真田十勇士の内、

昨日の記事で

「海野六郎」

「根津甚八」

「望月六郎」

「穴山小助」

4人の名字の由来を説明しました。

 

本日はその続きで、

残り6名の名字の由来となります。

 

 

「三好清海入道」

「三好伊佐入道」の兄弟は、

出羽亀田藩出身の

巨漢の豪傑という設定で

真田十勇士に登場します。

 

大河ドラマ『真田丸』において、

真田信繁は豊臣家家臣時代、

関白秀次の一族が処刑される際に

娘の一人を助けていますが、

史実においても

豊臣秀次=三好秀次の娘を側室として

男女2人の子を儲けています。

 

ここで「三好」の姓の

意味が出てきました。

 

この信繁の娘は後に

出羽亀田藩主岩城宣隆の後妻となり、

弟の幸信は「三好幸信」と名乗り

亀田藩士となります。

 

「出羽亀田藩」出身の

「三好」兄妹。

 

この設定には

史実上のベースがあったんです。

 

 

「由利鎌之助」は、

出自は複数あり謎なのですが、

出羽亀田藩のある場所が

秋田県由利郡である事は、

「由利」の姓と

無関係ではないと思われます。

 

 

「筧十蔵」は、

真田家の足軽身分の家臣に

敵の警戒を単身突破して活躍した

筧十兵衛という侍が居て、

この人物がモデルでは無いかと

言われています。

 

他の十勇士に比べると、

謎解き要素が少ない

現実に近い人物ですね。

 

 

そして人気2トップの

甲賀流忍者「猿飛佐助」

伊賀流忍者「霧隠才蔵」ですが、

こちらは人間離れした忍術を使い

大活躍する二人ですので

史実上の人物に繋がる要素は無く、

フィクションである「真田十勇士」の

特にフィクションらしい部分となります。

 

ただ、

猿飛佐助に関しては、

実在した真田忍者横谷幸重が

モデルという説や、

伊賀忍者「下柘植木猿」が

そのモデルなどの説があります。

 

なお、「水戸黄門」において、

野村将希さんが「柘植飛猿」という

忍者を演じていますが、

柘植と「猿飛」、「飛猿」の

関係から考えれば、

こちらは下柘植木猿=猿飛佐助説に

影響を受けているんでしょうね

 

 

 

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