あまりにも、ご自身を厳しく律せられる聖えりか様のお姿に感心するとともに、何故そこまで信仰を貫くことができるのか不思議に思い、聖えりか様に率直に尋ねてみることにしました。というのも、タバコがなかなかやめられず、強い意志があればと思いつつも、聖えりか様のようなお強い意志を持つことができないことに苦悩していたからです。
すると、聖えりか様はいつものように戸棚から聖書を取り出すと、まるでマグダラのマリアのような微笑みを浮かべて語り始められました。
コニタンは、誤解をされているようですね。わたしはコニタンのいうような強い意志など持ち合わせていません。ただ、次の聖書の御言葉を常に意識しているだけですわ。
ご一緒にご覧ください。
「さらに、ハリストスとともに死んだのであれば、彼と共に生きるようになることをわたしたちは信じています。死人の中からよみがえらされた今、ハリストスはもはや死なないということを、わたしたちは知っているからです。死はもはや彼に対して主人ではありません。彼の遂げた死、それは罪に関してただ一度限り遂げた死であったからです。また、今生きておられる命、それは神に関して生きておられる命なのです。あなた方も同様です。自分を、罪に関してはまさしく死んだもの、しかし、神に関してはイイスス・ハリストスによって生きているものとしてみなしなさい。
それゆえ罪があなた方の死ぬべき体の中で引き続き王として支配し、あなた方が欲望に従うということがあってはなりません。また、あなた方の肢体を引き続き不義の武器として罪に差し出してもなりません。むしろ、自分を死人の中から生き返ったものとして神に差し出し、また自分の肢体を義の武器として神に差し出しなさい。律法のもとではなく過分のご親切のもとにある以上、罪があなた方の主人となってはならないからです。」
わたしたちは、肉を帯びておりますが、霊的に成長することも可能なのです。コニタンが欲望のままにその肢体を不義の武器とすれば、コニタンは、罪の奴隷となり、死に致るでしょう。
しかし、主なる天の父に死人の中から生き返ったものとして差し出すなら、御子イイスス・ハリストスによって生かされていくことでしょう。
今回の話はまだコニタンには難しいと思いますが、御子イイスス・ハリストスの贖いの意味を理解されたコニタンならそのうち理解できます。
コニタンは、肉的な存在ゆえに罪と戦い、すべてを主なる天の父へ差し出すことを決意しています。あなたの御言葉聖書をより良く理解できるように、また罪の支配を受けぬようにコニタンに聖霊のお力をお与えください。コニタンと共にこうしてあなたの御言葉聖書を無事学べたことを感謝し、御子イイスス・ハリストスのお名前を通してお祈り致します。
アーメン