戸惑う子どもたち
男の責任 — その1
離婚が増えている。年間26万件に及ぶそうだ。10年前と比べると10万件以上も増加したことになる。離婚率36パーセントという数値も、テレビで報道された。それを信じれば、10組に3組以上は夫婦別れしていることになる。結婚式場では、4組に1組が子連れ婚だという。小中学校でも、「離婚したシングルマザーまたは再婚による血のつながりのない親がクラスに数人います。父子家庭もあります。そういう状況は当たり前と受け止めた方がいいんじゃないでしょうか?」と証言する教師がいる。
ことわっておくが、離婚はよくないとか反対だとか言うつもりはない。むしろ「あんな父親と一緒に暮らすより、別れて暮らしたことによって幸せになった」というケースがあるし、お互いが子連れ再婚で、楽しく仲良くやっている家庭もある。夫婦が別れて暮らす状況に至る原因はさまざまで、当事者でさえ明確に説明できないものもあり、第三者がとやかく言うべき筋合いのものではない。
離婚は、社会の進歩が得た一種の権利でもある。女性の権利が弱かった明治・大正のころには、別れたくとも別れられず忍従の日を過ごさざるを得ない女性はたくさんいた。死後に『みんなちがってみんないい』などの名作が発掘された夭逝の詩人・金子みすずなどは、その典型であろう。別居や離婚が許されなかったために死期を早めたのである。
時代は大きく変わった。私自身、中学校の学級担任として僭越にも「もう別れた方が子どものためになるんじゃないですか?」と生徒の母親に言ってしまったことがある。
しかし、離婚が子どもに心理的影響を与えることは間違いない。父親の暴力や女性関係などが原因によるものならば、子どもも母親の側に立ってとりあえずの「納得」は得られるだろうが、なぜ親が離婚に至ったのかを理解できない子どもには、心に穴が空く。理解できない場合でも、父親がどんな役割を果たすのかは、子どもにとって大きなファクターとなるだろう。子どもが思春期ならなおさらである。
教え子に、中学3年生の子どもを持つ40代の母親がいる。その彼女が悩んでいる。悩むというより怒っている。別居中・離婚準備中なのだが、子どもは高校受験を目前にしてナーバスになっている。しかし、父親からは何の音沙汰もないというのだ。
「仕送りや養育費はないの?生活費はどうしているの?」私が尋ねると、「あたしのパートでなんとかやっています。」と答える。しかも、父親は海外赴任で、年収2000万だそうだ!男としての、父親としての責任はどうなっているのか。
教え子ばかりでなく友人など私の周りには、離婚経験者が多い。母親が子どもを引き取った場合、ほとんどの父親は、養育費を払っていない。そのため、母子家庭としてたいへんな苦労を強いられ、昼も夜も働いている母親がいる。当然、親と子の接触時間が減り、子どもは不安定な心を抱え込む。その不安定な心が、外に向くか内に向くかの違いはあれ、正常な学校生活からはみ出し、時には非行少年や非行少女を生む下地ともなる。もちろん、こればかりが非行の要素ではないし、片親の家庭で立派に生き抜いている子どももたくさんいることは、付け加えておくが。
だが、子どもが事件を起こしたときなど、別れた父親は何もしないというケースが多い。もはや「自分の子ども」という意識が薄い、または無いのだろう。父親としての責任遂行の目安である「養育費支払い者率」とでも言うべき数値はどのくらいなのだろうか。調査してみたいとさえ思う。
養育費の基準は裁判所の判断によると、年収500万円・子ども2人・専業主婦の場合、月8万~10万円が「相場」だそうだが、ちゃんと支払っている場合でも、月4万円が平均という厚生労働省の調査がある。そんな額で子どもはしっかり育つのだろうか。
そして何より、すっきりしない気持ちを抱えている子どもの心を、親が(特に父親が)しっかりフォローしなければなるまい。
