1.オハラショーコさん

 

この安田講堂からの写真を

安田講堂陥落日に書くに際し、

少し説明を・・・

もう少し説明を・・・

と、書いている内に

12回シリーズの記事となりました(笑)

 

ブランディングを説明している

私自身がブランディングな存在・・・

 

小学生の頃から感じた

評価と実態の乖離に、

ブランディングの本質が

詰まっていますね(笑)

 

 

2.YAMAKURIさん

 

この頃は日本国中の大学が

学生運動の波と熱に

覆われていましたからね~

 

そしてこれは日本だけでなく、

世界での流れでしたが、

何がそこまで若者を

熱くさせたんでしょうね

 

結局その熱では

彼ら自身が崩壊しても

日本は変わりませんでしたが・・・

 

 

3.かおりさん

 

学生運動が盛り上がり、

ストやらボイコットやらが

ピークを迎える中、

父は普通に試験を受け

同期の中では圧倒的に少数派の

4年での大学の卒業となりました(笑)

 

結局、学生運動をしていた学生の大半も

数年遅れで普通に社会人となり

日本の高度経済成長を

支えていくわけですから、

流行病で盛り上がったのは良いものの、

数年を損しただけなんですよね

 

彼らの活動の主体も崩壊し、

国も変わりませんでしたし、

結局は暴れたかっただけ・・・

なんでしょうね

 

あの時代にSNSが無くて

良かったなぁ~と思います。

 

SNSがあったら、

より盛り上がった一方で、

より破滅的なダメージを

国にも多くの学生にも

与えたでしょうからね

 

 

4.Maryさん

 

東大には結局ダラダラと在籍し

10年近くは居ましたね~

 

途中で休学という形を取り、

授業料を払わずに

ダラダラ通う数年間を

過ごしましたので(笑)

 

東大と言えばの安田講堂、

見た人は沢山いるでしょうし、

入った人も結構居ると思いますが、

最上階からの眺めとなると

あの当時の学生運動家以外では

相当少数となりますので、

貴重な経験をしました(^^)

 

 

5.ニャッキ、リスさん

 

あの当時って・・・

熱いんですよね、若者が(笑)

 

そして、三島由紀夫も含め、

東大生同士の激論・・・

熱そうですし、

そして同時に理屈っぽそうですね(苦笑)

 

三島由紀夫氏とでしたら、

国家論だけでなく、

筋トレ論でも盛り上がれそうです(^^)

 

 

6.カモミールさん

 

仮に頭の回転が早いとすれば、

それもまたゲームで培った

戦略的思考だと思います(^^)

 

実態より高い評価から

ブランディングを、

ゲームから知識と戦略眼を、

ギャングたちから安全保障を、

机の上の勉強以外から

今の私が出来上がり、

安田講堂の最上階へと

辿り着きました(笑)

 

 

7.珊瑚さん

 

この日のこの記事を書こうと

決め打ちをしていましたが、

もう少し前提を説明して・・・

もう少し詳しく書いて・・・

と、遡って記事を書いていたら

12回シリーズにまで

発展しちゃいました(笑)

 

私がした事は、

ギャングたちと遊び、

デート三昧を楽しみ、

美食と酒に過ごしただけですが、

気が付いたら安田講堂の最上階から

景色を見ていました(笑)

 

ホント、人生って何があって

どう展開していくのか

分からないものですね~!!

 

 

8.愛羅さん

 

安田講堂の時計を調整する時の

時間確認用の時計のようです。

 

スマホも普及した現在では

もしかしたら無いかもですね~

 

東大紛争の映像を知っているだけに

あの場所から見下ろすと、

少し感動を覚えます(笑)

 

下からの映像はあっても、

上からの映像は

知らないですもんね!!

 

 

9.Colinさん

 

あの黒電話の番号を知っているだけに

定年退職でもした頃に

ふとかけてみるんでしょうね~

 

多くはまだ繋がっているとは思わず、

えっ??まだ繋がるの??

というような反応と聞きました(笑)

 

あの学生運動は、

社会的に言えば

日本が変わる事はありませんでしたので

若気の至りの若者たちの

破壊衝動の発散だっただけですが、

むしろプロの組織が自滅に向かっていく

プロセスだったと考えれば、

彼らの思いとは裏腹に、

日本を平和にした過程でしたね

 

もはや暴力革命なんて

支持する人居ませんからね。

 

今でも東大の左派組織も含め

一部は叫んでいますが・・・

 

 

10.emiemiさん

 

意外と彼らはその番号を

手帳か何かに

書き残していたんですね(笑)

 

そして定年を機にでも

遊び半分でかけてみた所、

繋がってあちらがビックリ!!

