雪が降ると思い出すことがある。
この辺りはあまり雪の降らない地域で。
1シーズンに数える程度しかお目にかかれない。
数年前の冬、息子がもっと幼い頃にも降ったのだが。
珍しい雪を見た息子は興奮してしまったようだった。
普段はランドセルが重い重いと言ってクタクタな様子で帰ってくるのに。
その日はすこぶる元気にあちこち寄り道をして帰ってきた。
ふんわりとした雪を見たら触ってみたくなるのが子供。
帰り道には歩道橋や葉っぱの上に落ちた雪を触りながら歩いていた。
途中の道に他よりも少し積もっているところがあり、息子はどうしてもそこに触りたくなってしまったのだが。
濡れてしまうかもしれないと一瞬躊躇した。
でも、一緒に帰っているお友達が何のためらいもなく触ったものだから、息子も思わず触れてみたらしい。
その日は慣れない雪に大はしゃぎ。
数人でキャーキャー言いながら興奮しつつ、いつもよりもたっぷり時間をかけて帰ってきた。
こういうのは小さな子供がいるご家庭なら結構経験することだと思う。
息子だって大人しく見えても珍しいものを見れば興奮するし、お友達と一緒ならはしゃぎたくなる。
それなのに。
家に帰った途端、夫が大声で怒鳴って𠮟りつけた。
息子が使っていた手袋が汚れたという理由で。
その手袋は、百円ショップで購入した毛糸のもの。
毛糸なので、水に弱い。
ちょっと汚れたところに触れたら泥がついてしまうのも大人なら容易に想像できる。
でも、息子は目の前の雪のことしか考えられなかった。
いつもなら警戒して慎重に行動するのに、父親に怒られるかもしれないということを忘れてしまったのだ。
玄関のドアを開け、靴を脱ごうとした瞬間に怒鳴られてビクッとする息子。
「てめぇ!そんなに汚して明日どうするつもりだ!」
と大声で怒鳴るものだから、怖くて何も言えなくなった。
泥がついてしまっていたので、洗わなければならないことは確か。
でも、まだ早い時間だったので、洗って干しておいてくれれば私が帰宅する頃までにはだいぶ乾いたと思うのに。
夫は
「自分が悪いんだろ。明日は手袋無しで行け!」
と命令して放置した。
こういう時に放置したままにすると更に怒ることを知っているから、息子は小さな手で一生懸命洗った。
お湯をつけてもらえなかったから、冷たい水で手を赤くしながら洗った。
一生懸命やっているんだけど、拙い洗い方なのでなかなかきれいにならない。
そうこうしているうちに、『水の無駄』だとか言われて息子は更に焦り、ゴシゴシとこすりながら洗い終えたという。
まだ小さかったから、しっかり絞ったつもりでも絞りが非常にあまい。
ポタポタと垂れていて、私が帰った時にもまだ滴り落ちていた。
それを見つけた夫が更に怒り、
「どういうつもりだ!」
と詰め寄って、床を拭かせていた。
手を見たら真っ赤になっていて、痛そうだった。
その手を握って温めようとしたら、
「甘やかすな」
と一喝する鬼っぷり。
それでも無視して温め続けたのだが、何度も舌打ちされた。
可哀そうに。
汚れた手袋を自分で洗うなんて立派じゃないの。
それなのに、自分は何もしないくせに、文句ばっかり。
夜寝る前にほんの少し乾いてきた手袋を見ていた夫が
「ここ、汚れ取れてねーな」
と文句をつけた。
私は
「じゃあ、私が洗いなおすよ。よく絞れば乾くと思うし」
と言ったのだが、
「もうこんな汚ねーの捨てるわ」
と言って捨ててしまった。
それじゃあ、何のために息子は洗ったの?
すごく腹が立ったが、その日は夫が家の中で威嚇して歩いていたので何も言えなかった。
何も言えない自分にも腹が立ったが、私が何か言うことで更に息子への当たりが強くなるかもしれないという不安もあった。
次の日の朝、
「自分のせいで手袋ねーんだから。我慢しろ!」
と言っているのを見て更に怒りがわいた。
『せっかく洗ったのに、どうして手袋が無いんだろう』と不思議がる息子。
すると夫が
「自分で汚したものをきちんと洗うこともできねーのかよ!お前は!」
と言い、
「もう手袋は買ってやらねーからな!」
と捨て台詞をはいた。
もう父親じゃなくて鬼だな、と思った。
信じられないくらいに冷酷で、息子のことなんてちっとも大事にしていないように見えた。
だから、今になって息子に執着する意味が分からない。
あんな風だったから、あなたは嫌われているんだよ。