20世紀の、そして21世紀の

中東問題の根源は、

第一次世界大戦中の1916年に

英仏露の間で結ばれた

「サイクス・ピコ協定」

に端を発します。

 

この協定はオスマントルコの領土を

フランス、イギリス、ロシアで

分割する秘密協定ですが、

この他に1915年には

アラブ人の独立を約束し、

1917年にはユダヤ人国家の

建設を約束しており、

全方向に矛盾する

「三枚舌外交」を英仏は展開しました。

 

また、この協定により、

クルド人は様々な地域に

分断される形となり、

IS後の中東において

問題となりそうなクルド人問題も、

結局はここに端を発します。

 

 

そして時代は下って2007年、

ユーゴスラビア連邦崩壊後も

セルビアに残っていたコソボは

一方的な独立を宣言します。

 

そして、その独立宣言翌日には

アメリカが承認、

数日後にはフランス、イギリスが

コソボを承認し、

 

「民族自決を掲げて

一地方が国家から

分離独立することは正しい」

 

という前例を作ります。

 

それ以前にもユーゴスラビア連邦が

解体していく過程において、

ボスニアなどにもNATO軍は介入し、

欧米は独立を標榜する勢力を

積極的に後押ししてきました。

 

 

そしてさらに時代は下って2014年、

ウクライナで政変があり、

その流れを嫌った

東部地域及びクリミア半島は

分離独立を主張します。

 

その結果、

クリミアは一瞬だけ独立、

そしてロシアへの編入を希望し、

ロシアへ編入されます。

 

また、現在でも独立を主張する

ウクライナ東部とウクライナ政府軍は

戦闘を続けていますが、

クリミアを含めてその全てを

欧米は承認せず、

ロシアへの制裁を課しています。

 

 

「民族自決を勝手に掲げての

分離独立は承認しない」

 

という逆の流れが生まれます。

 

 

そして現在、

イラク国内ではクルド人が

分離独立を求めて住民投票を行い、

スペイン国内ではカタルーニャが

分離独立を求めていますが、

その全てを欧米は支持せず、

承認もしないでしょう。

 

 

プーチン大統領が

 

「コソボは認めて、

クリミアは認めないとは、

自己矛盾だ」

 

と欧米を皮肉たっぷりに

批判していましたが、

まさにその通りでしょう。

 

アメリカ不俱戴天の敵、

イランの影響下にある

現在のイラクから、

本来であれば欧米は

クルドを独立させて

親米政権を樹立させたいはずです。

 

しかし、それはクリミア独立、

ウクライナ東部独立を

否定していることと矛盾しますし、

カタルーニャ独立を支持しない

姿勢とも矛盾してしまいますので、

動きが取れなくなっている形です。

 

さらに、

今後はシリアが安定してくれば、

欧米が嫌うアサド政権から

クルド人を

独立させたい所でしょうけど、

こちらもまた

自己矛盾に陥ってしまいますので、

中東北部地域は

ロシアの後押しを受けた

イランーイラクーシリアートルコの

ラインで結ばれることとなるでしょう。

 

 

イランを封じ込めるために、

イラン・イラク戦争では

フセインを支援したアメリカが、

スンニ派のフセインを倒して

シーア派の政権を樹立させ、

その結果

イランの影響力が増すのですから、

将来を見通せず、

一貫性を欠いた欧米の

場当たり外交の結果と言えます。