明日の『信州安曇野薪能』のために、夕方松本入り。松本の夏は意外と暑いのですが、今日はとても涼しいです。今晩は信州の味を堪能するために、『卯屋(うさぎや)』という居酒屋へ。お初のお店ですが、お品書きを見るだけでよだれが出てきそう。
まずは生ビールに馬刺から。もちろん冷凍なんかしていない上質の赤身のお肉は、期待通りのクオリティ。付け合わせにミョウガの味噌漬けなど、日本酒が欲しくなってきました。選択したのは地元塩尻のお米を使った『緑香村』という特別純米酒。新サンマのお刺身とともに、ふくよかな香りを楽しみました。
そしてメインは松本名物の山賊焼をと思っていたら、気になるものが。『信州サーモン』という、ニジマスとブラウントラウトをかけ合わせた魚が僕を呼びます。お刺身で戴きたかったのですが、お刺身が続いたので唐揚げで注文。すると店の御主人の「少しずつでお召し上がりになるのなら、お任せ三品(なんと680円!)の中にお刺身と唐揚げを両方入れましょう」という天の声が。別に頼んだ穂高の葉わさびとともに、一皿に出て参りました(実は桜肉すじ肉とろとろ煮も載ってました)。サーモンの名に先入観がありましたが、れっきとした川魚。先々代の知事が見た目のイメージから名付けられたそうです。これがまた、臭みがない上に実に身の締まったいいお味。御主人曰く、長野の養殖場の中でも、水温によって身の締まり方が全然違うそうです。ここは信濃大町辺りで育てられた上物を仕入れられているそうです。
御主人との会話も楽しく、思っていた以上の信州の味を満喫しました。明日も時間があったら寄ろうかな?
※この記事を御覧の方は、なぜ写真がないんだと思われるかもしれませんが、こだわりのあるお店の料理写真は、基本撮らない主義です。私の頭の中を想像してお楽しみください。
去年のお盆に入る前、家内が代表でお墓参りに行ってくれた。帰るやいなや父に、「ご先祖様にまだお父さん連れていかんといてくださいっておいのりしてきましたから。」と言った。すると親父は「そんなん頼んだかてあかん。もうおふくろ(四世井上八千代)が待っとるからな。」と答えた。心底マザコンと言っても過言ではない程、祖母をリスペクトしていた父は、最期は「おふくろが迎えにきてくれたんやさかい、もう怖ないわ。」とでも悟っていたのだろうか?前日TVで送り火を見たのも、祖母の迎えを確認していたのかもしれない。
仮通夜だけは、住み慣れた自宅で寝かせてやりたくて、舞台に布団を敷いた。数日前に父の道しるべをするが如く、姉の愛犬であった『ジュロ』が先に旅立った。ジュロには姉達が庭の葉っぱを載せてやり、供養してやった。その写真を見ていた息子は、同じようにと思ったのだろうか、庭から次々と葉っぱを取ってきては父のそばに置いていく。また娘とともに絵 を描いては、それも枕元に置いていく。いつしか親父の顔辺りには、葉っぱと絵でいっぱいになった。「もうそれ以上置いたら、おじいちゃん見えなくなるから。」と言ったが、親父は幸せだなとも思った。
今、東京へ向かう新幹線の車中でこんなことを思い出しながらこの記事を書いている。本当にあっという間の一年だった。
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仮通夜だけは、住み慣れた自宅で寝かせてやりたくて、舞台に布団を敷いた。数日前に父の道しるべをするが如く、姉の愛犬であった『ジュロ』が先に旅立った。ジュロには姉達が庭の葉っぱを載せてやり、供養してやった。その写真を見ていた息子は、同じようにと思ったのだろうか、庭から次々と葉っぱを取ってきては父のそばに置いていく。また娘とともに絵 を描いては、それも枕元に置いていく。いつしか親父の顔辺りには、葉っぱと絵でいっぱいになった。「もうそれ以上置いたら、おじいちゃん見えなくなるから。」と言ったが、親父は幸せだなとも思った。
今、東京へ向かう新幹線の車中でこんなことを思い出しながらこの記事を書いている。本当にあっという間の一年だった。
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去年の送り火の日、いよいよ病魔との闘いに限界がきていた父を、少しでも楽にならせてあげたくて、お医者さんとの相談の後、徐々に意識を落とす薬を投与した(あくまで促進剤ではない)。
それは我々家族にとって、二度と親父さんと話すことができなくなることであったが、とにかく楽にさせてあげたかった。その時お医者さんは「数時間で効いてくると思いますが、ごく稀に効かない方がいらっしゃいます。」と仰った。
父はその稀な人だった。夜になっても苦しんで、意識が落ちることはなかった。大好きだった送り火のTV中継を、上の空であったが、うなづくように見ていた。夜中にようやく寝入った父は、17日の朝も微かな意識があるようだった。主治医いわく「厳格な性格の方はなかなか意識が落ちないのです。最期まできっちりしてられるんですね。」と。少し薬のレベルを上げた父は、やっと痛みから解放されたように眠りだした。
午後になり、父のイビキの様子が変わったとの連絡が。今晩くらいがヤマと聞いていた私は、その日から始まる『京都創生座』の稽古へ出かけていた。稽古が始まってすぐにその電話が入る。気になった私はメンバーに「ごめんなさい」をして、自宅に戻った。程なく伯父(幽雪)夫妻も駆けつけてくださった。実は伯父はその日、明くる日と遠方の稽古に出るはずだったのだが、前日に顔に怪我をされて、稽古を取り止めてられたのだ。
皆が父のベッドを取り囲む。まだ年齢的にも身内の死というものがちゃんと理解できていないはずの息子峻佑が、ただならぬ様子を察知して「おじいちゃ~ん」と泣き出す。そんな中、本当に眠るように、父・慶次郎は人生の終わりを迎えた。午後2時半のことだった。
