これは明治・大正・昭和初期の医師・官僚・政治家として活躍した後藤新平の言葉であり、

『金を残して死ぬ奴は下だ。仕事を残して死ぬ人は、まあ中だな。人を残して死ぬ人は上だよ!』

というもの。数々の経営手腕を発揮してきた彼の言葉だけに、それなりに重みのある言葉だ。

他にも台湾総督府民政長官時代の言葉に、『生物学の法則』といった説明を引き合いにたとえで、

「ヒラメの目をタイの目にすることは出来ない」と語っている。

これは「社会の習慣や制度は、生物と同様で相応の理由と必要性から発生したものであり、無理に変更すれば当然大きな反発を招く。よって現地をよく調べ、状況に合わせた政策をおこなっていくべきである」というものだった。

今でも台湾の人たちの対日感情が良いのは、他でもなく後藤のおかげだろう。

ちなみに彼は関東大震災後に帝都復興院総裁に就き、

東京環状線を建設し、中央線を敷いた。彼のように仕事のできる男になりたいものだ。

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$専務カタヤンのアメブロ。

後藤 新平(ごとう しんぺい、安政4年6月4日(1857年7月24日) - 昭和4年(1929年)4月13日)は明治・大正・昭和初期の医師・官僚・政治家である。

伯爵(明治39年(1906年)男爵、大正11年(1922年)子爵、昭和3年(1928年)伯爵)。位階勲等は正二位勲一等。

台湾総督府民政長官。満鉄初代総裁。逓信大臣、内務大臣、外務大臣。東京市第7代市長、ボーイスカウト日本連盟初代総長。東京放送局(のちの日本放送協会)初代総裁。拓殖大学第3代学長。

計画の規模の大きさから「大風呂敷」とあだ名された、日本の植民地経営者であり、『都市計画家』である。

台湾総督府民政長官、満鉄総裁を歴任し、日本の大陸進出を支え、鉄道院総裁として国内の鉄道を整備した。関東大震災後に内務大臣兼帝都復興院総裁として東京の都市復興計画を立案した。
とうとうスティールボールランも終わってしまうのね。

6年半も連載してたのか!過ぎてしまうと本当に早いもの。

SBRは途中まで読んだっきりだったから、この際まとめて読みたいものです。

僕としては第五部(ディオの息子のやつ)が好きなのですが、まー結局はどれも好きかな(笑)

杜王町が舞台ということは、また仗助が出るのかなー。

にしても、「ジョジョリオン」って(笑)

久しぶりに、雑誌を立ち読みしそうだ。
会社経営というものは、どうしても光と影の部分があるものだ。

「リストラ」もその一つだろう。

人事部にいる人間というものは、おれも含めて損な役回りをしなくてはいけない。

サラリーマン稼業をやっていれば、社命に逆らうわけにもいかず、

同じ会社の仲間をばっさりと切らなければならないときもある。

家族もある、ローンもある、子どももいる・・・・・・

それでもクビを切らないといけない。

再就職先の世話など、最大限の努力はしていても、やはりどこかで恨まれるのは仕方のないこと。

サラリーマンにとってリストラって、死刑宣告ですからね。

うちの父もかつて、リストラされた身なので、それがどれだけ家庭に影響を与えるかはよく分かっている。

しかしリストラされた親父の息子が、今度は人をリストラする側になるとは、運命って皮肉なものです。

けれども、いろんなことをひっくるめての覚悟がなければ、人事部になどいれはしない。

淡々と職務をこなしていくだけでしょう。

だけど、本人のつらさ、ご家族の苦しみだけはいつまでも忘れない人間でありたいと切に感じています。
人としての底辺?いいじゃねぇか。

どんなにどん底にいても、

どんなにボロボロになっても生きれば。

生きること自体がお前の輝きだ。

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人生は天秤みたいなものさ。

過去という小皿に重みがかかると、

未来の小皿は自然と天に届く。

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幸福は自己満足。不幸は被害妄想。

専務カタヤンのアメブロ。
原発事故「レベル7」に引き上げ チェルノブイリ並み 保安院
産経新聞 4月12日(火)8時56分配信

 東京電力の福島第1原子力発電所の事故で、政府は12日、広い範囲で人の健康や環境に影響を及ぼす大量の放射性物質が放出されているとして、国際的な基準に基づく事故の評価を、最悪の「レベル7」に引き上げることを決めた。「レベル7」は、旧ソビエトで25年前の1986年に起きたチェルノブイリ原発事故と同じ評価。原子力安全・保安院が同日、原子力安全委員会とともに記者会見し、評価の内容を公表する。

