夫とは一緒に暮らしていたので言わずもがなだが、義父母も週に数回は会っていたので、これまでは頻繁に顔を合わせるのが普通だった。
だから、この日はとても久しぶりに感じて『本当に家を出たんだな』という実感が今さらながらわいてきた。
お互いが納得してこのような形になったわけではないので、やはり気まずい。
それは夫も同じだったようで、私たちを見つけた時も「久しぶり」でもなければ「元気だった?」でも無かった。
聞こえないくらいのモゴモゴとした口調で「やあ」という感じで何かを呟いただけで、その後は終始無言で重い空気が流れた。
義父母は久しぶりに孫に会えたことでテンションが上がっていたが、やはり状況が状況なので手放しで喜ぶような感じでもなく、こちらに気を使っているのが分かった。
夏休みの宿題の工作やポスターを持っていたのは義父なのだが、何度も
「これ、お父さんが持って来てくれたんだよ。○○(息子)ちゃんが学校で困らないようにって」
「お父さんはずっと心配してたよ」
「○○(息子)ちゃんに会えなくて寂しがってたよ」
と言った。
だから、息子はちょっぴり悲しそうな顔をして、それから少しだけ曖昧な笑顔を見せて
「ありがとう」
と受け取った。
父親が自分の寂しい気持ちばかりをアピールするものだから、一人にしてしまって可哀そうだと思ったに違いない。
あんなことをされても、やはり『お父さん』だから。
全力で拒絶されると思い込んでいた夫は、息子の様子に安心したらしく、
「いつ帰ってくる?○○(息子)の大好きな△△のおもちゃを用意して待ってるから」
と言った。
この言葉を聞いた時、正直なところ呆れてしまった。
まだ戻れると思ってるなんて。
もう一緒に過ごす未来なんてやってこないのに。
今まで何度も『このままでは辛い』と伝えても、全く聞く耳を持たなかった。
不満に思う私たちが悪いと怒鳴り散らし、反抗的な態度だと拒絶したのはあなただ。
何とか理解したいと頑張ったけど、これ以上頑張れなかったし、我慢していたら自分たちが壊れそうだった。
そんな気持ちを込めて夫を見ていたが、夫は息子から目を話そうとせずこちらを一度も見なかった。
何とも必死な感じが伝わってくる。
でも、その必死な気持ちというのは執着であって愛情ではない。
こんな簡単なことがいつになったら分かるんだろう、と思った。
せっかく用意したおもちゃも、息子の手に渡ることはもう無いだろう。
そう思うと、少しだけ可哀そうに思えてきた。
もしかしたら、一緒にいる時にはあれほどまでに虐げていたのに離れてからやっと大事さに気づいたのかもしれない。
でも何もかも、もう遅い。
一緒に居る時に少しでも優しい気持ちを向けてくれていたら、違った未来が待っていたかもしれないけど。
私の悪い癖で、ちょっと可哀そうなどという気持ちが出てくると、今度こそ反省して変わってくれるのではないかと期待してしまう。
これまでに何度も裏切られてきたのに、きっとこういう所がモラハラ夫につけ入るスキを与えているのだと思う。
それに、一時的に優しくなったところで、また元に戻るでしょう?
未だコントロールしようとする夫には、私たちの本当の気持ちなんて分からないのだと実感した。