魔術師の家系に生まれた私はクリスチャンへの改宗が親族一同の問題となり、これまでのような生活をできなくなりましたが、魔術師として修行をしていた頃より聖えりか様のもとで聖書を学ぶ現在の生活の方が非常に幸福です。主なる天の父に愛されているという実感を常に持ち、聖書を読むことで幸福感を得られます。これも聖えりか様のおかげで、聖えりか様と巡り会えたのも主なる天の父の過分のご親切ということです。
しかし、聖えりか様のようにしっかりと信仰を告白するだけの勇気が持てず、自分のことを情けなく思いましたので、聖えりか様に尋ねてみることにしました。
聖えりか様はいつものように戸棚から聖書を取り出すと、まるでマグダラのマリアのような微笑みを浮かべて語り始められました。
信仰についてそれを告白することがいかに重要かを今までコニタンには十分説明してきましたね。御子イイスス・ハリストスが処刑されるとき、使徒たちでさえ逃げ出したくらいなのでコニタンが臆するのも分かります。しかし、次のような聖書の御言葉がありますのでご一緒にご覧ください。
「『それゆえ、人の前でわたしとの結びつきを告白する者はみな、わたしも天におられるわたしの父の前でその者との結びつきを告白します。しかし、誰でも人の前でわたしのことを否認する者は、わたしも天におられるわたしの父の前でその者のことを否認します。わたしが地上に平和を投ずるために来たと考えてはなりません。平和ではなく、剣を投ずるために来たのです。わたしは分裂を生じさせるため、男をその父に、娘をその母に、若妻をその姑に敵対させるために来たからです。実際、人の敵は自分の家の者たちでしょう。わたしに対するより父や母に対して愛情を抱く者はわたしにはふさわしくありません。そして、誰でも自分の苦しみの杭に受け入れてわたしのあとに従わない者は、わたしにふさわしくありません。自分の魂を見いだす者はそれを失い、わたしのために魂を失う者はそれを見いだすのです。』
『あなた方を迎える者はわたしを迎えるのであり、わたしを迎える者はわたしを遣わした方をも迎えるのです。預言者であるということで預言者を迎える者は預言者の報いを得、義人であるということで義人を迎える者は義人の報いを得るでしょう。そして、弟子であるということでこれら小さな者に飲み水を与える者は誰であっても、あなた方に真実にいいますが、その者は自分の報いを決して失わないでしょう。』」
そうです、この聖書の御言葉のようにコニタンが信仰を告白することで多くのものを失うかもしれません。しかし、御子イイスス・ハリストスがおっしゃるとおり、たとえ分裂が生じてもコニタンはより大きな報いをえることができるのです。勇気を出してクリスチャンへの道を歩むことを告白しましょうね!
本日コニタンは主なる天の父、あなたへの信仰心を明らかにして、たとえ多くの迫害に遭うことになろうとも揺るぎない信仰を告白し、あなたの教えに忠実であることを誓いました。誘惑に屈することの多い性格のコニタンですが信仰のつまづきとなるものから離れただあなただけに忠実でいられるように聖霊のお導きをお与えください。我らの信仰の模範者御子イイスス・ハリストスの尊いお名前を通してお祈り致します。
アーメン