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それは我々家族にとって、二度と親父さんと話すことができなくなることであったが、とにかく楽にさせてあげたかった。その時お医者さんは「数時間で効いてくると思いますが、ごく稀に効かない方がいらっしゃいます。」と仰った。
父はその稀な人だった。夜になっても苦しんで、意識が落ちることはなかった。大好きだった送り火のTV中継を、上の空であったが、うなづくように見ていた。夜中にようやく寝入った父は、17日の朝も微かな意識があるようだった。主治医いわく「厳格な性格の方はなかなか意識が落ちないのです。最期まできっちりしてられるんですね。」と。少し薬のレベルを上げた父は、やっと痛みから解放されたように眠りだした。
午後になり、父のイビキの様子が変わったとの連絡が。今晩くらいがヤマと聞いていた私は、その日から始まる『京都創生座』の稽古へ出かけていた。稽古が始まってすぐにその電話が入る。気になった私はメンバーに「ごめんなさい」をして、自宅に戻った。程なく伯父(幽雪)夫妻も駆けつけてくださった。実は伯父はその日、明くる日と遠方の稽古に出るはずだったのだが、前日に顔に怪我をされて、稽古を取り止めてられたのだ。
皆が父のベッドを取り囲む。まだ年齢的にも身内の死というものがちゃんと理解できていないはずの息子峻佑が、ただならぬ様子を察知して「おじいちゃ~ん」と泣き出す。そんな中、本当に眠るように、父・慶次郎は人生の終わりを迎えた。午後2時半のことだった。
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最近の名前には宛字が多く、素直に読めないことが多々ある。名前の読みは何でも戸籍を通るので、勝手と言えば勝手なのだが、多くの人に正しく呼んでもらえないのもかわいそうなことだと思う。
その上、名前は一生ものなのだから、大人になっても,老人になってもおかしくない名前を付けてやるべきである。
私には二人子供がいるが、自分の子達の命名は、親が責任持つべきと思っているので、親父にも何処やらの何某といった命名のプロにも、付けてもらうつもりは毛頭なかった。
長女には『紫乃(しの)』と付けた。紫は京都の色。素敵な女性になって欲しいとの願いを込め、「乃ち京女」との意を名前にしたためた。
長男は『峻佑(しゅんすけ)』。険しい山のてっぺんに立つ人間に、且つ人を助ける優しさも兼ね備えて欲しいとの願いを込めた。
御託を並べても所詮私の嗜好の世界だ。ただ子供達が「なんでこの名前をつけたん?」と尋ねてきたら、私は自分の意を堂々と答えられる。そ れが親の責任だと思うからである。
「名は体を表す」ようになるかは、子供の責任である。私自身も親父につけてもらったこの名前と今も格闘する日々なのである。
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その上、名前は一生ものなのだから、大人になっても,老人になってもおかしくない名前を付けてやるべきである。
私には二人子供がいるが、自分の子達の命名は、親が責任持つべきと思っているので、親父にも何処やらの何某といった命名のプロにも、付けてもらうつもりは毛頭なかった。
長女には『紫乃(しの)』と付けた。紫は京都の色。素敵な女性になって欲しいとの願いを込め、「乃ち京女」との意を名前にしたためた。
長男は『峻佑(しゅんすけ)』。険しい山のてっぺんに立つ人間に、且つ人を助ける優しさも兼ね備えて欲しいとの願いを込めた。
御託を並べても所詮私の嗜好の世界だ。ただ子供達が「なんでこの名前をつけたん?」と尋ねてきたら、私は自分の意を堂々と答えられる。そ れが親の責任だと思うからである。
「名は体を表す」ようになるかは、子供の責任である。私自身も親父につけてもらったこの名前と今も格闘する日々なのである。
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親父・慶次郎が癌を患い、1年後の夏に旅立ち、そしてまた夏が来ようとしている。その間、ありとあらゆる感情を、本当はこのブログに記したかったのだが、なかなかその気持ちが湧いてこず、ある意味感情的になりすぎない字数のTwitterが、ここ最近の私にとって格好の発言の場となっていた。
ただ親父が育ててきた『能にしたしむ会』を、先日一人で主催し、とりあえずは親父さんへの供養を果たせたことで、久しぶりに書きたくなった。
親父さんへ
この一年、本当にいっぱいいっぱいでした。すべてにわたって覚悟はできていたことなんだけど、一家を背負うって大変ですね。舞台人は、舞台のことだけ考えていればいいなんていう環境は、持てないことも実感しました。でもそんな環境の中ででもやらなければならないことも、少しずつ理解できるようになりました。今回の『能にしたしむ会』も、来年の三回忌も、親父さんらしい追善会をというニュアンスは持ちつつ、実は僕のやりたい形をそのまま番組にしました。「隅田川」、面白い曲ですね、難しい曲ですね。良い曲ですね。まだまだ物足りないですが、今まで以上に周りの方々が本当に手厚くサポートしてくださり、何とか格好付けることができました。峻佑も節を間違えたりはしたものの、彼なりに一所懸命頑張りました。褒めてやってくださいね。
手前味噌ながら、番組構成はなかなか良かったと思ってます。「江口」も「巻絹」も「阿漕」も、そして「地蔵舞」も。親父さんへの想いたっぷりに務めてくださいました。当日観世会館のロビーに飾ったスナップの数々。親父さんの人となりが充分に表れた写真を選びました。御覧頂いたみなさんの脳裏にも、深く焼き付いたことでしょう。また諧声会が作ってくださった追悼文集の『幽き花』は、他の先生方が羨むような文集です。我々家族だけでなく、みなさんが親孝行してくださってます。本当に羨ましいです。天上から御礼言うといてくださいね。
