お昼少し前、上司が『ちょっとちょっと』と呼ぶので、何事かと近づいていったら何やらコピー用紙を手渡された。

 

それは普段私たちがよく使っているA4のごく普通の紙。

 

口元に人差し指を立てて誰にもバレないように見て欲しそうな様子だった。

 

それで、『何なの?』といぶかしみながら表面に目を落とした。

 

そこに書かれていたのは見たことも無い会社名で、宛名はパワハラ社員。

 

この社員は以前同じフロアの人をいびり倒して退職にまで追い詰めた人物。

 

その人が居なくなった後は私がターゲットになり、身に覚えのないことで非難され続けていた。

 

『あー、嫌なものを見ちゃったな』

 

そう思った次の瞬間、私は驚くべき事実を知ることになる。

 

それはメールを印刷したものらしかったのだが、文面には

 

『この度は、弊社の求人にご応募いただきありがとうございます』

 

などと記載されていたのだ。

 

会社のメールアドレスでやり取りをしているらしく、そのことにもビックリなのだが。

 

それを社内で印刷しようなどという神経の太さにも驚かされた。

 

更には印刷したものを忘れて上司に見られるという結末までついてきて、常人には理解できない神経の持ち主のようだ。

 

上司はそれを見た時、思わずガッツポーズをしてしまったと言っていた。

 

早く辞めて欲しいのになかなか辞めてくれないし、注意すると土下座で済ませようとするから厄介らしい。

 

確かに、叱責された後は『土下座すればよろしいですか?!』と大声で言って本当にやろうとする。

 

その言い方も物凄くパワハラチックで、謝っているのに何故か威圧的という………。

 

相手が上司だから、取り合えず土下座して自分のミスを帳消しにしようとしているのだと思うのだが。

 

正直逆効果だと思う。

 

私に対して意味の分からない文句をつけてきて上司が咎めた時は怖かった。

 

怒られて『もうお前なんてこの会社に要らない』と言われたものだから、急に私に土下座すると言い出した。

 

 

 

 

態度では圧をかけながらも

 

「土下座しますんで、許してください」

 

と詰め寄られて、あまりの恐怖に身動きが出来なくなった。

 

上司が間に入ってくれて事なきを得たが、この人には夫と同じようなニオイを感じる。

 

恐ろしくプライドが高くて、本当は人に謝るなどというのは死んでも避けたいことなのだろう。

 

だけど、このままでは自分の立場が危うくなるからそれしかないと土下座を提案したに違いない。

 

でも心の底では本当は悪いなんて思っていないから、態度とやっていることがかみ合わずちぐはぐになる。

 

周りもそういうのって段々と気づいてくるから、上手くいくのは最初のうちだけだと思う。

 

それにしても、パワハラ社員が転職活動をし始めたというのは朗報だ。

 

このままスムーズに決まってうちの会社を辞めてくれれば、社内の空気も一気に良くなる。

 

50代くらいの上の方の人たちも最近は動き始めていて、何とか辞めさせないとだめだという感じになっていたので。

 

遅かれ早かれ居場所は無くなっていくはず。

 

夫にも言えることだが、威圧的な態度で一時的に従わせることはできても、いつか皆離れていってしまう。

 

周りに誰も居なくなってから気づくの?

 

上司は何もなかったかのように、その紙をコピー機に戻した。

 

「これで警戒して転職活動が停滞したら困るから気づかないフリをしよう」

 

と言って。

 

「自由にやってくれて結構」

 

と上機嫌だった。