第二章「親の態度で子どもも変わる」
さてそれでは、「叱らない親」はどうなのか。「叱らない親」と「叱れない親」に二分されるのではないかと思われる。
叱らない親は、自分の子どもに絶対的な自信を持っている。私立難関校と言われる高校をめざして、授業中に塾の宿題を毎日やっている中学3年生の男子生徒がいた。新任の教師をナメている節がある。力はありながらも、当然その教科のテストも評定もあまり良くない結果となる。新任とは言え、これを注意することができない(あるいは気付かない)。教科担当教師としての力量に疑問を持ってしまうが、大学の教職課程ではそんなことを教えてくれない。それはさておき、学級担任としてはこの生徒の授業態度を見逃すことができない。
そこで進路を決めるための三者面談で、学級担任が授業中に塾の宿題をやることについて反省を促すと、母親は改める態度を示すどころか猛然と抗議するのである。「授業が悪いのであって、子どもが悪いのではない。あんな授業をやっていたんでは、ウチの子は実力がつかない、伸びない。だから内申書の成績が悪くてもいい。入試で点を取ればいいんでしょ!」と言う。
その親にしてこの子あり。こうした価値観は、当然子どもにも及ぶ。「高校は義務化すべきかどうか」という論題でディベートをした際には、「○○くんのような偏差値30の人といっしょにされたくない。だから高校は義務化でなく、行ける者だけが行くべきだ。」という論理を展開するようになる。名指しされた○○くんの心情はどうなるのか。平然と学習成績だけで友人を価値判断する無神経さをどうすべきか。
情けないことに、その場には教師が討論の指導役として同席していたにも関わらず、叱ることも助言することもなく終わり、結局また学級担任からの指導となった。しかし「見事に」志望の難関私立大学付属高校に合格している。叱られないまま「エリート」としての道を歩む彼の未来はどんなものになるのかと思うと、ちょっと恐ろしい。
また別の中学校では、2年生の教室でカバンが壊される事件があった。学級担任としては、目撃情報もあるのである女子生徒を疑った。しかし本人は否定し、父親は学校に出向いてきて、「今まで娘は、叱られるようなことは一度もなかった。(だから)ウチの子がそんなことするわけがない。」という論理で我が子の言を信じ、かばい続ける。仕事は新聞社勤めだそうだ。学校は警察ではないからそれ以上話を進められず、結局未解決のままである。シラを切り通せばなんとかなる、ということを学んでしまったのだ。この子のその後の人生も恐ろしい。
「叱れない親」には、親自身に倫理観が欠如している場合が多い。小さな子どもを、自転車の後ろに乗せたまま赤信号を渡る母親がいる。電車の中でおにぎりを取り出して、平然と食べる大人の光景も見られる。これでは、子どもに道徳性を身につけさせることができない。学校が道徳教育をきちんとして来なかったからだ、とする意見もある。それはそれで否定し切れないような学校としての弱みはあるが、しかし道徳・倫理の基本も、やはり家庭だろう。
万引きをして捕まったら、「いちいちなんでそんなことで警察に行かなければならないのか?」と疑問を呈した親がいる。子どもばかりでなく、親に罪の意識がないのだ。親に罪の意識がないから、子どもが軽い気持ちで万引きをしてしまうのかもしれない。「子どもが盗れるように並べているのがいけないんだ!」と、店側に食ってかかった親がいるという話も聞いたことがある。そんな親は、子どもの悪を叱れない。
別項で述べたような「親子の友だち化現象」も、「叱れない親」に拍車をかけているにちがいないと思う。
ただし、「親がいい加減な行動をとっているのに、平気で子どもを叱ることがあるではないか。」との声も聞く。それは「叱る」のではなく「怒る」のである。冒頭の「てめぇ!ホントにわかってんのかよぉ!」などはその典型であろう。自分の感情をただ子どもにぶつけているだけだ。大人になりきれない、子どもと同じレベルの親である。
「お前がテレビの前を通ったから、ジャイアンツが負けちゃったじゃないか!」冗談ではなく、本気で父親が中学生の娘に「怒った」セリフである。決して叱ったのではない。その中学生は、そんな家庭がすっかりイヤになり、家出を繰り返したりしながら、非行少女への道を進んでいってしまった。
親の都合で子どもに苛立ちや怒りをぶつける親は、たぶん今もたくさんいるのではないだろうか。それは決して「叱って」いるのではなく、「怒って」いるだけなのである。
非行少年を激しく叱ったことがある。「俺の親は、そんな風に一度も叱ってくれないんですよ。」と涙を流す。喫煙やバイクの無免許運転など悪いことばかりしているのに、ずいぶん身勝手な理屈ではあるけれど、本人にとっては重大な事実なのだ。「叱る」ことも「怒る」こともしない親がいるということなのだろ。
後に彼も卒業し、私も別の学校に転勤した。私が内臓を傷めて緊急入院させられたときには、どこから聞きつけたのか、自分のバイクを飛ばして(今度はちゃんと免許をとって)彼がお見舞いに駆けつけてくれたことがある。「先生あの時、俺を真剣に叱ってくれたから・・」と言うのである。
大学の授業でも、私は態度のよくない学生を叱ることがある。学生の反応は悪くない。「そこの二人、おしゃべりが多いよ!」すかさず「ゴメンナサイ!」という答えが返ってくる。叱り方は実に難しいものだが、正当な叱り方をすればそれを受け止める反応が、まだまだあるということだ。