 原子力施設で起きた事故は、原子力安全・保安院が、原発事故の深刻度を示す「国際評価尺度(INES)」に基づいて、レベル0から7までの8段階で評価している。

 原子力安全委員会はこれまでに、福島第1原発からは最大で1時間当たり1万テラベクレル(1テラベクレル=1兆ベクレル)の放射性物質が、数時間にわたり放出されたと試算していた。安全委では、現在は同1テラベクレル以下になったとしているが、INESの評価では、放射性のヨウ素131換算で、外部への放射性物質の放出量が数万テラベクレル以上である場合はレベル7に当たるとしている。

 原子力安全・保安院は、福島第一原発の1号機から3号機について、先月18日、32年前の1979年にアメリカで起きた、スリーマイル島原発での事故と同じレベル5になると暫定的に評価していた。ただ、これまでに放出された放射性物質の量がレベル7の基準に至ったため、評価を見直すことにした。

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今年の東京電力の株主総会は荒れそうだ(笑)

たぶん、5年前のライブドアの株主総会の時よりも荒れるだろう。

てなわけで、わずかではあるけどダダ下がりの東電株を買ってみた。

まぁ、何だかんだで持ち直す会社だろうから、別にバクチをしているわけではない。

結局は電力がなければ経済は何も始まらないわけで、東京電力をこういう時ほど応援したいと思う。一株主として、良い意味で。

ここはヤーヤーと原発反対デモ行進をするよりも、株主総会に出てきちんと「原発推進策反対」を提案すべきかなーと思う。

僕は個人的に「原発に頼らない東京電力」を作ってほしいと思う。

今年の夏は大規模な節電がひかえているけど、そこを乗り切れば日本のエネルギー政策は大きく転換できるチャンスをつかめると思う。

日本の総電力量に対する原発依存度は30%程度。つまり、この数字近くとは言わないまでも15から20%近くの節電を達成できれば、日本は原発に依存するリスクをかなり抑えられそうだ。

原発に頼らない国づくり。

それが後の世代に残せる大きな財産だと思う。

もっとも、今年の株主総会は目の血走ったおじさまとおばさまたちで大紛糾だろうが(笑)

大企業であれば「所有と経営の分離」は当たり前のことだが、世間的に見れば今回の原発事故は東電の株主にも責任がある。

株主というものは、こういうときこそ経営陣と一体にならなければならない。

経営陣の責任を追及する株主、、、この構図はいつまで経っても変わらないのかなー。

日本にもウォーレン・バフェットのような人がいればいいのだけれど。
昨日は、声楽家の先生とお茶をしてきた。

話題の椿屋珈琲館で一杯1,000円のコーヒー飲んできました。

シフォンケーキやらチーズケーキがおいしかった!

高校時代の友人のお師匠さんなのだけど、これがまた面白い先生でして(笑)

二人して「日本の城」について、盛り上がりまくった

クラシックをやっている人なのに、城好きというギャップが何とも言えない。

実家が名古屋方面の方なので、ぜひ犬山城を見に来てと誘われた。初対面なのに(笑)