というパターンが多いと聞きました

 

私もドキュメンタリーの映像でしか

知らない場面ですが、

あの映像の中心にあった場所から

機動隊が展開した

東大の敷地を見下ろすと

少し感慨深いものがあったりします

 

 

11.むうさん

 

この日にこの記事を書く、

これだけが決まっていた中で、

もう少し前提を説明しよう・・・

もう少し詳しく書いておこう・・・

と、書き進めたら、

12回シリーズになっちゃいました(笑)

 

結果として、12日前からの

逆算記事となりました(^^)

 

黒電話への電話は

用件は無いようですよ(笑)

 

意外と手帳にあの電話の番号を

残していたんですね~。

恐らく定年を機にちょっと遊び心で、

まさかまだ繋がるとは思わず、

電話をしてみた・・・

という感じのようで、

出ると「まだ繋がるんだ!?」と

驚く人が殆どと聞きました

 

 

12.トモカさん

 

旦那様はあの名門、

法学部麻雀学科でしたか!!

 

名門という意味では、

キャリア官僚輩出校以上に

最強の麻雀集団を輩出する

麻雀名門校ですもんね(笑)

 

東大の入卒業式は

武道館が最近の恒例ですが、

大学院は安田講堂でやりますので

入学時に中には入りました。

 

しかし、まさかあの紛争で有名な

時計台にまで登れるとは思わず、

大変貴重な経験が出来ました(^^)

 

 

13.akiさん

 

もう50年以上も前の出来事ですが、

その瞬間の安田講堂が、

最上階の電話を通じて

今も繋がっているんですよね~

 

時を超えた一本の電話、

そう考えると凄いですよね

 

かかってくる電話の内一本くらい

もしかしたらその当時と

時を超えて繋がっちゃっているかも

しれませんね(^^)

 

そんな感傷に導くような

貴重な安田講堂の経験でした

 

 

14.しーchanさん

 

暴力革命を叫んで、

ただただ破壊的に暴れ、

一時は盛り上がるものの、

社会の反発を買って組織は崩壊、

そして日本は何も変わらず。

 

こう考えると、

単に盗んだバイクで走り出すような

若気の至りの破壊衝動に対する

良い言い訳があっただけ、

と言えますね。

 

当の本人たちの大部分は、

普通のサラリーマンとなり、

彼らの嫌った日本の体制下で

高度経済成長を支える訳ですしね

 

ただ、そんな彼らのせいで、

東大が保有していた

歴史的に貴重な資料の多くが

壊されてしまったようです・・・

 

 

15.EF66さん

 

暴れたい盛りの若き日に、

暴れる為の良い言い訳があった、

ただそれだけでしょうね。

 

言い訳があった時代が学生運動と言われ、

無かった時代は

盗んだバイクで走り出す、

仰る通りのケツの青い連中の

反発心、破壊衝動なだけだと

私も思います。

 

ただ、そのせいで、

東大が保管していた

日本史上の貴重な資料たちが

多く失われたようです。

 

「投石」と書かれていますが、

その中には実は

明治維新期の貴重な

硝子写真も多く含まれていて、

維新の志士の写真なども

あったようですが、

「歴史」を否定する彼らにとっては

破壊すべき対象でしか無く、

屋上から機動隊に向かって投げ、

壊されてしまったようです

 

 

16.KICKSさん

 

岐阜城天守から

信長が眺めたであろう眺め、

などと同じように、

あの日あの時あの場所で、

彼らが見た景色を追体験できる

貴重な機会となりました(^^)

 

あの一過性の嵐の時代は

何だったんでしょうね~

 

日本が変わった訳でも無く、

大部分の若者は

日本の好経済成長を支える

サラリーマンへと結局はなりますし、

革命を叫び続けた若者たちは

自分たちの愚によって

人心も組織も失いましたし、

まさに熱であり、嵐だったんでしょうね

 

 

17.nekonekoさん

 

あの当時の学生運動家か

保守点検作業員か

一授業の企画に参加した私たちか、

しか見る事の出来ない

安田講堂最上階からの眺め、

本当に貴重な機会でした(^^)

 

 

18.Himawariさん

 

環境は自分で変えていく、

それが出来るか否かで

日々の楽しさも

人生を左右する長期的道筋も

大きく変わって来ますね。

 

自分で環境を変え、

楽しい日々を送っていたら、

安田講堂最上階まで

来る事になりました(笑)

 

懐かしきダイアル式黒電話、

番号も変わらないままで

ホント、あの電話だけ、

東大紛争のあの時代と

繋がっている気がしますね(^^)

 

もしかしたら、

かかってきた電話の一本くらい

あの当時の電話なのでは!?

なんて思えてしまいます(笑)

 

 

 

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