さてこれからも僕の試練は続きます。生きていくということは、本当に立ち止まることはできないのですね。やらなあかんのは僕ですから、「知るか」とか言われそうですが、月次な言葉で。「どうぞ、見守っててください。」
P.S.「隅田川」を稽古するにあたり、お父さんが使ってた鐘鼓と撞木を探し回ったのですが、とうとう見つかりませんでした。あれだけ仏壇に向かって、「どこにしまったか教えてね」と頼んだのに。ケチ!
明後日からは初めての札幌での舞台のために北上。蒸し暑い本州から逃れて、頑張ってきます。もちろん美味しいものも楽しんできます。
ただ親父が育ててきた『能にしたしむ会』を、先日一人で主催し、とりあえずは親父さんへの供養を果たせたことで、久しぶりに書きたくなった。
親父さんへ
この一年、本当にいっぱいいっぱいでした。すべてにわたって覚悟はできていたことなんだけど、一家を背負うって大変ですね。舞台人は、舞台のことだけ考えていればいいなんていう環境は、持てないことも実感しました。でもそんな環境の中ででもやらなければならないことも、少しずつ理解できるようになりました。今回の『能にしたしむ会』も、来年の三回忌も、親父さんらしい追善会をというニュアンスは持ちつつ、実は僕のやりたい形をそのまま番組にしました。「隅田川」、面白い曲ですね、難しい曲ですね。良い曲ですね。まだまだ物足りないですが、今まで以上に周りの方々が本当に手厚くサポートしてくださり、何とか格好付けることができました。峻佑も節を間違えたりはしたものの、彼なりに一所懸命頑張りました。褒めてやってくださいね。
手前味噌ながら、番組構成はなかなか良かったと思ってます。「江口」も「巻絹」も「阿漕」も、そして「地蔵舞」も。親父さんへの想いたっぷりに務めてくださいました。当日観世会館のロビーに飾ったスナップの数々。親父さんの人となりが充分に表れた写真を選びました。御覧頂いたみなさんの脳裏にも、深く焼き付いたことでしょう。また諧声会が作ってくださった追悼文集の『幽き花』は、他の先生方が羨むような文集です。我々家族だけでなく、みなさんが親孝行してくださってます。本当に羨ましいです。天上から御礼言うといてくださいね。
さてこれからも僕の試練は続きます。生きていくということは、本当に立ち止まることはできないのですね。やらなあかんのは僕ですから、「知るか」とか言われそうですが、月次な言葉で。「どうぞ、見守っててください。」
P.S.「隅田川」を稽古するにあたり、お父さんが使ってた鐘鼓と撞木を探し回ったのですが、とうとう見つかりませんでした。あれだけ仏壇に向かって、「どこにしまったか教えてね」と頼んだのに。ケチ!
明後日からは初めての札幌での舞台のために北上。蒸し暑い本州から逃れて、頑張ってきます。もちろん美味しいものも楽しんできます。
ちょうど一年ぶりの更新です。
「片山伸吾はどうしたのだ?」
「道成寺で何かあったのか?」
など、いろんな憶測が飛んでいたようですが、
元気にやっております。
確かにいろいろとありまして
(アメリカ公演や親父の病気による代稽古など)、
かなり書く余裕がなくなっていたことは事実です。
最近はツイッターでつぶやいていたので、
ブログ用のネタもさほどなく、
どうしようかなと考えておりましたが、
やはり一過性のもので済ましたくないことも
ありますので、頻度は高くないかと思いますが、
ぼちぼちやっていきます。
ツイッターものぞきに来てください。
「片山伸吾はどうしたのだ?」
「道成寺で何かあったのか?」
など、いろんな憶測が飛んでいたようですが、
元気にやっております。
確かにいろいろとありまして
(アメリカ公演や親父の病気による代稽古など)、
かなり書く余裕がなくなっていたことは事実です。
最近はツイッターでつぶやいていたので、
ブログ用のネタもさほどなく、
どうしようかなと考えておりましたが、
やはり一過性のもので済ましたくないことも
ありますので、頻度は高くないかと思いますが、
ぼちぼちやっていきます。
ツイッターものぞきに来てください。
泣いても笑ってもとうとう明日となりました。人間が若干図太くなったのでしょうか、今のところ開き直りなのか、昔ほどの緊張をしなくなりました。いや本当はかなりしてると思いますが。ただ無駄な緊張をすることがバカらしく思えるようになったので、その思いが実際の緊張に勝つように、落ち着ければと考える次第です。
さて『能にしたしむ会』にお越しくださる方に『道成寺』を観るポイントを一つ。当然ご存知な方もいらっしゃると思いますので、知ってる方は聞き流して下さい。
『道成寺』の象徴は、『鱗』。大蛇のウロコです。日本における文様としての『ウロコ』は三角形で、この形が随所に散りばめられています。例えば装束。後シテの着付けや鬘帯に見られます。そして演出上にもたくさんのウロコがあります。よく見ていただくと、少なくとも四ヶ所は見つかるはずです。なんだかディズニーランドの『隠れミッキー』のようでしょう。是非見つけてください。
明日はお天気も大丈夫そうで、何よりです。終わってこのブログで良い報告ができるよう、頑張ります。どうぞよろしくご高覧下さいませ。
第34回 『能にしたしむ会』
平成21年6月13日(土) 午後1時半開演
(午後1時開場、午後4時40分頃終了予定)
於・京都観世会館 〈当日券あり〉
A指定¥8,000 A自由¥6,500 B自由¥4,000
お問い合わせ・京都観世会館075-771-6115