他にもあの辺は、岐阜城・長浜城・彦根城・名古屋城・小谷城・関ヶ原古戦場・小牧山城などなど見どころ満載である。

城好きというものを勘違いしないでほしいのは、単に城だけを見ているわけではないということだ。

歴史的な役目を終えてしまった城は、消失や倒壊して今はもうない。

いわゆる「城址」、城跡と呼ばれるものもまた格別の探索スポットである。

僕は今、もう一度大学を入り直して史学を専攻しているのだけれど、そのうち研究と称して日本各地の城や城跡めぐりに行きたいものです。

本当に好きなことを後回しにしてきた分、今が一番楽しいと心から言えるような気がします。

そして気持ちに余裕があるのは、仕事がとても順調だからに他なりません。

今年はますます仕事の方も忙しくはなりますが、だからといって仕事ばかりをしていてはいけない。

もはや20年来の趣味である「城めぐり」を再び再開させようともくろんでいます。

さっそく日帰りで行けるお城に出かけよーっと!
『イエスマン “YES”は人生のパスワード』(Yes Man)という映画をご存知でしょうか。

2008年にアメリカで制作されたコメディ映画で、主演にジム・キャリーが出ていました。

なにかと僕の周りの人って、否定的な意見の人が多いような気がする。

いや、何でもポジティブにとらえた方がいいとは思わないけど、まず「NO」の発想から入るのはそれだけで多くのチャンスを逃してしまっているような気がしてならない。

そういう意味では、とりあえず「YES」と言ってみるのもいいのかもしれない。

少なくとも、否定理念からは何も生まれない。

生産的な人でありたいなと思う、今日この頃です。



昨日は久々、社長と二人きりで食事。

最近、仕事も回ってきたせいか事務所にいても人の出入りが多く、なかなかゆっくりと話せていませんでした。

なので、昨日は落ち着いた時間を過ごしたーって感じでした。

何か特別な会話をしたわけではありませんが、帰り道にあらためてこの社長のためのイエスマンでありたいなと感じました。

人によって色々と意見はあると思いますが、僕は経営においてまず大事なことは社内の空気だと思います。

他社さんに行くときに、社内の空気がよどんでいる会社は、まず間違いなく経営的にもよどんでいる場合が多い。

そして、その根幹にあるのは実は当社クラウディの場合は、社長と専務の関係にあるんじゃないかと思います。

社長と専務が対立していては、社内の空気は悪くなり、メンバーの士気も下がるものです。

ただでさえ、周りは敵だらけの社長ですから、専務の僕がしっかり守ってあげなければと昨日あらためて感じました。

たぶん恋愛感情を抜きにして、一人の女性のことをここまで想うことは、僕の生涯で今後もないことでしょう。

そうした自分の立場を僕はとても幸せに感じています。

幸いウチの会社は中立的な立場から意見を言ってくださる方がいるので、僕があえて反対意見を社長に言うこともないのです。

だから、どんなに人から批判されようが、社長にとっての「イエスマン」であり続けたいと胸に誓っています。

今日も、そしてこれからも。
新年度がはじまって、心あらたまる感じです。

毎年そうだけど、どっちかというと4月の方が新年という感じがするのは僕だけでしょうか。

とくに今年の4月は、3月にいろいろあり過ぎた分、余計にそう感じます。

事務所を借りて、震災があって、社長が手術して、レギュラーの仕事が決まって、そして無事におとといのイベントも終えることができました。

昨日は結局朝の5時まで飲んでいたものの、とても充実した時間と空間でした。

ハプニングもあったし(笑)言葉で書くと、つまらなくなってしまうのでここには書きませんが。

先月は震災によって、話題の半分くらいを持っていかれた感じなので、今月からは地震の話題は10%くらいに抑えます。

それは無関心になるとかではなくて、自分のやるべきことをきちんとやるということ。ただそれだけのことです。

あー、日記を書く時間がもったいないくらいに、やりたいこととやらなければいけないことが多いので今日はひとまずこの辺で。

しかし、27になってもこうした環境に身を置いていられることをありがたいなと思います。

だからこそ、この一瞬一瞬を大事にしたいと心から感じているのかもしれませんね。
金八先生が終わってしまった。

中高生のときに、よく見てましたね。兼末健次郎がなつかしかった。

昨日は原稿の締め切り前にもかかわらず、金八4時間スペシャルを見てしまい、現在そのしわ寄せで今日も徹夜のいきおい・・・

でも、後悔はしてません(笑)見てよかった!

とくに昔のシリーズが断片的に見れたのはよかったですね。

第2シーズンで出てきた、この「腐ったミカンの方程式」という言葉、実は社会に出てからとても実感する言葉です。

僕の仕事は塾の先生なので、子どもたちとふれ合う機会は多いのですが、それと同じくらいに親御さんとふれ合う機会が多い。

そして30歳代後半、40歳代の親御さんだと、まさにこの「腐ったミカンの方程式」と言われていた時代に青春を送った人たち。

校内暴力まっさかり、地域の不安が学校に注がれていた時代です。

今はモンスターペアレンツと騒がれている時代だけど、ちょうど青春時代を校内暴力の中で過ごした人たちが今の日本を支える中堅層になっているのですね。

教育の効果というものは、10年20年経ってみないと分からないものだけれど、それが今あらわれているように思います(笑)



