第三章「学校に関わりを」 | 元校長先生のブログ

第三章「学校に関わりを」

1プロブレム・中1ギャップーその(1)

 

 保育園や幼稚園から小学校に入学した際に、なかなか学校の生活スタイルに馴染むことができず、子どもが右往左往してしまう。時にはそれが問題行動となったり、教師の悩みとなったりすることがある。



元校長先生のブログ-小1プロブレム・中1ギャップーその(1)




小1プロブレムとは、「(小学校)第一学年において、入学後の落ち着かない状態がいつまでも解消されず、教師の話を聞かない、指示通りに行動しない、勝手に授業中に教室の中を立ち歩いたり教室から出ていったりするなど、授業規律が成立しない状態へと拡大し、こうした状態が数ヵ月にわたって継続する状態をいう。」(東京都教育委員会ホームページでの定義)


「勝手に立ち歩いたり教室から出て行ってしまったりするなど、授業が成立しない」のは、いわゆる「学級崩壊」の1年生版である。「小学校1年生で学級崩壊?」と驚いてはいけない。小学校では、どんな学年にも「学級崩壊」は起こり得る。「やんちゃ坊主がひっかき回してるんじゃないの?」そういう事態ではない。「教師の指導力が無いんじゃないか?」否定できない部分はあるが、それも違う。すでにコラム1で述べているがもう一度繰り返せば、小学校低学年でも「学級崩壊」は起こるのである。


「1クラスの人数が多すぎるからだ」と主張する中学校教員もいる。こういう人は、「1クラスを20人とか30人とかにすれば、いじめもなくなるさ」と平気で言う。なんでもかんでも1クラスの人数を減らせば問題が解決すると考える、なんとも平和な先生たちがいるものだ。


小学校1年生としての基本が、身に付いていないのだ。人間としての基本が身に付いていない、と言ってもよい。それをある校長先生が「まるで猿のようです。」と会議で表現したところ、「今の発言は差別語を含んでいますので、訂正願います。」と市の教育委員会幹部がすぐさま「指導」を入れる場面にも出くわしている。その校長が「猿のようだ」と感じたのだから、それでいいではないか。「猿のようだ」と感じてしまうその実態をこそ、差別発言かどうかよりも先に、教育委員会幹部が率先してその目で確かめ、方策を示すべきはずである。


「習わぬ経は読めぬ」。子どもは、教えられていないことはできないのだ。つまり、学校は学習する場所なのだから「授業中はきちんと自分の席に座る」「先生がお話をしている時には先生の顔を見て話を聞く」「机は足で踏んだり乗ったりする場所ではない」等々の実に基本的なことを、学んでいないということになる。私は校長として、あるいは地域の一員として小学校の入学式に参列する機会も与えられてきたが、入学式でさえ、じっとしていられない子どもの姿を見てきている。小学校の先生もたいへんだなと思う。


幼稚園や保育園で充分な指導を受けていないのではないか。幼稚園や保育園での育ち方に問題があるのではないか、という意見も聞く。仮にそうであったとしても、「遊びを中心とした生活を通して体験を重ね、一人一人に応じた総合的な指導を行う」幼稚園と、「時間割に基づいて、各教科の内容を教科書などの教材を用いて学習している」学校とでは、目的も機能も違うのである。まして、保育園は、教育機関ではない。


「のびのびと育てたい」とする「のびのび」の中身の勘違い、「自由」と「野放図」の履き違え、「自主性」という名の下の無責任等々、いろいろな要素がからまり合っている。子どもたちの「順応する力」も落ちているのではないか、と私は推察する。


この「小1プロブレム」が「小1プロブレム」と呼ばれるようになる前に、1990年代からこの問題に注視していた教員がいる。小学校の教頭になったばかりであった彼はその立場を利用して、まず近くの幼稚園や保育園に小まめに足を運ぶ。現場を見ることによって、幼児教育(保育)と学校教育の違いを肌で知り、そして何より大事なのは、幼稚園の職員や保育園の職員と仲良くなっていったことである。


幼稚園や保育園に、一方的に注文をつけるだけでは、ことは前へ進まない。相手の立場を尊重しつつ、幼稚園児や保育園児に小学校に来てもらう行事も取り入れた。こうなると小学生も、先輩顔して満足である。小さい子どもの面倒を見ることに、充実感を覚えるのだろう。入学式前にその学校に足を踏み入れておくことは、園児たちにとっても安心感や期待感を生む。


同時に「規律あるお兄さんお姉さん」に対して、尊敬や憧れも持つようになる。子どもは、尊敬や憧れの対象があってこそ成長するものだ。しかし、幼稚園・保育園・小学校にのみ、その任を預けたままでいいのだろうか。尊敬や憧れや規律は、家庭の中ででも育めるはずである。


幼稚園教育要領(小中学校の学習指導要領にあたる文書)には、「幼稚園教育と小学校教育との円滑な接続のため、幼児と児童の交流の機会を設けたり、小学校の教師との意見交換や合同の研究の機会を設けたりするなど、連携を図るようにすること。」と銘記されるようになった。


今ではこうした取り組みは「幼保小の連携」と呼び、あちこちで行われるようになっているが、前述のような教頭の存在は当時としては画期的だったのではないか。行政の機関は、人がどんどん入れ替わるから仕方ないのだろうが、このような教頭の先駆的な業績を、きちんと評価し記録に留めておくべきだろう。同時に、そうまでしなければならない現実を、もっと多くの親に知らしめる必要もあるだろう。




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