聖えりか様がよく小旅行と言って、旅立っていかれるのを不思議に思い、私は聖えりか様にいったいどちらに行かれているのですか?と問うたことがありました。聖えりか様のありがたいお話しを待ちわびている多くの民が聖えりか様の不在を非常に残念に思っていたからです。
そうすると、聖えりか様はまるでマグダラのマリアのような微笑みでおっしゃいました。
「コニタンは、次の聖書の御言葉をご存知ですか?」
「また、彼らはフリギアとガラテア地方を回った。アジア地区で御言葉を語ることを聖霊によって禁じられたからである。さらに、ミシアに下る際、ビチニアに入ろうと努力したが、イイススの霊はそれを許されなかった。そこで、彼らはミシアのそばを通ってトロアスに下った。そして、パウロは、夜中に幻を見た。あるマケドニアの人が立って彼に懇願し、『マケドニアに渡って来て、わたしたちを助けてください。』と言うのであった。そこで、パウロがその幻を見てからすぐ、わたしたちは、よいたよりを宣明するため神がわたしたちを呼び寄せてくださったのだと結論してマケドニアに行こうと努めた。こうして、わたしたちはトロアスから船出してサモトラケに直行し、翌日ネアポリスに、そしてそこからフィリピに着いた。そこは植民地で、マケドニア地区の主要都市である。わたしたちはこの都市に留まって幾日かを過ごした。そして安息日に、わたしたちは門の外の川のそばに出かけて行った。そしてわたしたちは腰を下ろし、集まっていた女たちに話し始めた。ところで、紫布を売っている、テアテラ市の人で、神の崇拝者でもあるルデアという名の女が聴いていたが、主なる天の父は彼女の心を大きく開いて、パウロの話す事柄に注意を払わせた。」
使徒パウロは、御子イイスス・ハリストスの教えに従ってマケドニア地区に向かいました。
当時マケドニア地区はローマの属州としてクリスチャンに対する迫害が最も強い地域の一つでした。
しかし使徒パウロは、御子イイスス・ハリストスの贖いにより異邦人にも主なる天の父が救済の道を与えたのです。
ですから、私は、御子イイスス・ハリストスの教えに従って世界の隅々によいたよりを伝えます。
コニタンも地方へ出張のさい、その土地の教会を訪ね、土地の方々とよいたよりを伝えてみてはいかがでしょうか?
多くの部族・国民が主なる天の父の王国に入れるように、世界によいたよりを伝えることをコニタンができますよう聖霊を通してお導きくださいますよう御子イイスス・ハリストスのお名前を通してお祈り致します。
アーメン!