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聖マグダラ法律事務所「聖えりか様の教え」

東京都墨田区吾妻橋1-11-7パークウェル浅草504聖マグダラ法律事務所はえりか様から教えを受け、クリスチャンの博愛の精神で事務所運営を行っております。
これまでの沿革及び最近の出来事などをこのブログで皆様へお伝えします。電話03ー6240ー4932

聖えりか様の伝道者としての活躍に感心するとともに、主なる天の父の御言葉聖書の理解が自分としてはまだまだであると思い知らされる毎日をおくっておりますが、聖えりか様から指摘された聖書の御言葉の大好きな部分をお話したいと思います。本日をクリスマス・イヴとして楽しんでおられる方々も大勢いらっしゃることと思いますが、聖えりか様と検討したところ、本当のクリスマスは12月25日ではなく1月7日だということにも驚きました。しかし、聖えりか様は商業主義的なクリスマスを好ましく思われず、クリスマスは教会で主なる天の父への祈りを行い自宅で静かに過ごされることの方がお好みのようでした。
かつて、聖えりか様に主なる天の父の本質はどのようなものですかと尋ねたことがありました。すると、聖えりか様はいつものように戸棚から聖書を取り出すとまるでマグダラのマリアのような微笑みを浮かべて語り始められました。
コニタンは、主なる天の父がどのような方であるかをすでに学びましたね。
主なる天の父ほどわたしたち人間を愛されている方はいらっしゃいません。万物の創造主にして深い愛をお持ちの方が主なる天の父なのです。
では、愛とは何でしょうか?
わたしたち人間に本質的に備わっているものだとお感じになりませんか?なぜなら、愛深い主なる天の父はご自身に似せてわたしたちを創造されたからです。
では、愛について御子イイスス・ハリストスが語っている聖書の御言葉がありますから、少し長いですがご一緒にご覧ください。
「たとえ、わたしが人間や御使いのいろいろなことばを話しても愛がなければ、音を立てる一片のしんちゅうか、ただ鳴り響くシンバルとなってしまいます。そして、たとえ預言の賜物を持ち、すべての神聖な奥義とすべての知識に通じていても、またたとえ山を移すほどの全き信仰を持っていても、愛がなければ、何の価値もありません。そして、他の人たちに食物を施しても、また、自分のの体を渡して自分を誇れるようにしたとしても、愛がなければ、わたしには何の益にもなりません。
愛は辛抱強く、また親切です。愛は妬まず、自慢せず、思い上がらず、みだりな振る舞いをせず、自分の利を求めず、刺激されても苛立ちません。傷つけられても根に持たず、不義を喜ばないで、真実なことと共に喜びます。すべてのことに耐え、すべてのことを信じ、すべてのことを希望し、すべてのことを忍耐します。
愛は決して絶えません。それに対し、預言の賜物があっても、それは廃され、異言があっても、それはやみ、知識があっても、それは廃されます。わたしたちの知識は部分的なものであり、預言も部分的なものだからです。全きものが到来すると、部分的なものは廃されるのです。わたしがみどりごであったときには、みどりごのように話し、みどりごのように考え、みどりごのように論じていました。しかし、大人となった今、みどりごの時のことをやめたのです。現在わたしは金属の鏡でぼんやりした輪郭を見ていますが、その時には顔と顔を向かい合わせて見るのです。現在わたしが知っているのは部分的なことですが、その時には、自分が正確に知られているのと同じように、正確に知ることになります。しかし今、信仰、希望、愛、これら三つは残ります。しかし、このうち最大のものは愛です。」
そう、御子イイスス・ハリストスがおっしゃっているように、いかなる業も愛がなければ無意味なのです。コニタンも愛についてこの聖書の御言葉をよく読んで確かな愛を持つように心がけてください。
わたしたちの主なる天の父よ、あなたが愛に溢れておられることは、あなたの御言葉聖書から明らかであり、わたしたちも不義を憎み愛を持ってこの邪悪な時代を耐え忍ぶことができるように!コニタンがあなたの愛を知り、コニタン自身も愛を持ってよりよい信仰を持てるように聖霊のお力をお与えください。信仰の模範者御子イイスス・ハリストスのお名前を通してお祈り致します。
アーメン