排除の論理では何も解決しない。

これが「腐ったミカンの方程式」から得られた教訓でしょう。

実際に問題児と言われる不良?たちを校内や地域から排除した結果起こったこととは・・・

よりいっそうの学校の荒廃です。

学校はいつしか無関心の場になってしまった。

何より教師が生徒に無関心になり、生徒は他人に無関心になる。そして成人し、社会に地域に無関心になる。

個人主義の偏重もあいまって、よりいっそうその傾向は強くなっていたように感じます。

もちろん個別の事情は違いますが、全国的にはこの風潮が広まっていたように感じます。

そして、こうした状況を変えるためには生徒や親と真剣に向き合っていくしかありません。

以前の僕の日記でも書きましたが、ガチンコで向き合っていくしか道はないのです。

少なくとも、学校や塾は子どもたちの最後の防波堤にならないといけない。

本来教育の機会が与えられるべき子どもたちが、社会のすみっこに追いやられていく・・・

そして、その子がいつしか親となる。けれども、根本的な問題は解決されていないので、また同じようなことが繰り返される。

教育の真の目的はと聞かれれば、「自由に生きること」なのかもしれません。

親の収入で、子どもの人生が決まるなんて悲しいものです。

親の貧困が子どもに受け継がれる、、、、悲惨なことです。

子どもが自分の意志で生きたいと思う、頑張りたいと思う、教育の真価はそんなところにあると思う。

子どもから希望を奪っていくのは、今の時代は社会の無関心なのかもしれません。

社会から裏切られるから、人を信用できなくなってしまう。

けれども、どんな理屈を並べたてても、人は人の中でしか生きていくことはできないもの。

人が生きていくすべで一番大切なことは、どうやって周りとの接触を持つかということにあると感じます。

こうやって書いてみれば当たり前のことなのですが、そういった力が今の子たちは弱いように思います。

コミュニケーション能力というものは、いかに自分の苦手な人と付き合う力があるかというもの。

「あいつ嫌いだ」「死んじゃえばいいのに」

というふうに、自分の周りから都合の悪い人を排除していっても結局は幸せになれないものです。

人は一人では生きれません。自分のことを認めてくれる相手しか仲間でないのならば、それはとても寂しいこと。

自分のことを嫌うやつからも認められるようなたくましい子どもであってもらいたい。



今はとても生きていくのが難しい時代です。

折からの不況、地域社会の崩壊、そして今回の大震災。

けれども、日本人はこの日本列島の地でいつだって生活を再建してきました。

地震が起ころうが、原爆が落ちようが、戦争があろうが生き抜いてきたのです。

社会を生かすのは希望です。社会を壊すのは絶望です。

そうした希望に光を当てるのが教育であり、ひいては一人一人の大人の姿勢ではないでしょうか。

子どもというものは、大人が思っている以上に大人のことを見ているものです。自分だって、かつて子どもだったから誰もが分かっているはずなのですが。。。

排除の論理で育った親世代が、無関心世代の子どもたちの親となっている。

本来であれば、そうしたレッテル張りはすべきではありませんが、状況をよく観察することは大切です。

教育者がすべきことは、いつの時代もたった一つ「目の前の子どもときちんと向き合うことです」

どんなに子どもから嫌われようと、熱意と愛情をもって接する。

それが教育者が守るべき一つの行動原理でしょう。

僕自身もそうした教育者の一人であり続けたいと、金八先生を見ていてあらためて思いました。

子どもというものは、すぐに大人になるものだということを念頭において、

あらためて教育がなすべきことを粛々とやっていきたいと思います。
□中央大法科大学院教授・森信茂樹氏

 --東日本大震災の復興をどう描くか

 「1990年の東西ドイツ統一がモデルになる。東ドイツで大量の失業や倒産が生じ、西ドイツのGDP(国内総生産)の80%に匹敵する復興資金が必要になった。悲願のドイツ統一のコストは国民全員で負うとして、増税案を含む『連帯法』が翌年成立した」

 --増税の内容は

 「所得税と法人税に付加税として税率7・5%を上乗せし、年220億マルク(当時のレートで約1・8兆円)を捻出した。1年の時限措置だったが95年に再導入し、98年から税率を5・5%に下げて今も継続している」

 --消費税という選択肢はなかったか

 「所得の低かった東ドイツ地域の負担に配慮した。所得格差のあった東ドイツには所得税額控除で負担を軽減しており、その分、支払い能力のある西ドイツ市民や企業に負担を求めた。付加税は既存の税体系を維持できるため、比較的簡単に導入でき、従来の税率に戻しやすいというメリットがある」

 --日本の復興に応用するには

 「復興資金は20兆円にのぼると予想されている。日本の所得税と法人税の税収を合わせると、ちょうど20兆円程度。10%の付加税を課せば毎年2兆円の財源が確保でき、20兆円の復興債を発行しても10年で償還できる」

 --増税は景気回復の重しになるが

 「先進国中最悪の財政事情にあって、さらに赤字国債を増やせば、ハゲタカのような国際的投機筋が格好の材料にし、国債暴落の危険がある。日本が誇る「絆」や助け合いの精神で、『復興資金は現役世代の負担増で賄う』という強いメッセージを世界に発すべきだ」

産経新聞 3月27日(日)より抜粋