息子のつながりで知り合った友人から聞いた話なのだが。

 

我が家によく似た状況の家庭があったらしい。

 

子供の年齢や家族構成、夫が働けなくなったという点まで同じ。

 

その人は、私とは違ってしっかりとした人。

 

シャキシャキと行動し、間違ったことがあればハッキリと指摘する。

 

決して気が弱いということもなく、学生時代はどちらかと言えばリーダーシップを発揮するような人だった。

 

そんな彼女が就職後に会社で夫となる人に出会う。

 

会社で出会ったという点も同じなのか………。

 

最初はその人がどういう人なのか分からなくて警戒したらしいのだが、接しているうちに穏やかな人だと知り惹かれていった。

 

そしていつしか自然と付き合うようになり、その後も順調に交際を重ねて結婚。

 

結婚した後は女の子が一人産まれて、傍から見れば幸せそうに見えた。

 

友人曰く『全く悩んでいるようには見えなかった』らしい。

 

だけど、それまで頻繁に会っていたのが段々と会えなくなり、電話口の声は元気が無くなって行った。

 

『おかしいな』と思いつつも、自分からは聞けなかったようだ。

 

学生時代からの長い付き合いだから彼女のことをよく分かっているつもりだけど、その頃は明らかに前とは違っていたのだという。

 

そんな中、突然真夜中に相談の電話がかかってきた。

 

その内容は衝撃的だった。

 

彼女も子供も暴力を受けていて、身動きが取れない状態に陥っていた。

 

話を聞いているうちに沸々と怒りがわき上がり、友人は『何で言い返さないのよ!』と言ったらしいのだが、彼女は黙って聞いているだけだった。

 

モラハラや虐待はね、たぶん体験したことがないとこれほどまでに壮絶だとは想像できないのだと思う。

 

私も自分が体験するまでは『逃げちゃえば良いのに』なんて簡単に考えていた。

 

逃げ出さずにただ悩んでいる人たちの話を聞き、『本気で逃げたいわけじゃないんだね』なんて思っていた。

 

自分がその状況に置かれ苦しむようになってから、そんな軽々しく言えない問題だということが初めて分かった。

 

逃げたくても逃げられない。

 

逃げることだって決死というか、本当に死ぬ思いで行動しているのだ。

 

精神的にコントロールされている人たちは、逃げること自体にマイナスのイメージを持ち後ろめたく感じている。

 

『自分が悪いから』という考えを捨てられず、相手に悪いことをしているような思いに苦しめられる。

 

だから、逃げる前には『今度こそ』と思っていても、実行しようとすると思考が停止して動けなくなることもあるのだ。

 

彼女たちは子供だけでなく母親の方も暴力を受けていたので、これは我が家とは違うところだ。

 

 

 

 

暴力に耐えかねて電話をしてきた彼女はもうボロボロで、自分の力では考えられないところまで追い詰められていた。

 

本来ならここで実家に相談するという選択肢を取ることも多いと思うが、彼女にはもう相談できる実家がなかった。

 

それで友人に電話してきて、ポツリポツリとこれまでのことを話し始めた。

 

『聞いていて涙が出てきた』と友人は言った。

 

あんなにしっかりしていて快活だった人が、これほどまでに弱々しく生きているのがやっとという状況になるなんて。

 

話し終えて最後に伝えたのは

 

「もう何も考えなくて良いから、貴重品だけ持ってとにかくすぐに家を出て!」

 

だった。

 

その言葉を聞き、彼女は慌てて身の回りのものを整理して貴重品をバッグに詰め、娘の手を取り家を出た。

 

夜も遅い時間だったが、すぐに家を出なければもう彼女がダメになってしまうと感じたのだそうだ。

 

その日、二人はホテルに泊まった。

 

翌日に友人が会いに行って一緒に今後のことを考え、しばらくは友人の家に住まわせていたらしい。

 

その間にアパートを探して手続きまで同行し、引っ越しも手伝った。

 

居なくなった妻子を探して電話をかけてくるのでは?と思ったが、携帯は電源をオフにしていたので大丈夫だったとのこと。

 

幸い友人の存在は知っていても連絡先や住所等の詳しい情報は把握しておらず、コンタクトを取ることも不可能だったようだ。

 

ようやく落ち着きを取り戻した二人だったが、やはりしばらくは精神的に落ち込んでいた。

 

せっかく自由を手に入れても、まだコントロール状態から抜けきれなかったのだろう。

 

夫の方は血眼になって探していたらしい。

 

そんな様子を耳にするたびに、彼女は暗い気持ちになって罪悪感に苛まれていた。

 

衝撃の一報が入ったのはそんな時だった。