かけっこが終わり、息子に声を掛けようと待っていた時だった。

 

夫によく似た人を見かけたのは。

 

でもまさか来ているわけがないよね。

 

これまでだって誘ってもほとんど来なかったんだから。

 

そう思っても、心臓のバクバクを抑えることができない。

 

もし本人だったらどうしよう。

 

情けないことに私は固まってしまい、身動きが取れなくなった。

 

少し放心状態になり、視界から消えそうになった時にハッとした。

 

もし息子に声を掛けようとしたら………。

 

恐怖で力の入らなくなった足を必死で動かしながら懸命にその人の後を追った。

 

人が多いので、気を抜くと見失いそうになる。

 

もし追いかけて人違いだったらそれで良い。

 

祈るような気持ちでその後ろ姿を見つめながら近づいて行った。

 

見失わないようにと前ばかり見ていた私は、足元を見ていなかった。

 

気づいたら目の前に小さな子どもが居て、危うくぶつかりそうになった。

 

咄嗟に避けてぶつからずに済んだのだが、驚かせてしまったと思い、

 

「ごめんね。おどろいたね」

 

と声を掛けて、その子の様子を確認した。

 

そうしたら一緒に居た母親らしき女性が

 

「いえいえ大丈夫です。私も手を離してしまって………ホントにすいません」

 

と言ってくれた。

 

何もなくて良かった。

 

ホッとして顔を上げ、夫かもしれない人物が居た方向に目をやった。

 

だが、もう居なかった。

 

 

 

 

うっかりしていたせいで見失ってしまった。

 

もっと冷静にならなければ………。

 

確認したわけではないんだから。

 

まだ人違いの可能性も十分にある。

 

だけど本人だったら困るから、確認だけはしなければならなかった。

 

息子のことが心配になり、私は応援席の方に向かった。

 

幸い息子は前の方の席に座っていて、周りのお友達と楽しそうに話をしていた。

 

すぐ傍には先生も居て、これなら安心かもしれない。

 

そう思ってシートに戻ろうとしたが、ふとこれから夫が来る可能性を考えてしまった。

 

そうしたら、その場から離れられなくなった。

 

次の競技までは時間があるのか、息子たちはおしゃべりに花を咲かせている。

 

せっかくこんなに楽しんでいるんだから。

 

どうか何も起こらないでください。

 

本当に祈るような気持ちだった。

 

だけど、結局その人は夫だった。

 

性懲りもなく、息子とコンタクトを取ろうと見に来ていたのだ。

 

一緒に居た頃は誘っても面倒くさそうにしていたくせに。

 

しかも離れたところから見守るだけでなく声をかけようとしていた。

 

後から分かったのだが、義父も近くに居た。

 

我が家のように親権をどちらも主張している場合には対応が物凄く難しい。

 

これから調停になったら、夫は夫で息子のことをどれだけ愛しているかを語るだろうし。

 

私は息子がされてきたことを説明することになるのだと思う。

 

そんな中で有利に進めるためには客観的な証拠を集めることが重要だ。

 

でも、こんな場面だけを切り取ったら夫だって十分に息子のことを想っているように見えてしまう。

 

離れてからでも夫がほんの少しでも本当に息子を想っていることを感じられたら。

 

私たちの気持ちももっと違うものになっていたと思う。

 

だけど今でも自分のことばっかりで、何度失望させられただろう。

 

こういう人の執着心は本当に普通では想像もできないほどのものだと感じることがある。

 

だから警戒しなければならなかった。