さて『能にしたしむ会』にお越しくださる方に『道成寺』を観るポイントを一つ。当然ご存知な方もいらっしゃると思いますので、知ってる方は聞き流して下さい。
『道成寺』の象徴は、『鱗』。大蛇のウロコです。日本における文様としての『ウロコ』は三角形で、この形が随所に散りばめられています。例えば装束。後シテの着付けや鬘帯に見られます。そして演出上にもたくさんのウロコがあります。よく見ていただくと、少なくとも四ヶ所は見つかるはずです。なんだかディズニーランドの『隠れミッキー』のようでしょう。是非見つけてください。
明日はお天気も大丈夫そうで、何よりです。終わってこのブログで良い報告ができるよう、頑張ります。どうぞよろしくご高覧下さいませ。
第34回 『能にしたしむ会』
平成21年6月13日(土) 午後1時半開演
(午後1時開場、午後4時40分頃終了予定)
於・京都観世会館 〈当日券あり〉
A指定¥8,000 A自由¥6,500 B自由¥4,000
お問い合わせ・京都観世会館075-771-6115

いよいよ今週末となりました『道成寺』。今は自分に対する期待と不安が入り交じる状態です。
今回はいつも以上にたくさんの方に御案内差し上げましたが、想像以上に評判の高いのが、今回のポスターとチラシです(ポスターの画像はホームページのトップに載せてあるので御覧ください。)

