夫が息子に声をかけるのは何とか阻止できた。
でもそれだけでは安心できなかった。
きっと息子の姿を見たくてまた傍をウロチョロするだろう。
そうなったら、息子の視界にも入るかもしれない。
楽しんでいる息子が夫の姿を見つけたらどう思うだろうか。
答えは簡単だ。
きっと絶望するに決まっている。
夫がいくら『今は変わったから』と言っても、実のところ何も変わって居ない。
自分の気持ちを押し通すことばかりを考えているし。
息子がどんな風に感じるのかという点については気にも留めていない。
以前だったら、競技の結果が夫視点の最低ラインをクリアできていない時点で大変だった。
間違いなくなじられていたと思う。
何着になるとか、誰よりも上手に踊るとか。
一目置かれるような存在になることを常に求められていた。
それを今さら『結果は何でも良い』と言われたって、息子も信じられるはずがない。
また何か言われるのだろうか。
嫌だな、怖いな。
そんな風に思うのが当たり前だ。
そして何より、過去の虐待を思い出させてしまうのではないかということを懸念した。
夫から叩かれたり蹴られたりした時の恐怖は未だ残っている。
それは多分、よほどのことが無い限りは消えることはなくて。
表面だけを取り繕っている夫を見るたびに怒りがこみ上げる。
色んなことを考えたら、居ても立っても居られなくなった。
私にそんな権利は無いのかもしれないが。
帰ってもらおう。
そう思って夫を探した。
隅々まで探すつもりで校庭を歩いていたら、意外と早く夫を見つけることができた。
やはり息子がすぐ見える位置にまで接近していて、様子を伺っている姿を確認できた。
驚いたのは、その横に義父が居たことだ。
義父は体調を崩して大変だったはずなのだが。
見たところ元気そうだ。
ここで大声を出したら息子に気づかれてしまうかもしれない。
そう思って、二人のすぐ傍まで行って
「ちょっと話しましょう」
と移動をうながした。
夫は渋ったが、義父が聞いてくれそうな雰囲気で。
ここは義父に連れて来てもらおうと、『お願いします』と頭を下げた。
人気のない場所はそれほど多くはない。
裏門の方まで移動したが、そこにも少数だが人は居た。
でもそんなことも言っていられない。
私は二人に近づいて、小声で話し始めた。
「○○(息子)ちゃんが気づかないうちに帰っていただけませんか」
そう言うと義父は驚いた様子で、
「何でそんなこと言うの」
と少し興奮気味に言った。
何故そう言われているのかが本当に分からないらしい。
これにはこちらも困惑して、
「これまで(夫)がやってきたことをお忘れですか」
と言ってしまった。
義父は夫の顔を見ながら、
「そんなこと言っても………。困ったなー………」
と呟くように言い、夫は無言だった。
「俺たちだって会いたいんだよ。ずっと会ってないんだから」
と懇願されても、到底受け入れられるものではなかった。
少し間押し問答のようになり、なかなか埒が明かない。
でも私も必死だった。
ここで怯んではいけないと、
「これ以上嫌われたいんですか。取り返しがつかなくなりますよ」
と詰め寄ったら、そこで夫が急にキレて、
「もういいわ!」
と捨て台詞を吐きながら歩いていった。
義父は夫のことを追いかけて、私は更にその後をついていった。
ちゃんと学校から出ていくのを確認するためだ。
ただし、逆切れされるのも怖いから最後まで一定の距離を保って注意深く見守った。
校門を出る時、夫は私の方を睨みつけていて。
その夫の肩を義父がポンポンと軽く叩き、誘導するように歩いて行った。
怒りの形相でこちらを凝視する姿を見たらやっぱり怖かった。
でも、息子に会わせずに済んで本当に良かった。