夫や義父が、これからも息子を待ち伏せするのではないかということは、ずっと不安に思っていた。
自分たちでできる対策は講じているはずだが、完璧ではない。
それに、夫は非常に頭の回る人なので、想像もできないような方法で接近してくる可能性もある。
一番恐れていたのは連れ去りだ。
でも、これは家庭内の問題であって、周りの人に迷惑をかけてはいけないと思っていた。
それなのに、担任の先生は『駅まで送って行きましょうか』と言ってくれた。
学校に毎日通えなかったり、時々到着が遅れてしまったりと、ただでさえ迷惑をかけているのに。
まさか、こんな提案をしてくれるなんて。
私はこの言葉に心底驚き、そして感謝の気持ちでいっぱいになった。
思えば一番身近であるはずの夫からは虐げられた記憶しか残っていなかった。
ずっと三人の生活で虐げられてばかりだったので、それが当たり前になっていた。
だから、久々に人の優しさに触れた気がした。
けれど、そんな風に優しくされることに慣れていなくて戸惑いもあった。
先生からの提案に驚きつつも、一生懸命考えた。
こんなことまで甘えてしまっても良いのだろうか。
内心はとても嬉しいお話だが、やはり忙しい先生にそこまで負担をかけるわけにもいかない、と思った。
それより、自分たちでできることを考えなければと思い、そのお話は丁重にお断りした。
「そうですか………。では、放課後に学童に行って、ちょうど良い時間に下校してお母さんと合流するようにしてはいかがでしょうか」
と新たな提案をしてくれた。
なるほど。
これは確かに現実的に考えてとても良い案だった。
一人ぼっちで、駅で2時間以上も待っているのも心配だったし、話を通しておけばちょうど良い時間になったら息子に帰るように促してくれるとのことだったので、至れり尽くせりである。
「来週から学童を利用させてください」
その場ですぐにお願いし、申し込みもすぐにできることになった。
たくさん抱えている心配ごとの中で1つだけ解決できそうな気がして、『今日はとても良い日だ』と思えて気分が良くなったが、先生との電話を切った後に私はまたうんざりした気分を味わうことになった。
切ったはずの電話が再び点滅し、画面を見ると表示されていたのは夫の名前だった。
電車はもう間もなく来るというタイミングで、これを逃すわけにはいかない。
いや、電車を言い訳にしているが、本当は夫の電話なんてどんなタイミングでも出たくないのだ。
私は見なかったことにして、電話をカバンの一番奥に押し込めた。
遠くから電車が近づいてくる音が聞こえる。
これに乗ってまた小旅行のような距離を移動し、安心できる実家に一分でも早く帰りたい。
一連のやり取りに全く気付いてない様子の息子は、先ほど買ったジュースやクッキーの入った袋を握りしめた手で私の手を取り
「やっと電車きたね」
とニッコリ笑った。
夫と居ない時の息子は、本当に安心しているように見える。
学校からの帰り道は警戒して緊張状態にあるのだと思うが、そこから離れれば夫につかまることはない。
「万が一捕まりそうになったら、大きな声で周りの人に助けを求めるんだよ」
とも言ってあった。
子どもが『助けて』と叫んでいれば、今は周りに無関心な人ばかりだと言っても助けてくれる人が現れるに違いないと思ったのだが。
肝心の息子がその瞬間に大声を出せるのかという不安もある。
そんなことをつらつらと考えれば考えるほど不安になり、防犯ブザーを携帯させることにした。