息子は出かける時、いつも腕時計をしている。

 

もっと小さい頃からしていたのだが。

 

元々は夫から与えられたものを使っていた。

 

数字が出るタイプのやつで、それを見て行動しなさいと言われていた。

 

どういうことかというと。

 

出かけた時に逐一時間を気にして早く帰りなさいということだ。

 

まだ幼児の時代だったのだから一人で出かけることはない。

 

いつも私と一緒なのに、あえて息子にそう教え込んでいた。

 

しつこく何度も

 

「14時になったら帰るんだよ」

 

と言い、遅くなるとこっぴどく叱られた。

 

私に言えば良いのに息子に言うのが嫌らしいところだと思う。

 

何か言いたいことがあるのなら私に言ってと伝えると、

 

「うるせえ!今俺はコイツに言ってるんだ!」

 

と凄み、けん制する。

 

それでも負けじと言い返すのだが、そんな時息子は怯えた様子で見ていた。

 

理由があっても叱られるから。

 

何があってもその時間に帰らなければという強迫観念に苦しめられるようになった息子。

 

いつしか異様に時計を気にするようになった。

 

外出していても数分おきにチラチラ。

 

可哀そうに思い、

 

「出かけている時には外しちゃおうか」

 

と外そうとしたら、

 

「ダメだよ!」

 

と物凄く焦っていた。

 

こうやってコントロールしていたんだな。

 

幼い息子の方が簡単にコントロールできることを知っていたんだろう。

 

 

 

 

息子の時計と同じように、私も携帯をいつも気にしていた。

 

夫からの連絡に気づかないと恐ろしいほどの剣幕で怒られるから。

 

すぐに出られるように常に手に持って行動していた。

 

だけど、お会計をする時とかトイレに入る時。

 

どうしても持っていることのできないタイミングがある。

 

そんな時に限って連絡が来ることも多く。

 

そのたびに頭から冷水を浴びせられた時のような感覚に陥った。

 

そして帰った後のことを想像して震えた。

 

一度電話して出なければ鬼電をするのは当たり前。

 

出るまでかけてきて、やっと出ることができたとしても。

 

一方的にまくし立てられて、すぐに切られる。

 

言いたいことだけを言ってガチャンと切られる恐怖って分かりますか?

 

あぁ、この人はそれほどまでに怒っているのか。

 

帰ったらどうなるんだろうか。

 

そんなことを考えたら、外出していてもちっとも楽しむことはできなかった。

 

家を出てからは自由に行動できるようになり、そんな呪縛からも解放された。

 

相変わらず息子は時計をしているが。

 

夫から与えられたものではない。

 

あれは捨てた。

 

捨てる時、

 

「物には罪はない」

 

と言いながら兄の奥さんが塩を振ってゴミ箱に入れた。

 

それと同時に新しいものをプレゼントしてくれて息子のお気に入りになっている。

 

今も時々時計を見ているが、それは前のような理由からではない。

 

カッコいい時計を見るたびに嬉しそうに微笑む息子。

 

どこに行く時にも着けて行くし、誰かに

 

「良いの着けてるね」

 

と言われると満足そうにしている。

 

時計がトラウマにならなくて良かった。

 

私は未だに少しだけ携帯が怖い。