配属されたばかりの新人教師である。どうしてよいか全く分からない。学年の先生たちが集まって原因を探る論議をしてみても、いっこうに原因らしきものがつかめないが、決して「弱い子」とは言えない。時に頑固とも思えるほど、何事もまじめに考えるタイプの生徒だった。


通勤途中に彼の家に寄りやすかったので、私自身もどうするべきか分からないまま、家庭訪問だけは何度も繰り返した。時には朝、出勤前に彼の家に寄って、強引に連れ出そうとしたこともある。だが、本人は文字通り柱にしがみついて、頑として動かない。父親と私は、力ずくで彼を柱から引きはがそうとするのだが、二人がかりでも動かない。まさに登校「拒否」である。いま思えば私のそのやり方は、一方的で強引に過ぎたようだ。


「そんなに学校に行きたくないなら、無理して行かなくてもいいんじゃない?」ついに私は、そんな言葉を口にしてしまった。すると彼は、なんとなくホッとしたような顔つきになり、自転車で10分ぐらいの距離にある我が家にやって来るようになった。どうやら、学校に行くのは難しいが、我が家に来ることには抵抗がないらしい。


彼の家にはお風呂がなかった。貧しいからというわけではなく、当時の材木問屋の多いこの地域としてはごく普通のことで、銭湯に通う生徒はたくさんいた。律儀な性格の彼は、「学校へ行ってないのに、銭湯で友だちに会うのは恥ずかしい。」と考える。我が家に来る目的の一つは、どうやらお風呂に入れることもあったようだ。


父親は叱ることの方が多かったが、彼が釣り好きと知ると、木材関係の仕事仲間から舟を借りて東京湾に息子を連れ出したりもした。私も妙な「休暇」をとって同乗させてもらい、一緒にカレイ釣りを楽しんだことがある。そんな父親の姿勢と気持ちは、子どもに伝わるのだろう。中学校ではなかなか登校できなかったが、定時制高校に進学して勉強を重ね、今では父親と同じ木材関係の仕事に就いて、しっかり働いている。毎年必ず年賀状も送ってくれている。


しかし残念ながら、ある教師の言動が関わっているではないかという私なりの「仮説」はあるが、今もって彼の「登校を強く拒否した主因」は解明できていない。原因が分かっていれば、その原因を取り除くことによって登校へのハードルは低くなり、不登校状態から脱することは可能となる。しかし不登校の多くは「これだ!」という理由を探しにくいのである。


あれからほぼ30年が経つ。その間に何人もの不登校生徒と接してきたが、原因・理由を掴みきれないものが圧倒的に多い。学校指定のジャージを着ることに大変な抵抗感があり、その心理が不登校の根底にあったというケースもある。世に「不登校=いじめによる被害」という図式を固定化して理解してしまっている人もいるようだが、それも誤解と言える。


いじめにあったからという理由は、不登校理由の一部分にすぎない。(文部科学省調査では、中学校で不登校全体の2.6%)。ただし「文部科学省の調査なんて信用できない。いじめを発見できていないのだ」とする説も成り立つだろう。しかし昨日まで元気に飛び回っていた子が、翌日からパッタリ学校に来なくなってしまうというケースは、現実に起きているのである。文部科学省の言う通り「不登校は誰にでも起こり得る」のだ。


 

退職後、教育委員会の要請を受けて、中学2年生の不登校の女子生徒2人に、勉強を教えたことがある。数学では、プラスとマイナスのつく正の数・負の数が全くできていない。英語も、アルファベットがようやく書ける程度だった。1年生の学習内容が、全く身についていないということだ。学校に別室を用意してもらい、そこで勉強することになった。


できるだけやさしい問題からやらせる。できたときは満面の笑みでとても喜ぶ。どんな子どもでも(大人でも)自分に力がついたと感じれば、嬉しいものだ。簡単な方程式が解けたときなどは、まるで新発見をしたかのように目を輝かせる。


ところが、いつまでもやさしい段階に留まっているわけにはいかないので、ランクアップさせた問題にも挑戦させなければならない。すると1人の生徒が、「こんなのできないよ!」と大きな声で言う。明らかに苛立っている。「できる問題やらせてよ!」と言うのである。こちらの教え方のまずさもあるのだろうが、その態度は「わがまま」としか見えない。


 その子は、約束の日時に何の連絡も寄越さないでこの勉強会を休む、ということが何度かあった。「約束の時間には待ってる人がいるんだから、休むって電話をした方がいいんじゃない?」と問いかけると「だってそんなこと知らなかった。教わってないもん!」と答える。それでいて、自分の都合に合わせて突然「今から勉強を教わりに行ってもいい?」と電話してくる。それもわがままと解釈できる。断るべきか受け容れるべきか。


 この話を、元小学校校長に話したところ、「今時は、そういう元気な不登校がいるんだぁ。不登校の子って暗くておとなしいというイメージだったんですけどね。」と言う。決してそんな単純なものではない。


 ちなみに、その子の家庭には、たくさんの弟や妹がいる。弟の一人が病弱で、長女である彼女はしょっちゅう弟のために保育園のお迎えや病院通いをしているそうだ。「お母さんが行きなさいって言うから」がその理由である。母親は仕事に就いているわけではないのに不思議な状況ではある。こんな風にして、学校を休むことを当然のこととして意識化、常態化されてしまう不登校もある。



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