「天の声にも変な声がある」


とは福田元総理のお父さん、

故福田赳夫元総理の言葉。


選挙で負けた時の敗戦の弁なので

言い訳っぽく聞こえますが、

天の声=民の声を信じ過ぎると

政治がおかしくなるのは本当の話。



ヒトラーを独裁者の代表とするのは

多くの場で行われることですが、

彼はクーデターや政府転覆の結果

権力の地位に就いた訳ではなく、

民主的な選挙によって徐々に議席を獲得し、

首相の座に就いた政党人でもあります。


民主的な手続きを経ていない多くの独裁者とは

一応正当性の根拠が違います。


そして、この時期のドイツ民衆は、

ヒトラーの領土拡大政策を歓迎し、

それが世論でした。



妄想族の私、

仮に戦前の日本の政治家だったとして

戦争を回避出来たか、

を綿密に時代背景や状況を

調べ上げた上で妄想しますが、

恐らく無理だろうとの結論に

妄想が自然と向かいます。


今の価値観ならば、

あの時代に戦争反対を掲げるのは勇者ですが、

メディアや世論が戦争を望む中、

一人の政治家が

その流れを変えるのは非常に厳しく、

仮に首相として

当面の戦争を回避する決断を下したとしても、

政権が崩壊するだけであり、

それ以外の結論を強引に導こうとすると

毎回リアル妄想が破綻します。



安全保障の古典に

古代ギリシャのペロポネソス戦争を記述した

ツキュディディスの『戦史』という本があります。


その中で、アテネの一部政治家は

絶対に負けると分かっていたのに

扇動された民衆の世論に勝てずに

スパルタとの開戦に向かう話があります。


民の声を生かす政治・・・の結果、

アテネも日本も敗北します。


世論に押された政策の結果、

不幸になった国は数知れずあります。



市民の声を政治に生かします!!



と声高に叫ぶ候補者を見る度に、

そういうことも分かった上で

言ってるのかなぁと思うんですよねぇ。


民主主義は民に主権がありますが、

民衆のレベル以上に

民主主義が発展しないのも歴史の事実、

政治家とは、

民衆の声に従属する存在ではなく、

高い知性と理性で

民衆を、国家を

導く存在であってもらいたいのですが、

さてさて日本の政治家の先生方は・・・