チラシの画像。上が閉じた状態。下が開いた状態です。


御覧のように閉じているとシンプルに見えますが、開くと番組、あらすじなど多くの情報が現れます。注目は折り方。デザイナーの方のオリジナルで、開く方法によって様々なスタイルに変化します。



これを作っていただいたのは松原独歩さんという方で、本職は建築家でいらっしゃいます。ここ4年ほど連続で『能にしたしむ会』のチラシを作っていただいているのですが、松原さんにとっても『道成寺』には思い入れがあるようで、アイディア段階からかなり力が入っていました。
彼の素晴らしいのは、自分の個性を保ちつつ、きちんとこちらの要望に応えて下さること。今回も多分にこちらの意見も汲んで下さった結果が、この作品となりました。
手前味噌ながら、かなり自己満足してます。黒に赤の雰囲気がかっこいいでしょ。折り方にしても、さすが建築家といったところでしょうか。計算されたレイアウトには感服いたしました。
さて私はといえば、このチラシに恥じないような舞台を勤めるのみです。ちなみにまだ若干チケットありますので、是非みなさんよろしく。

今回はいつも以上にたくさんの方に御案内差し上げましたが、想像以上に評判の高いのが、今回のポスターとチラシです(ポスターの画像はホームページのトップに載せてあるので御覧ください。)

チラシの画像。上が閉じた状態。下が開いた状態です。


御覧のように閉じているとシンプルに見えますが、開くと番組、あらすじなど多くの情報が現れます。注目は折り方。デザイナーの方のオリジナルで、開く方法によって様々なスタイルに変化します。



これを作っていただいたのは松原独歩さんという方で、本職は建築家でいらっしゃいます。ここ4年ほど連続で『能にしたしむ会』のチラシを作っていただいているのですが、松原さんにとっても『道成寺』には思い入れがあるようで、アイディア段階からかなり力が入っていました。
彼の素晴らしいのは、自分の個性を保ちつつ、きちんとこちらの要望に応えて下さること。今回も多分にこちらの意見も汲んで下さった結果が、この作品となりました。
手前味噌ながら、かなり自己満足してます。黒に赤の雰囲気がかっこいいでしょ。折り方にしても、さすが建築家といったところでしょうか。計算されたレイアウトには感服いたしました。
さて私はといえば、このチラシに恥じないような舞台を勤めるのみです。ちなみにまだ若干チケットありますので、是非みなさんよろしく。

