人の口に戸は立てられぬとよく言うけれど。
これは本当なのだなと実感する出来事があった。
私たちが家を出たことは会社でも一部の人しか知らないことだった。
でも、ちょっとした会話の内容から勘づいた人が居たみたいで。
いつの間にか周知の事実になっていた。
いや、悪いことをしているわけではないから良いんだよ。
でも、面白おかしく噂されるのは気持ちの良いものではない。
それが自分の知らないところで広まっているのだとしたらなおさらだ。
そういうのって尾ひれがつくものだから。
きっと実際よりもオーバーに伝わっているに違いない。
この件をたびたび顔を合わせる取引先の人まで知っていたのには驚いた。
もうこれは『誰から聞いたの』とかいうレベルではない。
何なら社内全員が知っていると言っても過言ではない。
とうとう知られてしまったのかと思うと何となく人目が気になるのだが………。
だからと言って何もできることはないので気づかないフリをしている。
デリケートな話だし、単刀直入に質問してくる人も居ないんだろうな。
それはそれで案外デリカシーがあるのかも、なんて思っていた。
そんな中で、デリカシーの無い人が居た。
社内の人ではなく取引先の人。
それほど話したことも無ければ、相手がどんな人なのかも知らないのだけれど。
突拍子もなく突然、
「大変ですね~。大丈夫ですか」
と声を掛けてきた。
最初はモラハラ社員との攻防のことかと思ったのだが違った。
「ご自宅遠いんですよね。通勤も大変になっちゃいますね」
という発言で、例のことなのだとハッキリ分かった。
私はギョッとして『どうしてこの人まで………』と思いつつも、
「はぁ。まぁ。。。」
と曖昧な返事をした。
そこで終われば良いものを、その人は
「ボクで良かったら話聞きますよ。吐き出したいこともあるでしょうし」
と言ってきた。
驚いた。
心底驚いた。
そんな込み入った話、できるわけがない。
そもそも、社内で会うからまだ分かるけど。
外で会ったら「あなた誰」状態ですよ。
辛うじて認知している程度の人に対してそんな話ができるはずもなく。
かなり引いた反応を見せてしまった。
それが相手にも伝わったのか、
「あっ、なんかスイマセン。突然すぎますよね」
と言いながらそそくさ去っていった。。。
相手は良かれと思って声を掛けたのかもしれない。
元気づけてくれようとしたのかもしれない。
でも、有難いなぁなんていう風には思えなかった。
それよりも、こうやってどんどん広まって知らないところで話題に出されるのが怖くなった。
取引先の人はこれからもうちの会社に来ることがあると思う。
その時に『あーこの人は知ってるんだ』と考えると対応も難しくなる。
なんで私がこんな窮屈な思いをしなければならないのよ、と不条理に感じつつも。
前の生活と比べたら、やっぱり噂されてでも今の方が良いと思った。