久しぶりに関西に帰省したとき、京都の陰陽道の神社に行き、占いを受けたことがあります。当然、クリスチャンを目指す者にとっては禁忌であり、極めて重い罪を犯したのです。そのことを後悔してやまない私でしたが、何よりも聖書の教えを熱心にしてくださっている聖えりか様に申し訳ないという思いが強く聖えりか様ととても目を合わせることができませんでした。
しかし、思い切って聖えりか様にお詫びしようと思い、すべてを聖えりか様に告白しました。
すると、聖えりか様はいつものように戸棚から聖書を取り出すとまるでマグダラのマリアのような微笑みを浮かべて語り始められました。
パリサイ人たちがイイスス・ハリストスを試すために、姦通を犯した女を石打にして殺すといった際にイイススが「この中で罪を犯したことのない者がいるならそうするのがよい。」と言って、誰もそれを実行できなかったという話は前にコニタンにしましたね。ですから、私は、コニタンの犯した罪を責めたりはしません。本日、コニタンの挙動から何かあるとは思いましたがそのようなことでしたか。
クリスチャンは皆等しく信仰の模範者イイスス・ハリストスの弟子であり、コニタンは私の弟子ではありません。どうして私を恐れるのですか?
ここに興味深い聖書の御言葉がありますから、ご一緒にご覧ください。
「そうしている間に、おびただしい群衆が集まって来て互いに踏み合うほどになったが、イイススはまず弟子たちにこう言い始められた。『パリサイ人たちのパン種に気をつけなさい。それは、つまり偽善のことです。しかし、注意深く秘められているもので表し示されないものはなく、知られないで終わる秘密はありません。それゆえに、あなた方が闇の中で言うことはみな光の中で聞かれ、私室でささやくことは屋上から述べ伝えられるのです。さらに、わたしの友であるあなた方に言いますが、体を殺しても、その後もう何もできない者たちを恐れてはなりません。しかし、誰を恐れるべきかをあなた方に示しましょう。殺したあとにゲヘナに投げ込む権威のある方をおそれなさい。そうです、あなた方に言いますが、この方をこそ恐れなさい。すずめ5羽はわずかな価の硬貨2つで売っているではありませんか。それでも、その1羽といえども神のみ前で忘れられることはありません。ところが、あなた方の髪の毛までがすべて数えられているのです。恐れることはありません。あなた方はたくさんのすずめより価値があるのです。』」
そうです、コニタンは殺したあとにゲヘナに投げ込む権威をお持ちの方、すなわち、主なる天の父こそを恐れるべきかを知るべきです。繰り返し言いますが、私は一伝道者であり、コニタンを裁く者ではありません。コニタンはあなたのすぐ隣にいらっしゃる主なる天の父を間近に感じるのです。
コニタンは、罪を重ねても、主なる天の父、あなたに許しを乞うことの重要性を学び、あなたを恐れ、あなたを愛することを誓いました。この邪悪な時代にあって、事物の体制の終焉のとき、コニタンは様々な迫害や誘惑に晒され、時には罪を犯してしまうでしょう。しかし、あなたを恐れ、決してあなたから離れることなく全き信仰心を持てるように聖霊のお導きでコニタンを助けてください。我らの信仰の模範者御子イイスス・ハリストスの尊いお名前を通してお祈り致します。
アーメン