今年の『京都薪能』も無事終了しました。平日に加え、何といってもインフルエンザの影響がモロに出た感じでしたが、それでも両日とも大勢のお客様が来て下さいました。企画制作委員の一員として、60回という歴史を何とかつなぐことができ、ほっとしています。
さてみなさん、『乱能(らんのう)』というのをご存じでしょうか?我々能楽師は、シテ方、ワキ方、囃子方、狂言方とそれぞれ専門職に別れていますが、普段のポジションと入れ替えて演じるのが『乱能』という余興なのです。
今年は前述のとおり、『京都薪能』が60回記念でしたので、それを祝い、今年の年末に『乱能』を行います。詳細はまた後日御案内しますが、能が『翁』、半能『絵馬』、『安宅』、『一角仙人』が出ます。その他狂言、舞囃子、独調など盛りだくさんの内容です。
さてあなたのお好きな能楽師は、どんな役をするのでしょうか?是非年末をお楽しみに。
ちなみに『乱能』はかなり人気の催しですので、観たい方は細かく情報をキャッチして、チケットをゲットして下さい。
『京都薪能』60回記念 祝賀乱能
平成21年12月27日(日) 午前10時開演
於・金剛能楽堂

さてみなさん、『乱能(らんのう)』というのをご存じでしょうか?我々能楽師は、シテ方、ワキ方、囃子方、狂言方とそれぞれ専門職に別れていますが、普段のポジションと入れ替えて演じるのが『乱能』という余興なのです。
今年は前述のとおり、『京都薪能』が60回記念でしたので、それを祝い、今年の年末に『乱能』を行います。詳細はまた後日御案内しますが、能が『翁』、半能『絵馬』、『安宅』、『一角仙人』が出ます。その他狂言、舞囃子、独調など盛りだくさんの内容です。
さてあなたのお好きな能楽師は、どんな役をするのでしょうか?是非年末をお楽しみに。
ちなみに『乱能』はかなり人気の催しですので、観たい方は細かく情報をキャッチして、チケットをゲットして下さい。
『京都薪能』60回記念 祝賀乱能
平成21年12月27日(日) 午前10時開演
於・金剛能楽堂

昨日『京都薪能』の第一日目が行われました。『京都薪能』は我々京都能楽会と京都市の共催で催しているもので、今年で60回を数えます。今でこそ「薪能」というボキャブラリーは一般化していますが、実はこの『京都薪能』こそが初めて「薪能」というネーミングをつけた催しなのです。さらに中で行われる「火入式」も、オリンピックの聖火をヒントに、私の祖父が考えたものなのです。さて昨日は月曜日。平日であることと、近隣の美術館等が軒並み休館日であること、そしてインフルエンザの影響で、残念ながら昨年に比べお客様の数がかなり減りました。とは言っても1700人あまりの方々が来てくださっていますから、これが60年の歴史の凄さなのかもしれません。
プログラムは『翁』に始まり、『絵馬』、『杜若』、狂言『福の神』と続き、最後は金剛流の『正尊』がありました。『正尊』は私達観世流にある曲なのですが、観世でシテになる「正尊」は金剛ではツレとなり、ワキである「弁慶」がシテとなるのです。観世ではシテである「正尊」にドシッとした重厚感や存在感が求められますが、金剛ではいわゆる「弁慶」が弁慶たる威厳と存在感を醸し出すため、「正尊」自体の凄みは演出上、あくまでもツレに押さえられています。ストーリーは一緒なのですが、「起請文」を正尊本人が読むか、弁慶に渡して読ますかという演出も含め、配役の比重を変えるだけでこうも違うのかと、我々観世の人間も実感しました。かなり勉強になった一日でした。
さて今日も二日目のプログラムが行われます。『翁・神楽式』、『花月』、『羽衣』、狂言『釣針』、『紅葉狩』です。前述のように、例年より空いてますので、変な言い方ですが、より観やすい環境です。お天気も晴れで気温もちょうどいい感じです。
是非お越しください。
第60回『京都薪能』【第二日】
本日午後5時半開演
(午後4時半開場、午後9時頃終了予定)
於・平安神宮 当日券¥4,000
お問い合わせ・京都薪能事務局075-771-7230