2006年2月。

私はそれまで勤めた会社をやめ、少しぼんやりと考えこんでいました。


母方の祖父は、戦前戦後と地元では知らない人がいない程、名の知れた実業家だったそうです。


祖母はその後、単身で東京に出てきて40歳を前に一人で店を構え商売をはじめたり。

その娘である私の母は、祖母の時よりも更にその店を繁盛させるなど、私は商売人の血を引いているのです。


でも、私は自営や会社を経営する立場の人たちがどれほど大変かも同時に知っていたので、ずっとずっと雇われる側でいつづけたいと思っていました。


それがこの年に限っては、「私はやっぱり、人に使われるのは向いてないのかも?」「どんなに大変でも、自分で商売やってみようかなあ」と、ぼんやり考えるまでになっていました。



ろくに貯金もなく、何のあてもないのに、必死でがんばったら何かモノになるかも知れない。

なんとなくそんな気がしていたのです。


ずっと嫌だと思っていた商売を自分ではじめようと思ったとき「さて、何をしよう。」と考えて、私は人を癒す仕事がしたいと思いました。

仕事をやめたとき私自身も疲れていたし、世の中も疲れはじめていたので、私はどうしても人々に本当に良いものを提供することで、疲れを癒してもらいたいと思ったのです。


ここで、具体的に何を売るかと考えて、私は台湾の知合いを通じて、台湾の高級茶葉を日本の高級・健康志向の人に販売できないかと考えました。


ところが、いざ話をもちかけてみると、いくら親しくても国柄や考え方の違いがあり、輸入や通信販売をするのも、考えていたほど簡単ではない事に気づいてしまったのです。


それでもやるだけやってみないと気が済まない性格なので、いろいろと候補になる商品の買付けも考えたりと、しばらくは試行錯誤していました。